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ロマネスクの誘い  作者: 今夜は山田
第三章:風
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1.#尾田桜花①「ね、照れ隠ししてるでしょ?」

 空腹を満たすのに、俺は購買へ駆け込んでぶどうパンを買って食べた。購買のパンは、変な物さえ選ばなければ美味しい。三つに一つぐらいある、そうめんパンやグミサンドと言ったゲテモノさえ手に取らなければ、購買昼食道は究めたも同然である。

「お、勇」

 食事の後、少し散歩しようと思って通った寮の中央エントランスで、封筒を持って歩いている勇を見かけた。

「…………」

 勇はいつも通り無口だったが、俺に気付いて、さっとその封筒を体の後ろに隠した。

「それ、出すところなら、手紙は木曜しか受け付けてくれないぞ」

「今、受け取ったところ」

「そうか、なら良いけど。家族からか?」

 俺が訊ねると、勇は再び押し黙った。うーん。この間さえなければ、勇とは割と会話し易そうなのだが。

「うん」

 しばらく後に、勇は頷いて、

「あっちも」

 と、管理室の方を指差した。その方向を見ると、なるほど、ぴんと跳ねる見知った尻尾があった。尻尾はおもむろにこちらを振り返ると、俺達に気付いてわぁ、と手を振った。

「奇遇だねぇ! 桜花ちゃんと出会えるなんて、今日は良い事あるんじゃない?」

「さっきまでずっと一緒に居たんだけどな」

 勇の天敵こと、桜花だった。勇と桜花は、たまに二人で行動――主に桜花が勇にくっ付いていく形で――しているらしいが、その時は恐らく、ずっと桜花が喋り続けているのだろう。勇ほど無口でない俺でも、桜花と話をしていると、いつ言葉を挟んで良いのか分からない時がある。

「あっちはお仕事、今は私的な出会い! ほら、いさちゃんも嬉しそうでしょ? ねぇ?」

「…………」

「そうか?」

 勇の喜怒哀楽に通じている訳ではないが、それでも、この無言が嬉しさを表しているとは到底信じられない。

「とてもうるさい」

 ……って、言ってるし。

「ね、照れ隠ししてるでしょ?」

「前向きだなぁ」

「で、二人はこんなところで何してるの?」

 桜花はいつもの笑顔で、ぱっと話題を切り替えた。

「俺はたまたま通り掛かっただけだ。勇は、手紙を受け取りにきたらしいぞ」

「ほほう。どんな内容だったの?」

「…………」

 勇はそっと、まだ封をしたままの封筒を差し出した。

「あー、まだ読んでないのかぁ。じゃあ、私のと交換しよっか!」

 桜花が笑って、また冗談を言う。桜花が持っている茶封筒にも、いかにも家族からのものと分かる、「桜花へ」という横書きの文字が書いてあった。

「交換日記ならぬ、交換手紙! 未開封なら尚仲良しさん!」

「馬鹿なこと言ってないで、さっさと読めよ」

「ぶーぶー、せいちゃん厳しいなぁ。うん、部屋に帰ってから読むよ。じゃ、そういう事で!」

 桜花は俺の肩を叩くと、軽くスキップをしながら去っていった。

「とてもうるさい」

「……同感だ」

 残された俺と勇は、小さく頷き合った。




 しばらくして、部屋に戻った俺のもとに、一件のメールがやってきた。ちょうどシャワーを浴びたばかりで、少し夢見心地と言うか、ぷかぷかした気分だった俺は、そのメールを非常に軽い気持ちで開いた。

「…………」

 そしてすぐに、その事を後悔した。ベッドの上でメールを一読した俺は、それをもう一度精読すべく、机の前に腰掛けた。メール端末に再び目を向ける。差出人は小石だ。

『桜花さんが倒れたそうです。今は、保健室で眠っているそうです。私はこれから、お見舞いに行きますが、兄さんも絶対に来て下さいね。』

 短い文章だったけれど、そこには十分な衝撃があった。つい少し前に、中央エントランスで話をした桜花が倒れた――それがどんな原因なのか、小石のメールからは分からなかったが、いかなる原因にせよ心配には変わりない。この学園に潜んでいるという何かの事件――それとも、関係があるのか。俺はすぐに、小石に保健室の場所を尋ねるメールを送った。返信はすぐにやってきた。

