6.艦影
開戦から5日、伊23はオアフ島南西の哨戒区域を行きつ戻りつしながら獲物がやって来るのを待ち受けていた。しかし時折現れる商船も襲撃をかけるには遠すぎたり、位置関係が悪すぎて魚雷の命中が見込めなかったりと残念ながら戦果に恵まれていない。
浮上して水上高速性能を活かして追跡しようにも、米軍が航空機や小艦艇を出して哨戒を行うようになったため、日中にこれを行うのは難しくなってきている。
開戦から最初の2、3日は混乱を引きずっていた米軍もようやく攻撃の衝撃から立ち直ったようだ。しかもこの海域はオアフ島から比較的近いこともあり、哨戒の密度は中々に濃い。
そのため昼間は潜航して身を隠し、夜になったら浮上して充電と空気の入れ換えを行うことを強いられている。
しかし艦隊司令部から真珠湾攻撃の戦果が伝えられ、さらに昨日になって航空隊がマレー沖で英海軍の戦艦2隻を沈めたとのニュースが入ってきたため、乗組員の士気は極めて高い。
「航空隊の連中も上手いことやりましたね」
原が湯で溶いた粉末味噌汁を飯に振りかけながら言った。
「俺の同期にも陸攻乗りがいるけどあいつもいい思いをしたのかな」
缶詰の沢庵を乗せた飯を掻き込みながら武田が応じた。
「元々戦闘機希望だったのに適性ではねられて泣く泣く陸攻乗りになった奴なんだが」
武田が空になった茶碗を従兵に差し出すと、従兵も心得たもので飯を大盛りによそって武田に手渡した。
「今頃はそんなことをすっかり忘れて鼻高々になっていますよ。なんたって最新鋭戦艦を沈めたんですから」
原は味噌汁掛け飯をずるずる啜ると塩味が足りないと思ったのかさらに粉末味噌汁を掛け、真っ茶色になった飯を旨そうに掻きこみ始めた。
潜水艦の航海が長くなると、ほとんどの乗組員は食が細くなる。これは昼も夜もない密閉された艦内空間で過ごすことに加えて、缶詰中心の単調で味気ない食事が原因だと考えられている。
実際、出航から1ヶ月近くが経って徐々に残飯の量が増えてきている。軍医長や烹炊員が少しでも食欲が湧くような献立を考えようとしているが、あまり上手くいっていない、
しかし武田と原だけは別で2人とも食欲はまったく衰えていない。いつも通り大盛り飯をお代わりする武田と大盛り且つ色々載せてゲテモノ一歩手前のような食べ方をする原。2人の食べっぷりを見ていると大体の者があきれたようなうんざりしたような顔をするが、中には食べる気力が湧いてくる者もいるから不思議だ。
食事を終えると武田は満足げに手を合わせてから発令所へ向かった。時刻は現地時間で間もなく2100時。浮上して充電と換気をしてもいい頃合いだ。
哨戒長の秋山と指揮を交替すると、武田は浮上を命じた。
フネが海面に姿を現すと、武田と秋山、見張員が艦橋に上がった。
空には雲もなく月明かりが海面を照らしている。そのおかげで視界は良好なので、獲物を見過ごすことはなさそうだ。
見張員たちは望遠鏡を覗きながら担当区域の見張に余念がない。
「そろそろこっちにもツキが来ないものかね」
大枚はたいて買った私物の双眼鏡を覗きながら武田が言った。ツァイスのレンズは極めて明瞭に月明かりに照らされた海を映しているが、残念なことに獲物の姿は見当たらない。
「ここらで一発大物を喰ったら陸に上がった時にモテモテなんですけどね」
秋山がどこぞの航海長のようなことを言い出したのに苦笑する。
それから数時間が経った。
「先任」
司令塔から原が声を張り上げた、
「聴音から左舷前方に推進器音があるとのことです」
「前進原速」
「取舵」
即座に応じた武田の号令に司令塔から復唱の声が響く。
「いつでも潜れるようにしておけよ」
武田の声に見張員が一斉に緊張して望遠鏡を覗き込んだ。
まだ向こうの姿は見えないが、あちらは月を背にする位置だから、こっちが先に見つけられるだろう。武田の頭の中は早くもフネを襲撃に適した位置に持っていく段取りで大忙しだった。
刻一刻と時間が過ぎ、艦橋の雰囲気がさらに緊迫したものになっていく。望遠鏡を握る見張員の肩と両手にも思わず力が入る。
「推進器音はこちらに接近しつつあり」
「推進器音はおそらく複数」
原と代わった下士官が聴音手の報告を逐一上げてくる。
「うち1隻は大型艦の可能性」
下士官の報告と同時に左舷見張の太田二曹が叫んだ
「10時の方向艦影3、距離90(約9000メートル)、うち1隻は大型艦」
双眼鏡を向ければ水平線近くに月光に照らされた艦影が3つ。うち1つは確かに他の2つよりも大きい。
「機関停止、潜航急げ」




