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ロマネスクの誘い  作者: 今夜は山田
第三章:風
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11.#大原清介

「大原清介さん」

 男は、俺の名前を呼んだ。男の目は俺を、温かく見つめていた。それが何だか不気味で、俺は目を逸らしながら、はい、と応じた。

「僕が作り出した新しい存在というのは、あなたの事です」

 ……一瞬、時間が止まったような気がした。俺は、確かに生まれ、母を亡くし、父に育てられ、妹に出会い、明青学園に入学した。そのはずだった。記憶に間違いはない。

「正確に言えば、僕だけの力で作り出した訳ではない。ループに関わる沢山の人々の願いの結晶、それは大原清介という存在です」

 小石が、俺の手を掴んだ。まるで、男の次の言葉を恐れているようだった。はは、小石、一体何をそんなに怖がっているんだ。そんな風に思いながらも、俺もまた、小石の手を強く握り返していた。

「――ループが終われば、あなたも消える。あなたに関わる記憶も、消える」

 だけども、男は、残酷にも、その言葉を俺達に告げた。

「だから、こいつは俺を連れてきたんだ。清介」

 父さんの言葉が、俺の耳を痛くした。

「俺は、お前の父親だからな」

「父さん……」

 俺は、そう言ったところで、涙が喉に詰まって錯覚に襲われ、何も喋れなくなった。突然現れた透明の杵で、頭を殴られたような気分だった。不条理で、不合理で、不自然で、しかも抗いようのない何かが、俺を蝕んでいた。

「だけど、ループが終わったら、父さんは俺の事を忘れてしまうんだろ?」

 やっとの事で、俺はそれだけの言葉を搾り出した。

「ああ、そうだ。だけど、それは問題じゃない」

「問題だよ! 忘れられたら、俺と父さんが親子だって言える絆は、なくなるじゃないか……」

 父さんは、じっと俺を見た。いつもより少し潤んでいるように見える目を、俺も見つめ返した。

「いつも言っているだろう。本質を見ろ、と。俺とお前が親子だったのは、親子だった記憶があるからじゃない。俺がお前を育てて、お前が俺に育てられたからだ。良いか。それが、こいつの言う通りこのループのせいだったとしても、変わりはしない。俺はお前に愛を注いだし、時にはきつく叱った。お前は時に俺を憎んで、時に俺の愛を受け止めた。その事実は、記憶がなくなろうと、お前が居なくなろうと変わりはせん。お前は俺の息子だ。間違いない」

 俺は、父さんの言葉を聞いて、涙が頬を伝うのも気にせずに、父さんに抱き付いた。父さんは、力強く、俺の事を抱き返した。

「ありがとう、父さん」

 俺は何度もその言葉を繰り返した。父さんはただ、頷いていた。




 散々泣き腫らすと、何となく心が軽くなった。それは、俺が作られた存在で、いつか消え去る存在だという事を、やはりどこかで無意識下に知っていたからなのかも知れない。

「ループは、どうやって解除するんだ?」

「……腕時計です。その腕時計の光を、ループ魔法を使った場所で放てば、それでループ魔法は止まり、消滅します」

 俺は、腕時計を見つめる。……すっかり忘れていたな。

「で、その場所って言うのは?」

「ここですよ。校長室です」

 なるほど、と俺は頷いた。腕時計に付いた、五つのボタンを一緒に押すだけで、全ては終わるのだ――今押すと、何の対抗策も持たない明青学園は壊滅に追い込まれかねないが。

「……ねえ、兄さん」

 俺の制服の裾を、小石が引いた。

「どうした? ……って事はないか。寂しくなるか?」

「当然です。兄さんのお陰で、私はちゃんと生きてこられたんです。両親が死んで、お父さんに引き取られた私を、兄さんはこれまでずっと大切にしてくれた……だから」

 小石は泣いていた。ここには泣き虫ばっかりだな、と俺は笑って、小石の頭を撫でてやった。

「大丈夫だ。小石はもう強いんだからな」

「そうでしょうか?」

「そうだよ。俺が嘘吐いた事、あったか?」

 俺がそう訊くと、小石は涙を頬に伝わせながら、笑った。

「兄さん、いっつも嘘ばっかりじゃない」

「ありゃ、そうだっけ」

「そうです。……兄さんってば、いつも私を置いてけぼりにするんだから」

 もう一度、頭を撫でてやる。小石の髪はさらさらしていて、とても柔らかだった。




 校長室に味方を引き入れつつ、防戦を続ける。敵も疲労が溜まってきたらしく、襲撃の頻度や規模は少なく小さくなってきていた。日が変わり、仮眠を取ったりしている内に、火曜日の昼を迎えた。午後三時ちょうどに腕時計を使って、ループごと、この学園を覆う妨害魔法も消してしまおうというのが俺達の作戦だった。そうすれば、外部の味方を引き入れる事ができ、学園防衛も成功に導ける。