 寮を出て、南校舎の一階、東側の突き当たりの保健室に駆け込む。大きな戸を横に引いて開くと、中はやけに広い、診療所のような空間だった。

「あっ、兄さん。こっちです」

 その出入り口そばに立っていた小石が、俺に声を掛けて、腕を引っ張って誘導した。二つほど間仕切りの布板を過ぎてから、ようやく桜花の眠るベッドへと辿り着いた。

「あはは、いさちゃん可愛いー!」

「……ん?」

 俺は、桜花の眠るベッドに辿り着いたはずなのだが。何となく、聞こえる声がおかしい。

「あ、せいちゃん」

「あ、せいちゃん。じゃねぇよ! どうなってんだよ!」

 桜花は、ベッドに座って、あははと笑っていた。

「それが、兄さんにメールしたすぐ後に、桜花さんの目が覚めまして……」

「いやぁ、良い眠りだったなぁ」

「……はぁ」

 俺は、一気に緊張が解れて、脱力した。

「心配させちゃったかな? 桜花ちゃんはスーパー元気だよ! ぴんぴん!」

「……嘘」

 力こぶを作る振りをする桜花の横で、勇がぽつりと呟いた。いまいちその言葉を聞き取れなかった俺は、

「今、なんて言った?」

 と、訊いた。

「桜花ちゃんは可愛いなぁ、って、いさちゃんが」

「嘘。桜花、うなされてた」

 勇が、珍しく声を張って言う。今度は俺にも、全ての言葉がきちんと聞こえた。聞こえたが故に、俺は耳を疑った。

「うーん? 悪い夢を見たのかなぁ?」

 そして、目の前で首を傾げる桜花の表情が、いかにも作り物くさい事に初めて気が付いた。

「寝言も言ってた。手紙、おかあさん……」

「わ、わー! わー!」

 勇の言葉を、桜花は無理やりに遮った。あんまり大きな声だったので、職員の女性にやんわりと、静かにするように注意される。

「……ええっと、ほんとに何でもないんだよ。でも、言われてみると、何だかもうちょっと寝ちゃいたいかなぁ」

「ボク達、頼りない?」

 幕引きしようとする桜花に、勇はなおも食い下がった。

「そ、そんな事ないよ。ほんとに、何にもないだけだよ」

「…………」

 勇は、黙りこくった。俺と小石は視線をそっと交わして、頷き合った。

「もう少し寝るんなら、俺達は居ない方が良いな」

「別に居てくれても良いけどね。せっかくシャワーも浴びてきてくれたみたいだし」

「それはたまたまだっ」

「あはは……。では、勇くんも一緒に行きましょう」

 小石が、勇の手を掴む。――小石が、自分から異性に触れるのは珍しい事だ。それは、小石が今を、ある程度の修羅場であると認識している証拠に他ならなかった。

「…………」

 勇は、無言で立ち上がった。その表情には、相変わらず感情が浮かんでいない。

「じゃあな。安静にしてろよ」

「うんうん、分かってる」

 ベッドの前を去る時、ほんのちょっと桜花と目が合った。その桜花の目は、とても申し訳なさそうに見えた。




 夕食を寮十二階の定食屋で済ませた俺は、部屋に着いてすぐ、急速な眠気に誘われた。今日は、すぐに過ぎたようで、色んな事があった。対戦実技も熱戦だったし――それも、俺と小石が初めて活躍できたから、その興奮はひとしおだった――、桜花が倒れた、という件もあった。桜花の事については、なぜ倒れたのか今もって謎だし、勇の半端ではない反発も気になる。俺は、ふと、ベッドの上で首を傾げる桜花の顔を思い出した。あれは、本当の表情だっただろうか。あの時、俺はその顔が、確かに仮面に見えた。多分、それは勇の言わんとしている事に沿っている。勇は、桜花の寝言を聞いた、と言った。「手紙」、そして、「おかあさん」。それって、桜花が倒れる直前に手に入れたはずの、あの封筒と関わりがあるんじゃないだろうか。

