↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロマネスクの誘い  作者: 今夜は山田
第二章:春風、急を告げ
PR
24/40

6.#田村葵①『兄』

 ***


 田村葵には、秘密があった。誰にも話していない――と言うより、誰に話しても何の意味もない秘密である。それは、彼女自身の秘密ではなくて、彼女の親類についての秘密だった。

 田村葵には、兄が居るはずだった。居るはず、と言うのは、今は何故か居ない――事になっている――という意味である。兄は葵の二つ年上で、たまに見せる頼りなさと、いざという時の格好良さが特徴の自慢の存在だった。葵が十三のとき、兄は明青学園に入学した。別れが辛くて葵は泣きたかったけれど、兄が「休みには帰ってくるから」と言ったので、我慢して手を振った。だが、兄はそれきり、帰ってこなかった。気が付くと、葵は田村家の一人娘という事になっていた。入学記録にも、戸籍にさえ兄の名前がない。両親に聞いても、まともな答えが返ってこない。明青学園で起きている『神隠し』の被害者リストにも、兄の名前は当然ない。じゃあ、兄はどこに行ってしまったのか? 訊ねる相手が居なかった。葵以外、誰一人として兄の事を覚えていなかった――正確に言えば、知らなかったからだ。誰に訊いても、葵ちゃんにお兄さんなんて居たかしら、という答えが帰ってくるだけだった。どうして、皆、兄の事を忘れているんだろう。まるで最初から居なかったように扱うんだろう。答えが出ないまま二年が経って、葵も明青学園に入学する事になった。兄の事を調べたい。それが一番の目的だった。もちろん、誰にも話さなかったけれど。

 そして、出会った――。兄にそっくりな人。全部一緒じゃないけれど、兄の面影を残した姿形。最初は他人の空似だと思ったけれど、いざ話してみると、その性格もまたそっくりだった。葵は、確信せざるを得なくなった。この、兄にそっくりな人が、兄についての何かの鍵を持っているに違いない、と。

『クラス、もう見に行かれましたか? 私は一組でした』

『そっか。俺達三人は、全員二組だった』

『お隣ですねぇ。明日から、よろしくお願いします』

 まずは、仲良くなりたかった。積極的に話し掛けた。何だか、兄が、友人として現れたようで、得したような気分さえした。葵にとっては掛けがえのない相手だった。

 そんなある日……夢を見た。兄が明青学園に行ってしばらくした日に見た夢と同じ――葵は、青ざめた。きっとこの悪夢が、兄を奪い、今まさに兄に似た人を奪おうとしている。そう思えてならなかった。だけと、今度は違う。今度は、自分がすぐ近くに居る。悪夢があの人を奪おうとしても、私が食い止める事ができる――。

「明青学園で、何かが――何かが起ころうとしています。何となく分かるんです。私が悪い夢を見る時は、昔から決まってそうでしたから。気をつけて下さいね。きっといつか、その何かも去りますから……その時までは、気を緩めないで下さい」

「何かって……何だ?」

「謎の犯行予告。犯人の突然の失踪。もしこれが『神隠し』なら、もう五年になります。その謎は、誰にも解けていない……。そういうものが、この学園には確かにあるんです」

 『神隠し』よりも、恐ろしい何かが、この学園に潜んでいる。兄を、人々の記憶から連れ去った何かが。

 葵は、兄に似たその人と別れた後、南校舎をくまなく歩き回ってみる事にした。大きい建物とは言え、さすがに隅々まで捜査され、何も見つかっていないだろう事は、葵にも想像がついていた。だけれど、自分が見れば、何か気付くものがあるかも知れない。兄の写真を、兄だと気付く事ができるのが、ただ自分だけなのと同じように。

 そして、南校舎七階の教室に入ったとき、葵は“それ”に出会った。

「…………」

 不必要なまでに、目立つ所作。せっせと、黒板に魔方陣のような絵を描いては、すぐに消す。

「何を、なさっているんですか?」

 葵がそう声を掛けると、それ――少女は、手を止めて振り返った。

「私が見えるの?」

「見えます」

「どうして?」

 少女の質問に、葵は困った。どうしてと言われても、見えない方が変――そこで、葵ははたと気付いた。

「もしかして、他の人には見えないんですか?」

「うん」

 少女が頷く。やはりそうだ、と葵は確信した。

「お名前、教えて下さいますか?」

「小栗佳奈(おぐりかな)だよ」

 小栗佳奈――その名前に、葵は覚えがあった。三年前のクリスマスの日、『神隠し』で失踪した初等三年生の生徒の名前だ。失踪したはずの彼女が、何故ここに居るのか。

「……一緒に、来て下さいますか?」

「うん。良いよ。でも、どこに?」

「生徒会長さんのところへ」

 葵は、メール端末を取り出すと、鵜川衣に短いメールを打った。小栗佳奈を発見したこと。本人は、姿が誰にも見えないと言っていること。なぜか自分は小栗佳奈が見えていること。至急、会って欲しいということ。返信はすぐにやってきた。すぐに生徒会室へ連れてきて欲しい、との事だった。葵は、小栗佳奈の手を掴む――触れられるか、多少の不安はあった――と、生徒会室へと早足で歩いた。