「清介のお陰で、ボクは姉さんの事を思い出せた」

「私も私も、いさちゃんとまた姉弟になれたのは、せいちゃんのお陰だからね!」

 午後三時を待つまでの時間、俺達は談笑を楽しんでいた。その中で、口々に皆から出てくる俺への感謝の言葉に、俺はそんなにも人徳のある人物だっただろうかと自分で首を捻った。皆はそんな俺を見て、あはは、と声を出して笑った。

 午後二時半ごろになって、廊下の方が騒がしくなった。俺達は身構えて、扉の方を見る。扉から現れたのは、最初にこの校長室に入ってきたとき、小早川校長に何かの魔法を掛けていた男だった。

「功治さん」

 小早川校長は、男にそう呼びかけた。

「目的ぐらい、教えてくれても良いじゃない?」

「――そうだな」

 男は、向かってくる生徒を軽く魔法の壁でいなすと、俺達を指差した。

「魔法は、不合理な存在だと思う。全てはその者が持つ魔法のセンスに委ねられ、努力の介在できる場所はほとんどない。その魔法が、世界を統べる存在のように崇められている。良い魔法を持つ者が持たない者の上に立つ。それは、人間を駄目にする事だ。生まれながらにして差がある。魔力を持たない人間は、持つ人間を恐れるほかない!」

 叫んで、男は、指を真っ直ぐ小早川校長の方へと向けた。

「だから……魔法使いから、魔力を奪ってしまおうと?」

「そうだ。私は研究に明け暮れ、ついに、人間から魔力を取り上げる魔法に辿り着いた。これで、すべての人間の魔力を失わせれば、人は等しく平らに戻るのだ」

「良いわよ。私にやりたいのなら、やってくれれば良い」

 小早川校長の声は、ひどく落ち着いていた。

「魔法にとらわれすぎているのはあなたの方よ、功治さん。魔法のセンスなんて、小さな事だもの」

「お前は良いさ。才能に溢れていたからこそ、そんな事を言えるんだ」

「だから、消しなさい、と言っているじゃない」

 小早川校長の言葉に、男は目を閉じた。指に力を集中しているらしい。やがて、俺にも感じられるほどに明らかに、小早川校長から力が抜けた。

「功治さん。これで、功治さんは、私の話を聞いてくれるのかしら」

「…………」

「魔法があるから、人を抑圧する訳じゃない。人を抑圧する人は、魔法に関係なく人を抑圧する。魔法があるから、人に優しくできる訳じゃない。魔法なんてなくても、誰でも、人に優しくできるのよ。魔法は関係ない。人間の持つ問題は、魔法に関係なく、ただ人間の持っている問題なの。魔法は、私達のものじゃない。この学園の生徒なら、皆知っているわ。私達が持っているのは、ただ私達だけ。魔法はただ、私達に寄り添っているだけのものなのよ」

 男は、動揺しているようだった。目を左右にして、瞬きの回数を増やしている。

「……私には分からない。分からなくなったよ、洋美」

「なら、もっと話し合いましょう。だけど、力ずくは良くないわ。それは、分かるでしょう?」

 小早川校長の優しい声が、男の頭を撫でた。まるでそれが魔法のようで、俺は息を呑んだ。男は、膝をついて、そうだな、と頷いた。




 ――そして、その時がやってきた。ループという誤りを正す為に、俺は、校長室の真ん中に立った。さっきあれだけ泣いたからか、不思議と涙は出ない。寂しさもない。ただ、自分の役目が終わったんだな、という事だけを、強く自覚していた。

「じゃあな、皆」

 俺は、そう言って手を振った。送り出す皆の中には、泣いている人も居た。司なんかは、さっきからずっと泣きじゃくっている。良い奴だ。小石の最初の友達だもんな。俺は、そんな事を思いながら、腕時計のボタンを押した。腕時計から大量の光が溢れる。そうしてすぐに、俺は自分が消えていくのを感じた。

「ありがとう」

 最後に聞こえたのは、沢山のそんな声だった。

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