7.食卓談話
伊23は哨戒区を行きつ戻りつしながら次の獲物を待ち受けていた。
マンハッタン・ローズを沈めてから4日経ったが、大物食いの余韻とさらなる戦果への期待とが相俟って乗組員の士気は依然として高い。
見張員は水平線上のわずかな変化も見逃すまいと望遠鏡にかじりつき、水雷科員は魚雷の手入れに余念がない。聴音手はレシーバーに意識を集中し、機関室では機関科員が神に奉仕する神官のようにディーゼルの世話を焼いている。
その一方、当直が明けた乗組員は食事を摂ったりベッドで体を休める等して思い思いに過ごしている。
緊張と弛緩が適度に入り交じった空気の中、士官室では当直明けの原が飯を掻き込んでいた。
「そう言えばこんな話がある」
原は飯椀を置くと周りを見回した。
原が話の頭にこの言葉を持ってくると、十中八九ヘル談が始まる。
ヘル談長の名を奉られるだけあって原のヘル談は乗組員の娯楽の一つになっており、雰囲気を察した非直の乗組員たちが士官室に集まってきた。
「ある船長が画期的な商売を考えた」
原は聴衆を見回しながら話し始めた。
「野郎ばっかりの長い航海だとどうしてもアレが溜まるよな。アレだよアレ。わかるだろう。お前らはどうやって処理してる?」
原に問いかけられて下士官や古参兵連中はにやにや笑っているが、若い兵の中には顔を赤らめている者もいる。
「ああ言わなくてもいいからな。聞かされても俺が困るから」
笑いが起こる。
原は軽く咳払いをすると話を続けた。
「その船長はな、毎日毎日野郎共が無駄に垂れ流すアレを使って何か商品を作ったら元手なしのいい小遣い稼ぎができるんじゃないかって考えたわけだ。それで色々考えた結果、ロウソクを作ることにした」
意外な展開に聴衆が引き付けられる。
「それで早速作ってみたわけだ。原価はタダみたいなものだから値段はうんと安くして、大きさは百目ロウソクくらいにした。そうしたらこれが飛ぶように売れた。大きくて安いんだからまあ当然だよな」
一部の下士官はそのロウソクが燃える様を想像したのか微妙な表情をしている。
「船の連中は小遣い稼ぎができて、買う側は安くていい商品が手に入る。ここまでならみんなが幸せになるいい話だったんだが、発売から何ヶ月かすると不思議なことが起こったそうだ」
ここで原は言葉を切って、焦らすように聴衆を眺め回した。
「このロウソクを買った尼寺の尼さんたちが全員妊娠したんだとさ。本当に不思議なこともあるものだよな」
原が澄ました顔でオチをつけると大笑いする者、顔を赤くする者、オチがわからずにきょとんとする者と三様の反応があった。
若い兵の中には本当にそんなことがあるのかと内藤に視線を向ける者もいる。
「ヘル談を科学的に検証しようなんて野暮だぞ」
そう言うと原は何か思い付いたらしい。
「軍医長も何か面白い話はないか」
いきなり話を振られて内藤は一瞬驚きの表情を浮かべたが、周りの乗組員たちが期待の表情を浮かべているのを見て諦めたように頷いた。
「航海長に比べたら私なんかまだまだ新兵みたいなものですから大して面白くないですよ」
そう前置きすると内藤は話し始めた。
「医者をやっているとよく『若い娘さんの裸が見られて羨ましい』って言われるんですがそんなことはまずありません。だって医者にかかるのなんて爺婆が圧倒的に多いんですからね」
あちこちから同意の声が上がった。
「さらに悪いことに軍医なんぞやっていると扱うのは水虫にインキン、プラムにアールばかり。挙げ句の果てにM検…いや、やめておきましょう。とにかく助平根性で医者になった私みたいな奴は『騙された』って思うわけです」
あちこちから笑い声が起こる。掴みは上々のようだ。
「さっき航海長が科学的って言いましたけど、ちょっと科学的すぎちゃった人の話をしましょうか」
内藤の「新兵」らしからぬ話ぶりに感心している者もいる。
「その人は立派な医者ではあったんですが、ちょっと困った癖がありました。
奥さんとお楽しみの時に、奥さんの脈拍だの体温の変化だの緊要地形の…おほん、あちらこちらの具合やら奥さんの反応やらを併せて『今は三合目』『もうじき八合目だろうか』って観察しながら致すんですよ」
あちこちで吹き出す音が聞こえる。
「しかもそれだけじゃありません。医者も科学者の端くれですから、実験の数値を確認しないわけにはいきません。それで奥さんにに『今はどんな感じだ』とか『こうすると五合目くらいか』とか真面目に聞いちゃうんですよ」
とうとう皆が爆笑した。
「奥さんにしてみたら自分のあられもない姿を冷静に観察されているわけですから、恥ずかしくてたまったもんじゃないですよね。必死に止めるように頼んだんですが、『僕は君に喜んでもらいたくてやってるんだ』と聞く耳を持たなかったそうです。
結局その奥さんは耐えかねて実家に帰ってしまったんだとか。
科学は必ずしも人を幸せにするわけではないという一つの例をお話ししました。
ご清聴ありがとうございました」
下士官連中はやんやの喝采だ。
原は拍手しながら感に堪えない様子で言った。
「いやぁ軍医長もやるもんだな。新兵どころか期待の新星じゃないか」
原の一言で再び笑いが沸き起こった。
図らずも今日のヘル談は原と内藤の2本立てになったので、乗組員たちは満足そうだ。
その時、艦内に警報ブザーが鳴い響いた。
「敵船らしきもの発見、各員配置につけ」
令達器から命令が流れると先程までの弛んだ雰囲気は一瞬にして消え去り、全員が一斉に配置に散った。
「さて、またブツをぶっ込むとしますか」
魚雷の準備を整えながら水雷科の兵曹が自分の「魚雷」をぺたぺたと叩いた。
「逸り過ぎて過早爆発しないように気をつけないとな」
掌水雷長がこれに応じると発射管室は笑いに包まれた。




