10.四月七日(金)②『密林風船対戦②』
A組、総員二十七名が、桜花を中心に集合した。勇を除いても、まだ数人の風船は残っていたが、既にB組にこちらの王は完全に露呈しているのであまり意味がない。
「作戦を立て直すぞー! おー!」
桜花が、腕を振り上げる。エリンの偵察を恐れる声もあったが、肝心のテレパシー担当の男子生徒が相当に疲弊していて、テレパシーでの会話は難しいと判断して、割り切って気にしないで話をする事になった。できるだけ、対応力のある作戦を立てれば良いのである。
「とりあえず、割った風船の数を整理しまーす!」
桜花の指示で、俺達はまず、それぞれが割った風船の数と、その相手の名前を書き上げた。勇が一人で五つもの風船を割っていた事には歓声が上がったが、それ以上に桜花の四つという記録が最も驚きと感動を呼んだ。もはや、桜花はA組の司令官、作戦参謀として十分な信頼を得ていた。
「ふむふむ、割った風船は計十四個、と……」
「……十四個? でも、さっき、俺達を囲んだB組の奴ら、みんな風船なかったぞ?」
「私も見ました。十四人……よりは、多かったとと思います」
本音を言えば、二十人ぐらいは居たと思う。司の風船も勇が割った訳だから、その全ての風船は既に割れているはずである。
「さすがに、風船を帽子から外すのはルール違反だろうから……ピーン! 桜花ちゃん閃いちゃった! つまり、B組は自分で風船を割ったんだよ!」
「…………」
一瞬、A組の間に沈黙が走った。桜花の言っている事がいまいち理解できなかったからである。
「ほら、さっき囲まれた時の話、してくれたでしょ? ああなったら、包囲網の弱いところじゃなくって、ついつい王と思しき司くんを狙いたくなると思うんだよね。そこまで見込んで、司くんの風船だけ残して自分で割ったんじゃないかな?」
「なるほど……」
桜花の説明を聞いて、俺達は一転、頷いた。あれも時子の策略だった訳だ。失敗した後とは言え、それを看破した桜花の戦略技術も高いのかも知れない。少なくとも、他のA組の生徒は誰も、時子の策略に気付いてはいなかったのだから。
「うーん。その包囲網のメンバーまで特定できたら良いんだけど、そう上手くはいかなそうだよね。……あ、鷲田君って、居た?」
「鷲田?」
確か、月曜日、最初の一ノ瀬先生の話のとき、不幸にも指名された男子生徒だ。
「いや、居なかったな」
「了解! もうこうなると、桜花ちゃんはギャンブルに出た方が良いと思うんだよ。鷲田君一点狙いで、いさちゃんの幻覚魔法を使って釣り上げる! フィッシング!」
「ボク、さっきの一回が最後のエネルギーだけど」
勇が、首を振る。桜花は、一瞬目を閉じて、勇の手の上に大きな飴を一つ作り出した。
「じゃあ、それでエネルギー補給! 良い、作戦はね……」
桜花が、少し声を潜めて説明を始める。俺達はそれに、じっと耳を傾けた。
かくして―ー俺と小石は、作戦通りの位置に待機していた。俺達の役目は、ここに駆けてくるはずのB組の王様候補、鷲田の風船を割る事だ。俺達二人だけがその役目に当たっている訳ではないが、だからと言って気を抜くわけには行かず、俺と小石は時々深呼吸をしながら、鷲田が現れるのを待っていた。
「……そろそろか」
桜花の作戦は、とても分かり易いものだった。まず、勇を先鋒にした風船を持つ五人集団が、B組の本陣を急襲する。次に、B組の本陣から五人が散り散りに逃げ、追ってくる相手を分散させる。勇は逃げ様に、B組本陣に自分の幻覚の姿を置く。本陣近くに隠れているだろう鷲田が、その姿に釣られて攻撃を仕掛けてきたところを、A組第二隊が風船を狙って襲い掛かる。あとは、逃げる鷲田を伏兵で追い詰めていくのである。もし仮に、B組から二人以上風船持ちが出てきたら、鷲田を王様と決め打ちして攻撃する手筈になっていた。この辺りはギャンブルだが、やむを得ない。
「ええっと、そうですね」
俺と小石が、待ちきれなくなってそわそわし始めた頃になって、正面から足音が聞こえてきた。計画通りに事が進んでいるようだ、と思って身構えた俺達は、すぐにその考えが誤りだと気付かされた。
「に、兄さん、あれって……」
走って逃げてきたのは、鷲田ではなく勇だった。勇の後ろから、B組のたくさんの生徒が走ってきている。その中に、鷲田の姿もあった。一体、何があったんだ。
「せいちゃーん! 小石ちゃーん! 鷲田くんの風船、割っちゃって!」
更に、そのB組の後ろから、A組の第二隊が駆けてきている。何かは分からないが、何らかの手違いが起こって、こういう状況になったんだろう。走っている勇が本物なのか、偽者なのか――その判断は付かなかったが、体格のない勇は、少しずつ追っ手に距離を詰められつつあった。ほとんど猶予はない。
「小石、行くぞ!」
「は、はい!」
俺と小石は、鷲田の風船に意識を集中した。まだ距離があるから、何か物を飛ばして破裂させようとすると、激しい妨害に耐え切れない。風船に直接、圧力を掛けるイメージを作る。小石と俺の息はぴったりで、何もなければそのまま割れていただろうが、何かの力が俺達の圧力に抗してきていた。
「……時子か」
