Ex.2 自動音源追尾装置
昭和16年の8月のある日。呉海軍工廠造船実験部で技術士官が実験水槽に模型船を浮かべていた。木っ端を釘で打って組み上げただけの素人仕事丸出しのちんけな模型船だが、これを見つめる彼の表情は真剣だ。
彼は模型船の船首に取り付けられた2個のマイクの位置を慎重に調整すると満足げに頷いた。
そして船体の電源スイッチを入れると小型電動機が船尾の小さな推進器を回転させて模型船をゆっくりと前進させた。
彼が合図をすると別の技術士官が模型船の船首から右方向に30度ほどずれた位置に置かれた蓄音器で音楽を流し始めた。
すると直進していた模型船は自分で舵を取って蓄音器の方へ向かう針路を取り、ややふらつきながらもそちらへ進み始めた。
彼が取り組んでいたのは音源を自動で追尾する機構の実験だった。
模型船の船首には2個並んで集音マイクが取り付けられている。並んだ2個のマイクの受信出力に差があればこれを電気信号に変換して、受信出力が平衡になるように自動で舵を操作する。これにより自動的に音源に向かうようになるわけだ。
この方法なら音源からの距離や音の強弱は関係ないので、比較的簡易な機構で済む。
この技術がものになれば魚雷に必中の能力を持たせられるのではないか、というのが彼の考えだった。
実験は概ね成功と言って良い。しかし成功したからこそ実用化にはまだまだ解決しなければならない問題が多数浮かび上がった。
まず正確に音源に命中させるにはマイクの性能が足りない。遠距離のしかも移動する音源を捉えられるか否かはひとえにマイクの集音性能に懸かっている。
艦の聴音機で音源を探り、その方向に向けて発射すれば目標近くには到達するにしても、ある程度の範囲の音を捉えられなければ意味がない。
また魚雷に追尾装置を載せるには炸薬を減らす必要があるが、用兵側が難色を示すのは間違いない。だから装置の性能を維持しつつ、可能な限り小型化しなければならない。
水中を疾駆する魚雷に搭載するのだから防水性も忘れてはならず、そして何より機械的な信頼性の確保が最重要課題だ。
これらの問題を解決する見通しが立たない限り、研究を進めるための予算がつかない。
本来ならば研究開発用の予算が先にあって、これを使いながら研究を進める。そしてその過程で判明した不具合を改善して初めて実用化できるのに、現実は実用化の見通しがついてから初めて予算がつく。彼のような技術士官からしてみたら、順序がまったく逆の話だ。
彼もそれなりの期間、海軍で飯を食ってきた以上、海軍のお役所的な側面についても十分承知していた。良さそうな技術だからといっても必ずそれがものになるとは限らないし、予算に限りがあるのも理解している。
だか技術は予算がつかなければ育てることができないし、育てられなければ芽が出ることもないのだ。
悪いことに予算を握る連中は海軍の中でエリート中のエリートとされる頭の堅い鉄砲屋が多い。さらに悪いことに彼らは自分達が優秀で有能だと思い込んでいる。彼らにとっては自分達が理解できない技術とは使い物にならない技術屋のおもちゃなのだ。
彼らは二言目には「武人の蛮用に耐えうること」等と言う。だったらお前たちの大事な測距儀はどうなのだと言ってやりたいが、言ったところでより頑なになるのは目に見えている。
彼らは技術に対する理解が根本的に欠けていると言わざるを得ない。これが陸軍に比べて合理的でスマートだと思われている海軍の現実なのだ。
でも彼は諦めない。
今日の実験はほんの小さな一歩に過ぎない。しかし一歩進んだことは間違いないのだ。彼は技術者らしく過去が今日に、今日が未来へと繋がっていることを信じている。
彼は早速次の実験に向けて不具合の洗い出しを始めた。