「……うーん」

 冷静に考えよう、と俺は頭を整理した。父にいつも言われていた事である。本質を見ろ、常識に囚われるな。己自身を見つめろ。それから――。

「頭と足を同列に扱え、か」

 その父は、今、行方不明なのだが、言葉は当然俺の心に残っていた。本質を見る。それは、まず、事象を並べ直す事に始まる。

「久々にやってみるか」

 俺は、ふうっ、と息を吐き出して、意識を集中した。

 どこまで話を溯って良いか分からないので、とりあえず今日中にあった事をまとめていく。まず、朝から二時半までは、対戦実技を行った。桜花はその中では、A組の指揮官として活躍し、また実力で多くの風船を割った。大きな飴を勇に出してやっていたから、エネルギーはだいぶ消耗していたと言って良い。だから、恐らく次には、すぐに昼食を食べただろうと想像される。そして、その帰り、家族からの手紙を受け取り、同じく手紙を受け取った勇と冗談を交わしてから、部屋へと帰った。そこで、手紙を読んで、その後何かがあったのかなかったのか、とりあえず桜花は倒れて保健室に運びこまれた。勇は、うなされる桜花の寝言を聞いていて、その寝言が「手紙」と「おかあさん」。他にもあったかも知れない。それから小石が桜花の見舞いにやってきて、続いて俺がやってくる間に桜花が目覚めた。桜花を心配する勇が、いつもより言葉数多く桜花を問い詰めたが、桜花は大丈夫、と言ってそれを取り合わなかった。そして、もう少し寝たいと言って、眠りについた。

 ――さて、桜花はどうだろう。いくらか俺の知らない空白期間があるから、はっきりとした事は言えないが、桜花がただ疲れの為に倒れた、というのも否定できない。手紙を読んで倒れる、という状況を引き起こす手紙は想像がつかないが、それもないとも言えない。手紙を読んだ桜花が、その内容にショックを受けて、意識を失う……。

「……ん」

 俺は、そこである事に気が付いた。桜花は一体、どこで倒れて、誰に保健室へ運びこまれたのだろう。部屋で手紙を読んで、そのまま卒倒したのなら、誰も桜花を介助できない。と、すると、桜花は手紙を読んで倒れた訳ではないのか? いや、そう断定するのは早計だ。部屋に帰る途中で読んだ可能性は否定されない。どちらにせよ、まずは、この辺りをはっきりとさせる必要があるようだ。俺は、小石にメールでその質問をしてみた。

『私は知りませんね……。私も、勇くんに聞いて、初めて知ったんです。』

 と、小石からの返信には書かれていた。勇か。俺は、勇に、同じ質問のメールを送った。メールは中々帰ってこなかったが、

『たまたま、部屋の前を通りかかったら、桜花が倒れてた。』

 と、しばらくしてから返信があった。部屋の前で倒れていた、という事は、手紙が原因の場合、部屋に入る直前に読んで倒れたか、部屋で読んでふらふらし、部屋を出たところで倒れたか、という事になる。どちらも、絶対にあり得ない、というほど不自然ではない。勇の聞いたという寝言と合わせれば、やはり、桜花は手紙を読んで、その内容にショックを受けて倒れた、という風に考えるのが最も自然な気がする。

「……本人に訊いてみるか」

 心配になってきた俺は、メールで、桜花に手紙の内容を訊ねてみた。それから、五分、十分と待っても返信がなくて、眠っているのかも知れない、と思ったところで、俺の力も抜けた。俺は、ふらっと体をベッドに倒すと、そのまま眠りに就いた。

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