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わたつみの魔王  作者: 山谷 宗
第2章 緒戦
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5.最初の獲物

トラックを出航して8日後、伊23はフィジー北方の担当哨戒区に到着した。担当区は第一潜水戦隊所属艦の中では最も東の海域である。



現在、日本軍はニューブリテン島を制圧し、ニューギニア北岸に橋頭堡を築いて南岸のポート・モレスビー、さらには豪州本土を窺う態勢にある。


またニューブリテン島から南東方向に伸びるソロモンの島々の占領も並行して行っており、豪州本土への攻撃やアメリカとの連絡線を遮断しようとする日本軍の意図は明らかだ。当然、豪政府の危機感は相当なものだろう。


同盟国のアメリカもこれを無視できないので、アメリカ本土やハワイから豪州に増援や支援物資を運ぶ輸送船の数は日増しに増えていくことになる。それらの船が通るのがこの海域だ。


そして最も東側の哨戒区ということは、最もアメリカ本土に近い海域ということになる。従って他の艦よりも先に獲物にありつける可能性が高い。

敵の警戒状況がどの程度かはわからないが真っ先に襲撃できるということは奇襲になる可能性が高く、これは潜水艦にとって極めて有利だ。

魚釣りと同じで獲物がスレる前なら襲撃も比較的容易に行えるだろう。


もちろんいくら輸送船の航行量が多いと言っても、広い海の上では船は一粒の砂のようなものだから、発見するのは容易ではない。

しかし哨戒区内を上手く巡回することで獲物を発見できる確率は上がるはずだ。



そして哨戒を開始して4日。ようやくその時が訪れた。


「左舷前方に煙らしきもの」


左舷見張の太田二曹が声を張り上げた。

その情報は直ちに発令所経由で士官室に伝えられ、食事中だった武田は飯椀を放り出して艦橋に駆け上がった。


「11時方向です」


太田が手で示した方向へ武田が双眼鏡を向けると、風に散らされて薄くなってはいるが、確かに水平線から煙が立ち上っているのが確認できた。


「よし、よく見つけた」


武田は太田の肩を叩くと掌を打ち鳴らした。


「取舵。前進原速。魚雷戦用意」


「取舵宜候」


「前進原速」


「魚雷戦用意」


矢継ぎ早の命令にも機敏な復唱が返ってくる。


新しい針路で航行を続けると、やがて水平線から針のようなマストの先端が現れた。マストは徐々に高さを増しながら視界内を右から左に向かってゆっくりと動いている。


「取舵一杯」


頃合いを見て舵を戻して新針路に固定。マストの見た目の高さが変わらないように針路を調整して目標と同航態勢をとる。


「先回りするぞ。第2戦速」


2基合計12000馬力を叩き出す艦本式ディーゼルが唸りを上げて見る見るフネを加速させていく。

それに伴って発生した強風が艦橋上の武田たちにぶち当たった。


「中立国の船の可能性はありませんか」


哨戒長の秋山が吹き飛びそうな帽子を押さえながら尋ねた。


「じきにわかるよ」


強風に負けないように武田は声を張り上げた。



「目標の針路に変化なし」


右舷見張が大声で報告する中、伊23はぐんぐん目標を引き離していき、やがてマストは水平線からほんのわずかに顔を出す程度になった。

目標の針路に変化はなく、こちらに気づいた様子はない。


「面舵一杯。90度にて宜候」


艦首が右に回って伊23は目標の針路に直交する針路を取った。

目標との距離が縮まるにつれて再びマストの高さが増してくる。

武田は双眼鏡でマストの高さを観察しながら潜航の頃合いを測った。


「潜航急げ」


弾かれたように見張員たちが艦内に突入していった。最初の頃のように突入の順番を巡って押しくら饅頭になることもなく、訓練の成果を十分に感じさせる、実に素早い突入だった。


「ハッチよし」


最後の見張員がハッチを閉じる頃には既に小幡の命令でメインタンクへの注水が始まっており、フネは急速にその姿を水面下に隠そうとしていた。


「潜望鏡深度につけろ」


武田は司令塔に陣取ると潜望鏡の支筒に手を添えた。


「深さ19です」


「潜望鏡上げ」


潜望鏡がせり上がると武田は把手を持って接眼鏡を覗き込んだ。

潜望鏡を軽く左右に動かすとすぐに視界にぼやけた船影を捉えた。すかさず焦点を調整すると目標の特徴が明らかになる。


「船橋の前後にデリック。貨物船で8000トン位だな。船体は全体に灰色。上部構造物も同じ。敵船だ」


潜望鏡を覗き込む武田が目標の特徴を周囲に伝える。中立国の船なら船体は平時の塗装のままのはずだが、目標は視認性を下げるために全体が灰色に塗られている。従って敵船に間違いない。


「1番と2番を使う。距離1000、的速12ノット、方位角90」


続いて目視で得られた魚雷発射諸元を告げると一度潜望鏡を下ろさせた。


「1番2番用意よし」


すぐに魚雷の発射準備が整ったので、再び潜望鏡を上げて最後の観測を行う。


目標はこちらに全く気づいておらず、潜望鏡の視界中央にゆっくりと滑り込んでくる。

今か今かと待ち構えている武田の両手に思わず力が入る。

そして遂に目標が十字線の真ん中に入った。


「1番2番、射て」


フネが微かに身震いした。

すぐに発射管室から2本の魚雷が異状なく発射されたと報告が入る。聴音員からも魚雷は正常に駛走していると報告があった。


命中まで約40秒。乗組員たちは固唾を飲んでその時を待った。



「命中、今」


その瞬間、目標の前部デリック付近に大きな水柱が立ち、ほぼ同時に轟音が響いてきた。

目標は水柱が消えるのを待たずにがっくりと前のめりになった。


「1本命中。目標は停止」


艦内から歓声が上がった。


見ているうちに目標の前トリムは徐々に大きくなっていった。

増していく傾斜の中、船員たちが慌てた様子でダビッドに取り付いてボートを下ろし始める。


急いだ甲斐があって、2艘は無事に着水することができた。しかし3艘目が下り始めた時、船体ががくりと揺れて前方向への傾斜が急激に増した。

まだ甲板に残っていた船員たちが危険を感じて次々に海に飛び込んでいく。


船首が沈むにつれて船尾が持ち上がって推進器と舵が水面上に姿を現した。そして船体は直立すると、ゆっくりと海面に引き込まれていった。


魚雷命中から20分足らずのことだった。





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