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ロマネスクの誘い  作者: 今夜は山田
第二章:春風、急を告げ
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9.四月七日(金)①『密林風船対戦①』

 ループを解除するには、いざループが起こるという瞬間に、それを解除する方向に相応の魔力を向ける他ない。そのループが起こる瞬間がいつ来るのか分からないし、今から備えていても埒が明かないというので、一旦この件に関しての警戒は解く事になった。その他、いくつか解決していない疑問に関してのみは、ゆっくりと調査を進めていくという運びになった。

 そんな訳で、金曜日、俺達一年二組は体育館に集合していた。……と言っても、その内装に体育館の面影は残っていない。

「皆大好き、『対戦実技』の時間だ。今回は、この体育館を、擬似的に密林の空間に変えた。A組とB組は、一人ひとり被っている帽子に付いた風船を割る事を目的として、行動するように。それぞれ一人ずつ王様を決め、その王様の風船を割られた方が負けだ。王様でない生徒は、風船を割られても戦闘に参加して構わない。以上だ。では、作戦タイム五分を開始する」

 それから、鬱蒼と茂る木々の隙間を通って俺達に声が降り注いでくる。一ノ瀬先生は、こんな魔法まで使えるのか――あまりの驚きに笑いさえ湧いてきそうだった。少なくとも、密林の匂いと気温と雰囲気は、忠実に再現されている。

「A組のみんなー! 桜花ちゃんに注目注目!」

 とりあえず、前回に比べて作戦タイムが長くないので、俺達はささっと桜花を中心に集まった。と同時に、俺は大切な事を思い出す。

「あ、と、ちょっと良いか?」

 俺は挙手して、皆にエリンの事を説明した。エリンはB組からの斥候であり、前回の対戦実技の最も活躍した選手だ。都合よく、テレパシーで声を送受信できる男子生徒が居たので、その男子生徒を中心に会議を進める事になった。まあ、この密林の中だし、前回の対戦後にネタばらしまでしたのだから、エリンが本当に偵察に来ているのかは怪しい物があったが。

「『前回と違うのは、拠点がない事だと桜花ちゃんは思うわけですよ。全員が遊撃兵ってところ』」

 もちろん、実際に声がしている訳ではなくて、男子生徒を通じて脳に聞こえているのである。

「『……王様は、奇をてらわずにいさちゃんで良いかな?』」

 ただ、まだ不完全な魔法なのか、あまり明瞭に声が聞こえているとは言い難い。ざざざ、というノイズ音と共に、いくつかの同意の声が帰ってくる。

「『何か、他に作戦思いつく人、居るかな?』」

 次の桜花の質問には、皆が黙りこくった。俺も、特に妙案は思いつかない。前回、変に作戦を考えたせいで、なおさら取り返しのつかないほどにやりこめられたしなぁ……。

「『……じゃあ、変にいさちゃんを意識しないようにしつつ、それぞれ遊撃して貰おうかなぁ。今度こそ、あの時子ちゃんに、一泡吹かせよう! おー!』」

 俺達は静かに、手を振り上げた。

「作戦時間終了だ。では、開始!」

 やがて、一ノ瀬先生の号令が掛かって、俺達は一斉に行動を開始した。




 勇なら、風船を割られずにある程度やってくれるだろう。俺達の風船はいくら割れても良いのだから、勇が頑張ってくれている間に、何としても敵の王様の風船を割らねばなるまい。

「俺達には、今回だけ秘密兵器があるからな」

「あはは……ちゃんと機能すると良いんですが」

 そう。俺と小石の合同魔法は、司には少し見せたものの、今回が初見せだ。今の所、二人ともあまり実力が高くないから、二人合わせて二人力ぐらいの力しか出ないが、それでも敵の意表を突くには十分だろう。俺達は二人は、A組の先陣を切って、薄暗い林の中へと足を踏み入れた。

「……うーん、不気味だな」

 遠くで鳥の鳴く音を聞いて、俺はそう感想を漏らした。雰囲気があると言えば聞こえは良いが、足場もかなり悪いし、何となく蒸し暑いし……長居したい場所ではない。

「そうですね……」

 小石も、さすがに怯えるというほどではないものの、気味悪がっているようだった。あの美しい西洋風の学園の中で、こんな空間を実現できるというのだから、魔法の力とは恐ろしい。そんな風に感心したところで、進行方向から人の姿が現れた。……その姿は一つしかない。しめた、と、俺達は意識を合わせて、その帽子についている風船に圧力を掛けた。風船はあっけなく、ぱんと音を立てて割れた。――だが、相手は、これと言った反応も示さないでそのまま真っ直ぐこちらに歩いてきた。

「小石、逃げるぞ! 左右に分かれて直進だ!」

「は、はい、兄さん!」

 俺と小石は、ばっと道を開けて、その生徒の左右に分かれて駆け出した。これ以上、この生徒と戦っていてもメリットはない。まあ、向こうも王様でない俺達と戦うメリットはないのだが、こうして逃げていれば、それだけ相手を引きつけられる可能性が出てくる……はずだったのだが、相手は俺達を全く気にする事なく、歩き去っていってしまった。

「……看破されたかな」

「でも、風船を一つ割れましたし、一歩前進ですよ」

「そうだと良いんだけど」

 どうも、変な用兵だ。時子の作戦なのは間違いないので、その真意が見抜けない間は安心できない。俺達は、去っていったB組の生徒が、急に反転して襲い掛かってこないか細心の注意を払って見つめていたが、一向にその気配がないので、改めて目的方向へと歩き出す事にした。

