8.制圧(1)
響いてきた爆発音は3つ。
6本の発射で3本命中。2000メートルは必中距離とは言い難いのに5割が命中したことは快挙と言っていい。武田は躍り上がりたい気持ちだった。
「魚雷3本命中」
努めて冷静さを保とうとしたが、声の喜色を押さえることはできなかった。
狭苦しい司令塔に詰めている他の乗組員も皆が顔を笑みで崩して喜びを現にしている。艦内のあちこちでも同じような光景が繰り広げられていることだろう。潜水艦乗りの苦労が報われる瞬間だ。
しかし奇妙なことに乗組員の誰一人として声を出していない。
水上艦が潜航中の潜水艦を捜索する方法には、超音波を発して海中の物体からの反射状態でその位置を探る探信儀と、潜水艦から発する音を聞き取る聴音機による方法の二つがある。
ただし探信儀が発する超音波は、海水の中では徐々に減衰していくので、探知可能な範囲はそれほど広くはない。
しかし聴音機に関しては反射波を拾う必要がないから、理論上は音源から発生した音が消滅しきるまで探知が可能になる。
実際、こちらの聴音機は約9000メートル以上先の推進器音を捉えた。ならばたった2000メートルしか離れていないこちらの音を捉えられてもなんら不思議ではない。
聴音機でこちらの存在に気づかれて、探信儀で捕捉されたら非常にまずいことになる。
潜水艦が隠れ蓑を引き剥がされたら、そこに居るのは足の遅い「ドン亀」でしかない。全力を振り絞って走っても水中では8ノットを越えることはなく、しかもその速度なら1時間しか電池が保たない。
さらに潜航時間が長くなれば艦内の炭酸ガス濃度が上昇するため、いつかは息継ぎのために浮上しなければならない。浮上したところで貧弱な備砲では駆逐艦相手でも勝負にならないし、機関砲弾ですら当たりどころによっては致命傷になってしまう。
だから潜水艦にとっては敵に見つからないことこそが最大の防御なのだ。
乗組員たちが静かに喜びに浸っている中、武田は不安も感じていた。何しろ相手は元戦艦のため、船体はとにかく頑丈であることが予想される。そんなフネが魚雷3本で沈むだろうか。
沈まなかった場合、再襲撃は可能だろうか。
「無理だ」
武田は首を振った。魚雷の再装填の際に発生する騒音。さらに相手が警戒している中での再接近と射点の確保。潜望鏡を上げての目標の観測。
もはや無理を通り越して自殺行為だ。
これ以上欲をかくべきではない。
『レキシントン型空母に対して魚雷3本の命中を確認。これを大破させたと認む』
立派な戦果じゃないか。
その時、聴音手からの報告がきた。
「目標の行き足が止まりました」
機関が損傷したのか、防水作業のためなのかはわからないが、少なくとも目標の足を止めることはできたようだ。
「駆逐艦のうち1隻は目標付近。もう1隻は探信儀を使用しながらこちらに向かってきます」
今度は向こうの番だ。まんまと出し抜かれた挙げ句、空母を傷物にされたとあってはあの駆逐艦長は怒り狂っているに違いない。必死になってこちらを捜し出して沈めようとするはずだ。
魚雷発射の最適位置は限られているから、ここに当たりを付けるのはそう難しくはないだろう。
「さあ来るぞ」
腹を決めた武田が妙に楽しげに言った。
「前進微速。面舵」
少しでも駆逐艦から距離を取るように伊23は微速で動き始めた。
「全部署、爆雷防御」
艦内の空気が瞬時に緊張した雰囲気に切り替わった。
「通風止め、防水扉閉め」
原の命令で発令所前後の防水扉が閉められてケッチ(掛け金)で押さえられる。
「駆逐艦は左舷方向に変針しつつあり」
どうやらあの駆逐艦は変針を繰り返すことで広範囲を探るつもりらしい。
「面舵」
武田は相手の意図を推測して、駆逐艦の艦尾をすり抜けられるように変針した。空母ともう1隻の駆逐艦はまだ動き出す様子はない。
「駆逐艦戻ってきます」
「両舷停止。音を出すなよ」
武田に言われるまでもなく、乗組員たちは口を引き結んで天井を見上げている。そうしていないと落ちてくる爆雷を避けられないとでもいうように。
探信音は艦内でも聞き取れるまでになった。
その音は徐々に大きく、間隔は徐々に短くなり乗組員の心を掻きむしる。
「駆逐艦通過します」
探信音が小さくなっていくと誰かがふぅと息を吐き出した。
駆逐艦が接近する度に伊23は海中で息を潜め、離れていけばこっそりと動き出す。
もう何度繰り返したかわからない根比べだが、伊23はまだ発見されていない。なんとか夜のうちに離脱したいところだ。
そろそろ少し距離を稼ぐのもいいかもしれない。
「面舵一杯」
伊23がそろりそろりと針路を変え始めた時だった。
「駆逐艦増速。変針しました」
しばしの沈黙。
「こっちに来ます」




