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わたつみの魔王  作者: 山谷 宗
第2章 緒戦
23/32

3.トラック(2)

香取を降りた3人は、伊23が所属する第1潜水戦隊司令部で指示を受けるべく特設潜水母艦筑紫丸に赴いた。


案内に従って会議室に入ったところで武田は参謀の中に見知った顔があるのに気づいた。第1潜水戦隊も先般の人事異動で顔ぶれが大きく変わった。他の参謀も知らない顔ばかりだ。彼も今回の異動で転属してきたのだろう。


親しい人物なら挨拶の一つもするのだが、生憎彼とはそういう関係にない。むしろできれば顔を合わせたくない人物に分類される。武田自身はそれほどでもないが、先方が武田を嫌っており、そのことを隠そうともしないからだ。



そんな中で作戦会議が始まった。

作戦会議の開始に際して司令官から空母撃沈の功績を称えられたが、居心地の悪さが増すばかりで全く嬉しさを感じなかった。


なお会議は首席参謀が南太平洋方面における一般情勢と本作戦の概略を説明して、最後に伊23に対する任務付与をするとあっさり終了した。


いくつか気になる点があったので武田が質問をしようとした時、それを遮るように1人の参謀が立ち上がって後は自分達が説明する旨を申し出た。司令官と首席参謀はこれを許し、武田たちに労いと励ましの言葉を掛けて退席してしまった。



そして2人が退席した途端、参謀たちの雰囲気が一変した。武田が作戦上の疑問点や担当海域で見込まれる船舶の通行量を尋ねても「不明」。敵の警戒状況を尋ねても「不明」。何を尋ねても全て木で鼻をくくったような態度で「不明」の一点張りだった。


気になっていた行動の自由については哨戒する海域を指定された上、1日1回の定時連絡を指示されたため、認めるつもりはないことがわかった。また命令があり次第直ちに行動できるように常に無電の傍受に努めることと、命令を受信したら必ず了解の返信をすることも併せて指示された。


これでは平時の潜水艦の運用と全然変わらない。

潜水艦は自艦の存在の兆候を可能な限り消すことで初めて敵を攻撃する機会を得られる。だから騒音や電波の輻射は潜水艦の大敵なのだ。


潜水艦が潜んでいるのが解れば、その海域を迂回すれば良い。そうなったら足の遅い潜水艦に追い付く術はないからだ。また潜水艦の存在が解れば駆逐艦が掃討にかかる可能性もあり、潜水艦は大変な危険に曝されることになる。


特に電波は音とは比較にならないくらいの遠距離まで到達するし、方向探知をすれば簡単に位置を特定できる。

これでは潜水艦の強みが消えてしまう。


彼らは2潜戦の戦訓資料を読んでいないのか。あるいは読んでいても運用を変える必要を認めないのか。



困惑した武田が軽く息を吐くと、それを不遜な態度と受け取ったのか例の参謀が噛みついてきた。


「貴様、上官の前でなんだその態度は。空母を仕留めたからって調子に乗っているのか」


その中佐が怒鳴ると他の参謀も彼の尻馬に乗った。


「そもそも何人もの先任者を飛び越えるなど海軍の秩序を乱す行為だ。なんで辞退しなかった」


「いくら無線封止中でも艦長が亡くなるような重大事ならば報告するべきだった」


「空母の件は未帰還の伊70の戦果を横取りしているのではないか」


等々、聞くに堪えない難癖の嵐に武田は怒りを覚えるよりも呆れてしまった。


一方傍らの小幡は能面のような無表情だが額に青筋を走らせている。原に至ってはギリギリと歯を軋ませながら肩を震わせている。



こんな調子で1時間もやられて、結局実のある話は母艦から食糧や燃料の補給が受けられることだけ。しかも何故か散々恩に着せられてだ。3人は徒労感に包まれながら母艦を後にした。



「なんですか、あれは」


桟橋を歩きながら小幡が吐き捨てるように言った。


「あいつら馬鹿ですか。いや馬鹿ですよね」


原は怒りを露にしている。


「ここまでやられるなんて普通じゃありません。以前に何かあったのですか」


小幡が硬い表情で尋ねると、武田は煙草に火を着けて深々と吸い込んだ。


「ないと言いたいが実はある。最初に突っかかってきた中佐な。森って言うんだがあの人と昔ちょっと…」


「エスでも取り合いましたか」


武田の言葉を遮って原が不機嫌な顔のまま茶々を入れてきた。


「それもあるが」


「あるんですか」


原が目を剥いた。


「でもそれは最近の話だしわざとやったわけじゃない。原因はもっと昔のことだ。陸戦隊で上海に出動した時にちょっとな」


武田はポケットから煙草入れを取り出していじくりまわしながら答えた。


「一方的に嫌われて絡まれるようになったのはそれからだな。エスの件はまぁおまけみたいなもんだ。他の2人は知らない奴だが、あの人の腰巾着なんだろう」


原は黙りこんだ。


「あとは妬みもあるのかな」


溜め息を吐くように武田が言った。


「山本長官のお声掛りとはいえ、何人も先任者を飛び越えたのは間違いないし、映画の話もあるから妬まれるには充分だろう」


真珠湾攻撃とマレー沖海戦に加えて空母サラトガ(米軍の発表で判明した)の撃沈は帝国海軍の破竹の勢いを宣伝するには格好の題材だった。そこで海軍省が旗を振って伊23の活躍も映画化することになったのだ。おかげで呉にいた時に何度か映画会社の人間の相手をする羽目になった。担当者曰く他社が製作する真珠湾攻撃とマレー沖海戦を扱った作品に負けないものを作りたいとかなりの意気込みだった。



「参謀連中があの様子ではこれから苦労するかもしれませんね。面倒なことにならなければいいのですが」


小幡が心配そうに言った。嫌味を言われるくらいならどうと言うことはないが、補給を遅らせたり、郵便物が「所在不明」になったりしては乗組員の士気に関わる。さすがにそこまではやらないだろうと思いたいが、こればかりは先方次第だから絶対ないとは言えない。



「陰間どもめ。あまりひどいようならこっちにも考えがあるぞ」


「何か連中の弱味になりそうなことでもあるんですか」


小幡が物騒なことを言い出したが、武田は首を横に振った。



「GF長官に言いつけてやる」


わざと子供っぽい言い方で応えた武田に小幡と原は吹き出した。

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