9.制圧(2)
「駆逐艦近づく。感3、いや4」
探針音が大きく、そしてその間隔が狭まってきた。
駆逐艦は完全に伊23を捕捉してまっしぐらに向かってくる。
「両舷前進一杯。深度100まで潜れ」
少しでも駆逐艦から距離をとるべく、武田は安全潜航深度一杯の深度100メールまでの潜入を命じた。
今や探針音だけでなく推進器が水を掻くシャッシャッシャッという音まで聞こえるようになり、探針音が連続音に聞こえるほどになった。
「海面に着水音」
そう叫ぶと聴音手は引きちぎるように両耳からレシーバーを外した。いよいよ爆雷が投下されたのだ。
炸裂の衝撃に備えて乗組員は手近な物にしっかり掴まっている。
伊23は爆雷の効果範囲から少しでも遠ざかろうと必死に潜入を続けている。しかし深度計が60を指した時、艦の真上で轟音と共に最初の爆雷が炸裂した。
凄まじい轟音と衝撃がフネを激しく揺らし、その衝撃が止む前に次々に周囲で爆雷が炸裂した。
爆発の度に乗組員たちの身体は滅茶苦茶に振り回された。固定が不十分だった兵員室のチェストから中身がこぼれ、収納庫から米袋が転がり落ちた。
不意に訪れる静寂。最初に投下された爆雷は全て炸裂したようだ。
乗組員たちは命令される前に持ち場の点検を始めた。
「被害状況知らせ」
「電池異常なし」
「発射管室異常なし」
「電動機異常なし」
各部署から報告が届くが被害はなく、1回目の攻撃は無事に凌げたようだ。
「現在深度100」
「取舵、前進最微速」
すぐさま電池の消耗を抑えるために最微速まで速度を落として、惰力を利用して距離を稼ぐ。
爆雷の爆発で艦の周囲は水が激しくかき混ぜられた状態になっている。これが落ち着くまでは駆逐艦の探信儀も聴音機も役に立たないだろう。
最微速の2ノットは駆逐艦を振り切るには全然足りない速度だが、抜き足差し足で撒くことはできるかもしれない。
伊23は変針すると亀が這うような速度で離脱を図った。
「右舷後方に探信音。近づいてくる」
だが再び探信音が近づいてきた。
「探信音感4…5、爆雷」
「前進一杯、取舵一杯」
電動機がうなりを上げ、艦首がゆっくりと回頭を始めた直後、再び爆雷が炸裂した。今度も深度を浅目に調定したようで、すべて頭上で炸裂した。
しかし衝撃は強烈だ。爆雷が炸裂する度にフネと乗組員の体は激しく揺さぶられる。
籠に押し込められて象に蹴り殺された古代ローマの将軍がいたそうだが、彼のように乗組員の体は右へ左へ激しく揺さぶられた。
駆逐艦は完全にこちらを捉えている。
続いて3回目の攻撃。こちらも被害はなし。
そして4回目の攻撃。1、2、3発、衝撃がフネを襲う。そして4発目。
今までにない強烈な衝撃がフネを襲った。どこかで何かが割れる音がして、艦内の照明が激しく明滅した。
「前部兵員室浸水」
「電池破損」
「防水急げ、電池修理急げ」
潜航中の動力源である二次電池には希硫酸が使われている。これが漏れだして海水に接触すると有毒の塩素ガスが発生する。それに電池が破損したままだと電気が取り出せない。だから一刻も早く破損した電池を取り除いて電池を繋ぎ直さなければならない。
フネにいくらか被害が出たが、まだまだ戦える。だが…
武田は思った。
かかってくる駆逐艦が1隻で助かった。2隻が協力しながら制圧にかかられたら危なかった。
そう思った時、武田は違和感を覚えた。
もう1隻の駆逐艦は何をしているんだ。
最初にそれに気づいたのは潜航中のフネの耳であり目でもある聴音手の三枝上水だった。
レシーバーから聞こえる微かな爆発音は爆雷の炸裂音とは違って長く続いて腹に響いた。制裁で言うなら爆雷の炸裂音がビンタで、今の音はバッター(樫の棒)だ、とよくわからない例えをしながら三枝は耳に意識を集中させた。
続いてもう1回。先程の爆発音など比べ物にならない程の轟音が響いてきた。この音は外殻を通して艦内に伝わってきたから、武田を始め他の乗組員にも聞き取ることができた。
そして複数の爆発音。
秋山と土屋が顔を見合わせた。
「駆逐艦増速、離れていきます」
「行っちまったのか」
原の呟きに応える者はいなかった。