「B組の王様は、誰なんでしょう?」

「どうだろうな。実力で言えば、司が一番可能性が高そうだけど」

 あの時子が、素直に司を選ぶとも思えない。司を王様にするとすれば、それは裏の裏を考えての事だ。

「まあ、手当たり次第割っていけば、その内倒せるだろ」

「力ずくですねぇ……」

 仕方ないだろ、と俺が言ったところで、また正面の遠くに人影が見えた。警戒しつつ、歩いていくと、その姿は段々大きくなって、やがて明らかになった。

「あら、清介様に小石様ではありませんか」

 向こうも、俺達に気付いてそう声を掛けてくる。――時子だ。時子の風船は、既に割られてなくなっていた。となると、もうA組の他のメンバーが、この奥にまで辿り着いているという事になる。誰か知らないが、戦果は上々なようで、少し安心した。

「小石、時子を足止めしよう。時子にまともに指揮されたら、せっかく優勢そうなのが揺らぐからな」

「りょ、了解です」

 俺と小石は、協力して、時子の周りに透明の壁を作り出した。東西南北に四つ、エネルギーを多く消費してしまったが、時子は身動きが取れなくなって、立ち止まった。

「あら、困ってしまいます」

 時子は笑みを浮かべて、軽く指を振った。壁の外に、細かな氷の粒が無数に現れて、一気に俺達の風船目掛けて飛んでくる。俺達はそれぞれで、自分の風船を守ろうと壁を作ったが、一人で作れる壁は脆く、氷の粒は壁を破って風船に飛来、風船を破裂させた。

「あちゃあ」

 俺は、少しおどけて頭を掻いた。割られても、大きな損害はないから、そう気にする事はない。

「まあ、十中八九そうだと思っておりました」

 事実、時子も涼しい顔をしている。

「中々、頑丈な壁をお作りですね。これでは、力ずくには出られません」

 その涼しい顔のまま、壁に触れて時子はそう嘆息した。

「気を付けろよ、小石。俺は今、嫌な予感を感じ取った」

「私もです……」

「さすが、空気の読めるお二方で助かります。では、また次の機会に」

 時子は微笑んで、目を閉じる。と同時に、その姿が消えた。

「ああ、そう言えば時子さんの得意な魔法って……」

「移動魔法だったな」

 魔法で作った壁には移動魔法を阻害する効果もあるが、今回は上に壁を作らなかったから、そっちの方から逃げられてしまったのだろう。しまったな、とは思ったが、それなりの時間足止めしていられたという実感もある。

「歩こうか」

 俺達は再び、歩き出した。

 誰ともすれ違わないで直進している内に、見えない壁にぶつかった。恐らく、ここが体育館の端だろう。そう思って、俺達は今来た道を引き返す事にした。

「……おかしいな。さすがに、人とすれ違わな過ぎじゃないか?」

「確かに、そうですね」

 体育館を密林にする段階で、ある程度空間を拡大しているのだろうが、それにしてもあまりに人に出会わない。俺達は、中央を真っ直ぐ進んできたつもりだから、B組は左右の二手に分かれたのだろうか。

「お、勇」

 そんな事を考えている折、正面から歩いてくる、勇の姿が見えた。

「…………」

 勇は、俺と小石の前に来ると、無言で立ち止まった。当然、風船はまだ無事のようである。

「この辺りには、あまり人は居ません。安全ですよ」

「…………」

「一世一代のチャーンス!」

 小石が声を掛けてすぐに、聞き覚えのある声が響いた。辺りを見渡すと、周りはB組の生徒に囲まれていた。そのたくさんの生徒の中に、俺達は司の姿を見た。B組の生徒の風船は、その司を除いて全て割られていた。

「時子の言う通り、伏せていて大正解だったな。さすがは戦略家、って奴か……。手筈どおりだ」

 じり、じりと、B組の包囲網が狭まってくる。俺と小石は、一方向に壁を張ってみたが、向こうの複数の攻撃を受けて壁はすぐに壊れてしまった。数の不利が、半端ではない。他のA組の生徒は一体、何をやっているんだ……。

「い、勇くんを、浮遊魔法で浮かせたらどうでしょうか?」

「駄目だ、継続して浮かせてたら、すぐにエネルギー切れになる」

 ただでさえ、魔法の素養高い勇を浮かすのは、エネルギーが要る。さっき、時子を捕まえる為に作った精度の高い壁の為に、既にかなりのエネルギーを使ってしまった。今の状態では、浮遊魔法で勇を逃がすのは、無理だった。

「…………」

 更に、包囲網が縮まる。唯一の頼りである勇は、ぴくりとも動かない。俺達はやむなく、王と思しき司に向けて、様々な方法で攻撃を試みたが、全てB組の生徒によって防がれてしまった。

「よし、今だ」

 司の号令で、B組の生徒が思い思いの魔法を使って、勇の風船を攻撃した。勇の風船は、B組の魔法をもろに受けて、簡単に割れてしまった――そして同時に、勇の姿が消えた。

「……ん?」

 司が異変に気付いたときには、司の風船はどこからか飛来した魔法の矢によって、小気味良い音を立てて割れていた。一体どこから……俺と小石は、矢の軌道を溯っていって、やがて木の枝に座っている勇の姿を発見した。風船は――生きている。

「幻覚魔法か……さすが僕のライバル。けど、僕は王様じゃないからな」

「……あれ、違うんですか?」

 そう言えば、終わりの合図が出ていない。B組の生徒が勇に殺到していき、俺と小石は包囲から解放される。勇は、枝の上から俊敏に飛び降りると、またその姿を消した。

「B組の皆様、一旦仕切り直します。例の地点に戻って下さい」

「A組も集合! 場所は、声のするところ!」

 やがて、両指揮官の声がして、俺達はA組B組の差なく、それらの指示に従った。

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