鷲田のすぐ隣を走りつつ、時子は鷲田の風船に指を向けていた。俺達のやる事を一歩先読みして、邪魔をしているのだ。さすがに、聡い。だが、B組で時子と同じ事をしている生徒は他におらず、俺と小石の圧力魔法なら、そのまま押し込む事ができそうだった。問題は、それに掛かる時間だ。既に、勇の風船には、無数の攻撃魔法が飛来してきている。
「兄さん!」
小石の声が聞こえる。俺はその声にじっと自分の意識をシンクロさせるイメージで、更に風船に掛ける圧力を高めた。時子の抗する力を、少しずつ押していく。もう、割れる――俺達が最後のエネルギーを振り絞って力を加えたとき、俺達の目の前で、二つの風船がパン、と音を立てて割れた。
「…………」
A組とB組の生徒は、どちらも同じように、全ての動作をやめて、立ち尽くした。勝負は決した――。
「よし、そこまでだ」
一ノ瀬先生の声が密林の鬱蒼した景色に響き渡る。声に震わされた木々達は、一瞬の内に色を変え姿を消し、辺りはたちまち元の体育館の姿に戻った。
「ふむ、双方よく戦った。まずは、腰を下ろして楽にしてくれ」
体育館の真ん中――俺は入口に近い辺りに立っていた――に、一ノ瀬先生の姿があった。俺達は、一ノ瀬先生の言葉通り、その場に腰を下ろす。と、同時に、体にどっと疲れが押し寄せてきた。
「……初動は、B組が優勢だったと言える。前回与えた情報が、毒のようにA組を蝕んで、A組はまともな作戦立案には至っていなかった。が、A組も賢明に、より臨機応変に長じた作戦を取った。それと、学級委員長の幻覚魔法がかなり上手く当たったな。第一回目の衝突の後は、B組の自分で風船を割った作戦が裏目に出て、大体イーブンだった。結果は……引き分けだ。私には判断付かん」
ふうっ、という息を吐く声が、あちらこちらから聞こえた。緊張が途切れたのだろう。小石も、隣ではあぁ、と溜め息を吐いていた。
「前回の対戦実技から、どちらもかなり成長があった。……今、何時か分かるか?」
一ノ瀬先生の唐突な問い掛けに、俺は少し頭をひねった。始まったのが九時ごろだから、あれから一時間か二時間として……十時か十一時だろうか。
「昼の二時だ」
おお、という喚声が、体育館中で聞こえた。――五時間、密林で戦いっぱなしだったのか。
「ああいう、極限に近い状態に追い込まれると、時間の経過は恐ろしいほどすぐだ。覚えておけ。――さて、双方よく戦ったという事で、明日は休みにしてやる。土日は連休だ。その間にじっくり体を休めておくように。では、解散だ。と言っても、少しの間は立たないでここで休んだ方がずっと良策だがな。はっはっは」
一ノ瀬先生はそう言って、とことこと歩いて、体育館を出て行った。俺達の中で、すぐにその後姿を追った者は、一人として居なかった。
体育館の中で、俺と小石、それに桜花と勇を加えた四人で集まって、ちょっとした反省会をしていた。主な議題は、最後の作戦が、半ば空振りに終わった事である。
「うーん。最初に奇襲したまでは良かったんだよ」
四人で円を描くように座って、まずは桜花にその時の状況の説明をして貰う。
「上手く五手に分かれたんだけど、そこで時子ちゃんに、『総員、勇様を狙って下さい』って号令されてね。いさちゃんを狙った人たちの中に、鷲田くんも居たから、こっちが大混乱して、とりあえず最初の予定通り鷲田くんを狙って追いかけてきたって訳なのです」
なるほど。時子に上手く統率されたので、こちらの作戦はほとんど上手く行かなかったらしい。
「ああ……そうでしたか」
と、そこへ、時子が小石の横から、ひょいと顔を出してきた。
「風船は三つ残っていたのですが、やけに鷲田様が狙われるので、どうしたものかと思っておりました」
時子はそのまま、すっと小石と勇の間に腰を落ち着けた。
「桜花ちゃんの勘! ……って言うと、ちょっと恥ずかしいけどね」
「いえいえ、こういう場では、一点読みは立派な戦術ですよ。私達も、最初から勇様を王様だと思い決めておりましたから」
「て、照れますなぁ」
桜花は、言葉通り本当に赤くなって、頬をぽりぽりと掻いた。
「そ、そう言えば! つかっちつかちゃん司くんは?」
そして、その照れを隠すように、声を荒げてそう訊ねた。
「司様なら、『勇の奴にはめられたぁ!』と言って、どこかに走っていかれましたよ」
相当悔しかったようですね、と時子は笑った。
「…………」
「今回は、勇様の幻覚魔法にも踊らされました」
「あれは、緊急回避だから」
勇は、いつもの無表情を変えはしなかった。だが、何となく声が嬉しげに聞こえる。
「あとは、小石ちゃんとせいちゃんの活躍だよね。桜花ちゃんびっくりしちゃったよ」
「あ、あはは……。ありがとうございます」
勝負の経過の中では何もできなかったが、最後の風船を割ったのは俺と小石である。引き分けになったのは、俺達の活躍とも力不足とも言える。が、状況を踏まえれば、やはり難しいところを上手く割れたな、という感じがしていた。
「という事ですから、私どもB組も、次は対策をして参ります」
「対策って、どんなのだ?」
「それは、もちろん――秘密ですよ。くすくす」
やっと、皆と同じラインに立てた。俺と小石は、そんな実感と共に、笑った。




