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ロマネスクの誘い  作者: 今夜は山田
第三章:風
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8.#山下司②『エリン』

 *


 夜六時ごろになって、上級生のほとんども寮へと避難してきた。怪我をしている生徒も多く居たが、同じく寮に避難してきていた保健室の職員達の治療で、ともかくも命の心配をしなければならないほどの被害は出ていないようだった。敵の多くは中庭に集結して、寮の防御魔法を破ろうと集中を高めている。一ノ瀬先生によれば、明日の三時まで防御魔法が保たれる、というのはかなり苦しいだろうという事だった。それはつまり、いつか寮の扉から敵が殺到してくる、という事を意味していた。

「臨戦態勢を取るぞ」

 一ノ瀬先生はそう言って、寮の中央エントランスに人を集めた。俺や小石、司、時子に葵ちゃんも招集されて、エントランスのソファの横に立っていた。高等四年生から初等一年生まで、計五十人ぐらいがエントランスに集合すると、一ノ瀬先生は中央エントランスの掲示板に、ぼうっと寮の地図を浮き上がらせた。

「今、最も有力な生徒と多くの教員は、南校舎で防戦を行っている。だから、寮を守るには、今ここにいる我々だけで何とかするしかない。そこで、私が独断と偏見から、力量と勇気を兼ね備えたように見える者達をここに集めた。五十名では無論、敵を打ち倒す事は不可能だ。だが、少々の時間稼ぎなら何とかできるだろう」

 中央エントランスは、緊張に包まれた。つい数時間前まで、不審な事件はあれど穏やかだった明青学園が、どうして今こんなに殺伐としているのか。その答えを誰も持っていないから、見やるどの顔も、不安そうだった。

「生徒を守る為に、力を貸してくれ」

 ただ、一ノ瀬先生の真っ直ぐな眼差しを見ると、俺の不安は少し安らいだ。もう、逃げる道はないのだから、向き合うしかない。それはちょっとした覚悟のようでもあり、ランナーズハイのようでもあった。どんなものであっても、怯えて震えているよりはずっと良い、と俺は俺を奮い立たせた。

 そして夜九時ごろ、寮の扉は急に、乱暴に開かれた。初手として、一ノ瀬先生の仕掛けた魔法の壁が敵の行く手を塞いだが、それもすぐに破られた。敵が中央エントランスの中に駆け込んできて、俺達と対峙する。

「小石、絶対怪我するなよ」

「はい。……兄さんこそ」

 俺と小石は、そう声を掛け合って、まず自分達に飛んできた炎の球を二人で作った魔法壁で受け止めた。魔法壁が炎の球と相打ちで消える。敵の数は多いし、実力もやはり、俺達より数段上のようだ。やはり、打つ手はない。防戦一方か――と思ったとき、横から飛んできた氷の塊が、敵の腹に直撃した。

「葵ちゃん!」

 氷の塊を操作しているのは、葵ちゃんだった。葵ちゃんは、敵の腹部にぶつけたばかりの氷の塊を、また魔法で浮き上がらせると、すぐ横の敵に向けて再び加速させた。

「田村葵は初等一年生で抜けてトップの実力だ、援護してやれ!」

 一ノ瀬先生が走りながら叫ぶ。葵ちゃんがトップの実力――その言葉を証明するように、氷の塊は横の敵の首元に命中して、二つ目の戦果をあげた。

「す、凄いな……」

 何をするのが最も援護になるか分からないが、俺と小石はとりあえず、敵の意識を惹きやすい炎の球を相手に向けて飛ばしまくる事にした。見せ掛けなので、当たったところで熱くも痛くもないが、敵のガードをおびき寄せる囮にはなる。この作戦は上手くいったようで、葵ちゃんの氷の塊は、更に三人の敵の意識を失わせるのに成功した。――とは言え、戦況はあまり良くない。こちらも思いの外敵を倒せているが、こちらの負傷者も増えてきていた。このままではまずい。そう俺が意識し始めたとき、一ノ瀬先生が、

