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ロマネスクの誘い  作者: 今夜は山田
第三章:風
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10.#田村葵②『妹』

 父さんはまず、俺と小石の体を抱き寄せた。久々の父親の体は、思っていたよりずっと大きく、ずっと温かかった。しばらく抱いたあと、俺達を解放した父さんは、一緒に現れた若い男を見るように俺達に言った。

「このループ魔法は、終わらなければなりません」

 若い男は、自己紹介よりも先に、そう言った。

「ループ魔法?」

「明青学園は今、五年に及ぶループの終端に近い部分にあります。このままある日を迎えれば、明青学園の時間はまた、五年前へと巻き戻ってしまうのです」

 勇の疑問に、男が答える。ループ魔法の事を今の今まで知らなかった桜花や勇、司は、その回答を首を捻りながらも受け入れた。緊急事態だから、というのもあるかも知れないが、皆、感覚的に世界のループを感じ取っていたのかも知れない。

「お兄ちゃん――ですよね?」

 続いて、葵ちゃんがそう、感情をいっぱいにたたえた顔で訊ねた。

「ああ。……ごめんね、葵。ずっと一人にしてしまった」

 男は頷いて、葵ちゃんの頭を撫でた。……葵ちゃんは田村家の一人娘なのではなかったのか?

「申し訳ないけれど、あなた物知りそうだから、説明できるなら説明して欲しいわー」

「……そうですね。何も言わずに、という訳にはいきません。説明しましょう。この明青学園に、何が起こったのか」

 男が、目を閉じた。まるで遠い昔を思い出すようにして、男はゆっくりと、話し始めた。

「僕が明青学園の初等三年生だった頃の事です。当時、学園は数千人の生徒を抱えていました。その中には、やはり荒くれ者が居て、度々生徒が生徒を襲撃する、という事件が起こりました。その頃には便利なメール端末はありませんでしたから、予告状はいつでも紙で行われました。中でも、新入生はその被害に多く遭って、その事を重く見た小早川校長は、外部の人間にその解決を求めました。――その次の日、小早川校長の相談した人物は、大量の、『軍勢』と呼んで差し支えないような人々を明青学園に送り込み、生徒達を捕らえ、その魔力を全て奪い去ろうとしました。この目論見に為す術のなかった明青学園でしたが、たまたま、ループ魔法の研究を進めている僕が、ループを使ってこの危機を回避する方法を思い付きました。そこで、僕が術者、妹の葵が副術者となって、学園全ての生徒、教員のエネルギー援助の下、五年ものループを形成しました。この時、エネルギーを使い果たした多くの生徒は、命を落としてしまいました。これが、一度目の明青学園です」

 男は、一度小さく息を吐いた。

「――ループによって、失われた生徒達の命は取り戻されましたが、これは江ノ島ループと同様に不安定なものでした。同様に、術者だった僕の存在は、一度目のループの時には無かったものになっていました。だけれど、確かに存在していた。恐らく、副術者である葵が、僕の事を覚えていたから、僕は消えずに済んだのでしょう。もしくはその逆かも知れない。ともかくも、二度目の明青学園に僕の居場所は無かった。僕は外部からできる限りの働きかけをしましたが、数千にも及ぶ生徒が学園内で失踪した事で、小早川校長は完全に我を失って僕の警句を無視しました。『軍勢』は小早川校長の相談なしでも明青学園に侵入しました。明青学園は、数人の犠牲者を出しつつも、終端に達して再びループに入りました」

 俺は、男の言葉が耳を介さずに、そのまま脳に入ってくるような感覚を得た。それだけ、男の話は、衝撃的なものだった。

「三度目の明青学園では、前回失踪した数千人の存在は最初から完全に失われていました。前回の犠牲者である数人の為に、小早川校長は最初の失踪事件から後、すぐに明青学園に妨害魔法を掛けました。これで、実質、『軍勢』の猛威にさらされる心配はなくなりましたが、今度はループが新たな明青学園の敵となりました。ですが、僕もこれを傍観していた訳ではありません。二度目のループが始まる時、僕は三度目のループに、無理やり新たな存在を生み出しました。彼を使って、このループを解こうと考えたのです。着々と、僕の作戦は進んでいきました。ループ現象に気付いた小早川校長は、妨害魔法を解きました。三度目の明青学園における『軍勢』はやる気満々で、このわずかな時を活かして学園に入り込みました。そして、僕と、大原刑事も、やはり同様に、この学園に忍び込みました」

 それが、今までにあった事です――と、男はそこで、大きく息を吸った。

「最初の計画では、僕はここに来るつもりはなかったんですけどね。謝らなければいけない人が多く居るのに気付いたのです。葵や、そこに居る小栗佳奈さんや、他の多くの人に。小栗佳奈さんは、二度目の明青学園の犠牲者でした。『軍勢』に勇敢に立ち向かった……一度目の犠牲者でないから、ループの犠牲者とも言えますね」

「……気にしないで、と言っています」

 葵ちゃんが、ぽつりと言う。

「お兄ちゃん……お兄ちゃんは、生きているの?」

「ループの上では、生きているよ。ループが終われば、居なくなる」

「やっぱり……」

 葵ちゃんはうなだれた。――今の話をまとめれば、この男は葵ちゃんの兄で、ループ魔法を使用する事でエネルギーを使って、死んでしまったという事だろうか。それが、葵ちゃんの記憶にだけ残っていて、男の存在だけは失われなかった。

「ごめんよ、葵。だけれど、仕方のない事なんだ」

「ううん。私は、お兄ちゃんが本当に居たっていう事だけで、十分だよ。私がずっと想ってきた兄の姿は、間違いじゃなかったんだって……」

 葵ちゃんは、しばし、兄の懐で涙を流した。温かくて寂しい、そして強い、葵ちゃんらしい涙だった。

「ありがとう、お兄ちゃん。もう、大丈夫です」

 やがて、葵ちゃんは、兄の体を離れた。

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