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わたつみの魔王  作者: 山谷 宗
第1章 初陣
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7.襲撃

「機関停止、潜航急げ」


見張員は一斉に望遠鏡のレンズに防水覆いを被せると、弾かれたように艦内へ突入していった。


突入の時にはラッタルの踏み棒は使わない。代わりに両手でラッタル両脇の棒を握り、両踵の外側を棒に押し当てて勢いを殺しつつ滑り降りる。そうしないと後がつかえるし、後続に手を踏まれるからだ。発令所の床に着地したらすぐにその場から離れないとやはり後続に踏まれることになる。


もちろん見張員たちにそんなヘマをする者はおらず、慣れた様子で次々に艦内へ消えていった。



「排気弁閉め」


「電動機両舷強速」


鳴り響く警報の中、発令所では原が武田に代わって潜航指揮を執っている。


最後に飛び込んだ武田がハッチを閉めて叫んだ。


「ハッチよし」



「ネガチブ(負浮力タンク)注水」


「航海、貰うぞ。ベント開け」


司令塔に降りた武田が指揮を代わる。ベント弁を開いたことで、艦はメインタンクを海水で満たしながら海中に向かって突き進んだ。その間も艦内では命令と報告が飛び交っている。



「魚雷戦用意」


「宜候」


「深度19で固定。目標は大型1の小型が2。大型はかなりでかいぞ」


「推進器音、感2、接近してくる」


「現在深度19」


「夜間潜望鏡上げ」



潜望鏡に取り付いて焦点を調整すると、狭い視界の中に目標が現れた。駆逐艦らしい小型艦を従えてこちらに向かって真っ直ぐに進んでくる。


このまま針路が変わらなければ真上か至近距離を通過されてしまい、魚雷発射の機会を得られない。彼我の距離があまりに近すぎても魚雷は射てないし、無理に射ったところで当たらない。


かと言って距離を取るために反転しようとすればその間に魚雷を発射する機会を失ってしまうかもしれない。駆逐艦を2隻も連れ歩くような大物なら絶対にものにしたい。



武田がそう思った時、三角形に見える目標の底辺部分が徐々に長くなっているのに気がついた。


どうやら小角度の針路変更をしているようだ。

しかしこちらの存在に気づいている様子はなく、単に定型動作として行っているようにしか見えない。この程度の変針なら接近すれば魚雷を命中させることは難しくないだろう。


間もなく三角形の頂点が二つに割れて、目標の特徴がはっきりしてきた。


平坦な船体の上に島型の艦橋があり、その後方には巨大な箱形の煙突が聳えている。こんな特徴のあるフネと言えば一つしかない。


武田の体が思わず震えた。



「目標はレキシントン型空母」


艦内がどよめいた。


赤城や加賀に勝るとも劣らない米海軍の大型空母が手の届くところにいる。しかもこちらに気づいた様子は全くない。


大物喰い。


全ての潜水艦乗りが望んでやまない好機が今まさに訪れようとしていた。



しかし相手が現在の基準針路を維持してくれるとは限らない。基準針路を変えられたら潜水艦の水中速度では目標を追尾することができず、まんまと真珠湾への入港を許してしまう。


そうなったら最悪、1本でも命中するように祈りながら追い打ちで発射するしかない。


ここが正念場だ。



伊23には95式魚雷が17本搭載されている。


直径53センチ、重量1.6トン、炸薬量405キロ。特筆すべきは速度50ノットで9000メートル、45ノットで12000メートルの超高速、長射程を誇り、加えて燃料の酸化剤に高純度酸素を使用しているため航跡をほとんど曳かないことだ。


完璧に作動すればこれほど頼りになる兵器はない。


しかし魚雷は兵器であると同時に精密機械でもある。そのためとても繊細で時にはひどく気難しくなることがある。整備が行き届いていなければすぐに故障するし、ちょっとしたことですぐに臍を曲げてしまう。



人間と同じように魚雷にも経歴がある。まずどの部品がいつどの工場で作られたか。その部品をいつどこの工廠で組み上げて魚雷に仕上げたか。そさて平水試験の実施時期と結果。フネに搭載された年月日、さらには故障の発生状況と固有の癖。これらが全て記録されている。


この記録を読み込んで魚雷が最高の性能を発揮できるように整備と調整をするのが水雷科員の最大の任務だ。


特に水雷科の実質的なトップである掌水雷長の頭の中には搭載魚雷1本1本の記録が叩き込まれており、彼の指揮で水雷科員たちは細心の注意を払って日々の整備と調整を行っている。だから彼らがいる限り魚雷の状態に心配はない。



「前進微速、取舵」


「宜候」


「発射雷数6」


「魚雷よし」


相手の艦橋の高さを30メートルと仮定した場合の彼我の距離は約2100メートルと求められた。速力は艦首波が見えないので目測で18ノットとし、的針、方位角も同じく目測。これらの数値を方位盤に入力して発射の時機を測る。


「発射管注水」


「注水よし」


「前扉開け」



その時、目標が僅かに右に変針して艦腹を晒した。絶好の射点だ。


「1番2番、射て」


フネが僅かに震えて魚雷が発射された。


「ツリム注水」


重い魚雷が発射された分前部が軽くなるので、すかさず前部ツリムタンクに注水してフネの前後方向の平衡を保つ。


「3番4番、射て」


再びフネが震えた。


「5番6番、射て」


さらに震動。これで全ての魚雷を発射した。



「各連管発射異状なし」


「航走音は全て正常」


発射管室と聴音室から魚雷が正常に発射されて目標に向かっていることが報告された。



「命中まで1分」


ストップウォッチを持った秋山が命中までの時間を読み上げ始めた。


速度を50ノットに調整された95式魚雷は空母までの2100メートルを1分20秒余りで駆け抜けた。



「命中まで5、4、3、命中、今」



数秒後、外殻越しに鈍い爆発音が3つ響いてきた。




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