「そろそろ潮時だ。頼むぞ!」

 と、叫んだ。同時に、激しい光が中央エントランスに広がっていく。俺がその眩しさに目を閉じかけた瞬間、光が消えて、敵の姿もなくなっていた。開かれたままになっていた扉が、何かの力によって閉まる。

「負傷者の手当てを始めてくれ。……全員、休憩だ! 一旦敵を、移動魔法で中庭に移して貰った。それから休憩組の魔力を集めて、防御魔法を再構築した。二時間ぐらいは何とかなる。その間、少し休んでくれ」

 女子寮への扉の近くにいた一ノ瀬先生の両隣には、衣先輩と光先輩が居た。ああ、格好良いな――俺は、純粋にそう思った。

「司様!」

 今度は、聞き覚えのある声が男子寮の方で響く。振り返った俺が見たのは、移動魔法から漏れたらしい敵の男が、へたりと座り込んだ司に向けて、炎の球を放つ瞬間だった。声は、時子のものだ。時子は炎の球を塞ぐ壁を作ったようだが、力なく破られてしまう。

「司っ!」

 俺も叫ぶ。やっと気付いた司は、炎を見て、すぐに何かの魔法を使おうとするが、どう考えても間に合わない。司にぶつかる――そう思った瞬間、炎は突如として姿を消した。同時に一ノ瀬先生が、敵の男を何かの魔法で転ばせて、床に伏せさせる。一瞬、沈黙が中央エントランスを覆った。

「エリン……エリン!」

 無傷のままの司が叫んだ。そして、何もない床を見つめる。いや、違う。そこには――。

「エリンさん!」

 小石が駆け寄る。俺もその背中に続いて、司の近くへと走った。

「おい、おい!」

 司が、透明なエリンの体を両手で丁寧に抱えあげる。見えはしなくても、俺ははっきりと、そこにエリンが居るのを感じた。

「何だよ……あんなぐらい、当たったって僕は死なないだろ!?」

 悲痛な叫びだった。小石が、ぐっと拳を固める。司は目を動転させて、エリンの体を揺さぶっては、声を聞くためにエリンを耳に近付けた。そして何度目かに耳に近付けたとき、はっと表情を変えて、目を見開き、泣き崩れた。

「くそっ! ……くそっ、僕のせいだ……!」

 司の、エリンを支える手が外れる。その時、俺達は、エリンが消えてしまった事を理解した。何度も、司は拳を床に叩きつけた。どんな言葉を掛けて良いのか、誰にも分からない――そんな中で、時子が一歩、足を踏み出した。

「エリン様は、最後に何と仰ったのですか?」

 時子の言葉に、司は時子を見上げた。

「……『マスターに愛されて、幸せでした』。そう言ったよ。こんな所で死んで、幸せなはずないのに! 僕が未熟だから、姿もないままで、僕が未熟だから、エリンはそんな僕を庇って死んだ!」

 司の言葉は、まるで、司自身を突き刺す刃のようだった。叫ぶ度に、司の表情はぐしゃぐしゃになった。そんな、涙にまみれた司の顔を、時子はそっとしゃがんで抱きしめた。

「エリン様は、幸せだったのです。司様のそばで、エリン様はいつも司様をお支えになっていた。その司様が、エリン様を愛されたこと。その司様を守る事ができたこと。エリン様は、幸せだったのです。どうか、それを否定なさらないで下さい……」

 時子の言葉を、司は静かに聞いた。時子が話し終わると、司は一度だけうう、と唸って、それから時子の体を離れ、顔を制服の袖で拭いた。

「……分かった」

 そうして、時子に、そう言った。時子は何も言わずに、頷いた。




「一人目のサトーから、七人目のエンドーに至るまで、私の作ったロボットは皆、心を持っていました」

 中央エントランスのソファに座りながら、時子は話を始めた。俺と小石、葵ちゃん、それに司も、その話を聞く為に、ソファの周りに集っている。

「私は、彼らを連れて、色んな事を経験させました。そして皆、今際の刻みには、揃って言うのです。僕は幸せだったよ、と。最初にその言葉を聞いた時には、色んな想いが頭を駆け巡りました。こんな事をして良いのか。そんな疑問も、当然ありました。だけれど、もし彼らが幸せだったなら。その幸せな彼らが、私が生み出さなければ、生まれていない命だったなら。それなら、生み出さない事こそ、罪なのではないかと考えるようになりました。生み出したロボットを、幸せに過ごさせる。それが、今の私の正義です」