 生徒会室へ入ると、鵜川衣が一人、椅子に座っていた。

「来たな」

「はい。こちらが、小栗佳奈さんです」

 葵は、部屋に入ってすぐのところで、隣に居る小栗佳奈を指差した。だが、鵜川衣の目は、いまいち小栗佳奈に焦点が合っていない。――見えていないのだ。

「……ね、見えてないでしょ?」

「そこに、居るのか?」

「は、はい。私には、確かに見えています」

 ふうむ、と鵜川衣は一瞬考えた後、

「血液型を、小栗佳奈に訊いてみてくれ」

 と、訊ねた。

「B型だよ」

「……B型だそうです」

「なるほど……」

 鵜川衣は、指を口元に置いて、また沈黙に入った。今の質問は、小栗佳奈が居る、というのが本当か嘘かを判断するためのものなのだろう、と葵は想像した。だとすれば、これである程度、鵜川衣の信用を得られたはずだ。

「かなり有力な情報になりそうだ。これまでは、誰かに『連れ去られた』のだと思っていたが、『存在を感じなくなっている』のだとすれば、調査の方法を変える必要も出てくる――だが、気を付けろよ。その、小栗佳奈の姿の見える人間が居ないと言うのは、単に居ないだけじゃないかも知れない。見える人間が、『神隠し』の被害に遭う……のかも知れない」

 なるほど、と葵は頷いた。だけど、実際自分が『神隠し』に遭うという想像は、中々できない。

「少し、待っていてくれ。校長を呼んでくる」

 落ち着きなく、鵜川衣はそう言って、生徒会室を出て行った。




 鵜川衣が、小早川校長を連れて帰ってくるまで、葵は大して待つ事はなかった。移動魔法が得意だと聞くから、きっとそれを使って呼んだのだろう、と葵は推測した。そして、その校長は、見知らぬ男性を連れていた。

「まずは、衣ちゃんの話を聞かせて貰うわー」

「はい。……田村さんが連れてきたんですが、そこにあの小栗佳奈さんが居るんです。私には、見えないし、聴こえませんが……」

「んー……」

 小早川校長は、細い目を少し開いて、葵の隣の空間を見つめた。その雰囲気から、見えていないんだな、と葵は感じ取った。

「校長の近くにはよく行くんだけど、一回も気付いて貰えないんだよね」

 一方の小栗佳奈は、小早川校長が現れたからか、少し饒舌になっていた。二人は仲が良かったのかも知れない、と葵は思った。

「佳奈ちゃんー? そこに居るなら、あなたの大得意な魔法、使って貰っても良いかしらー」

「壁に向かって話してる人と会話してるみたいで、自分が壁になったみたいな気分だよ」

 小栗佳奈はそう言いながら、指を振った。と、同時に、小さなリングが一つ、葵の手のひらの上に載った。見た事のない水色の宝石が付いていて、可愛らしい。

「その、お礼。君にあげるよ」

「あ、ありがとうございます」

 じっと見つめられたので、葵はその指輪を、左手の人差し指にはめてみた。指輪はまるで、精密に計測して作ったかのように、ぴったりと葵の指にフィットする。

「……何か起こったのか?」

「え、ええと、小栗佳奈さんが、私に指輪を下さいました」

 鵜川衣には、指輪も見えていないんだな、と葵は理解した。当然と言えば当然の事だ。

「指輪を作る魔法、佳奈ちゃん得意だったのよねー。でも、それを知っているのは、私と佳奈ちゃんだけ。だから、そこに佳奈ちゃんが居るのは、間違いなさそうねー」

 小早川校長は、うーんと唸った。

「五年目になって、急に手がかりが揃ってきたわねー。この子、竹口達也(たけぐちたつや)くんって言うんだけどー」

「後輩の諸君。俺が、伝説の、達也だ」

 小早川校長の連れていた男が、一歩踏み出して、仰々しくお辞儀をしながらそう言った。

「伝説の達也と呼んでくれて一向に構わない」

「達也くんはね、四年前の卒業生なのよー。ずっと、『神隠し』についての資料集めを島の外でしてくれていたのだけど、今日、大変な事が分かったって言って来てくれたのよー」

 伝説の達也――こと、竹口達也はふっ、と鼻で笑った。

「この島の様々な観測データを、三年半の間集め続けた。その結果、この島の一部の気象データが、二年を周期として同じ数値を繰り返している事が分かったのだ。そして、これと全く同じ現象の前例があった――江ノ島ループは知っているだろう? 本島の江ノ島地区が、数人の魔法使いによって一種のループ状態になって、数百人もの住民が行方不明となった……あの江ノ島ループと同様の事が、この島でも起こっている。まあ、規模は分からんが」

 江ノ島ループ――は、魔法使いはおろか、日本に住んでいれば普通の人ですら知っている大事件だった。いわゆるグレた魔法使いが江ノ島に集結して、江ノ島をある一週間を繰り返すループ地点に作り変えた。その一週間の間に、住民を相手取って、魔法による大暴虐を行った……というのが、葵の知っている全てだった。その魔法使いらは捕まって、ループも葵が生まれる少し前に解けている。

「――という事なのよねー。ここに、佳奈ちゃんの件もプラス。そうすると、ここ五年で初めての大進捗って訳なのよー。これから臨時職員会議を行うから、二人、と佳奈ちゃんも一緒に来てちょうだいねー」

 ……これで、『神隠し』の件に一つの結論が出るなら、兄の事についても解決するのだろうか。兄を、取り戻せるのだろうか――? 葵の心は、そんな思いで詰まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。