「……悪かったよ、悪の親玉みたいな言い方して。けど、僕はまだ、それが完全に正しいとは思わない」

 司は、冷静にそう言った。

「はい。分かっております」

 時子が笑顔で答える。司もその表情を見て、小さく笑った。

「――私の家では、幸せでない妖精がたくさん働いている。それは、やっぱり、許されない事ですよね」

 ずっと黙っていた葵ちゃんが、すぐ横に居る俺にしか聞こえないほどに小さな声で、呟いた。俺は、何か言おうと思ったが、ちょうど良い言葉が思い付かなくて、結局何も言わない内に、目の前に歩いてきた一ノ瀬先生に声を掛けられてしまった。

「すまなかった。……私の責任だ。マーキングが徹底できていなかった」

 一ノ瀬先生はまず、そう言って頭を下げた。マーキングというのは、恐らく移動魔法の対象を絞るための識別魔法の事だろう。あの乱戦の中、一人を除いて間違いなくマーキングしていたのだから、本当は十分に凄い事だ。

「いや……ありがとう、先生」

 司は、一ノ瀬先生をすぐ前に見据えて、頭を下げた。

「先生のお陰で、皆が生きてられるんだ。そんなに卑下しなくて良いと思う」

「ああ……そう言って貰えると、嬉しいよ。――嬉しいついでに、少し、戦況について話をさせて貰って良いか?」

 一ノ瀬先生の息は、少し荒かった。さすがの一ノ瀬先生も、強い敵との連戦とあっては、かなり辛いのだろうと思う。一ノ瀬先生は、俺達五人をソファの周りに更に密集させると、小さな声で話を始めた。

「実はかなり、まずい事になっている。敵の多くは中庭からこちらを攻めてきているが、精鋭はこちらではなく、南校舎の方へと向かっている」

「南校舎に、何かあるのでしょうか?」

 時子が尋ねた。こういう戦略面の話になってくると、時子は誰よりも頼りになる。

「うむ。南校舎には校長室があって、ここで洋美……小早川校長が居る。小早川校長は、今日の昼に島の移動妨害魔法を解除し、再び発動させるのに魔力を使い果たして、現在休養中だ。妨害魔法云々が何の為とは訊くな、話が長くなる。校長は明日、午後三時から再び妨害魔法を解除する。その時に心強い援軍が来る事は間違いない」

「つまり、敵が南校舎を陥落せしめて、それが不可能になってしまうのがまずい、という事ですね」

「その通りだ。今は、校長の妨害魔法が陣取ってくれているから、敵も島全体へ魔法を掛ける事はできない。だが、妨害魔法を解除され――分かり易くいえば、乗っ取られてしまえば、もう我々にできる事はなくなってしまう。そして、その南校舎の戦況が、あまり良くないのだ」

 こちらの数倍はな、と一ノ瀬先生は付け足した。あちらには、教員の多くと、強い上級生たちが残って抗戦しているはずだ。それでも劣勢となると、敵はどれだけ強大なのだろう。

「どうにも、打つ手がない。時子嬢、何か良いアイデアはないか?」

「……敵は、二手に分かれて、寮と南校舎を攻撃しています。目的が南校舎にあるのだとすれば、こちらに来ているのはいわば足止め役と考えられます。つまり、私達が寮に引きこもって防戦する構えを見せた今、足止め役はその役目を失っている……だから、一部が南校舎へと向かっていてもおかしくはありません。寮に居る全員でなら、数で突破できるかも知れない――という事ぐらいしか、勝ち筋はないように思われます」

「ふむ……」

 一ノ瀬先生は、唸って考え込んだ。確かに、時子の言葉は何となく理があって、説得力もあるが、絶対ではない。もし敵が、こちらを攻める気満々で居た場合、生徒達に多大の被害が出かねない。

「少し、考えさせてくれ」

 一ノ瀬先生はそう言って、去っていった。――多分、もう答えは決まっていたのだろうが。

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