7.四月六日(木)①
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朝一で休校の通知が来て、何があったのだろうと思っていると、校内調査団の緊急集会の号令が九時ごろにメールで届いた。かなり慌ただしい。それに、失踪事件が起こった日にさえ休校にならなかったのに、今日になって休校とは。何か大事件が起きたらしい、と俺の心は騒ぎっぱなしだったが、何とか落ち着かせて、俺は生徒会室に出向いた。相も変わらず複雑な道だったが、短期間に何度も通ったから、さすがに一度も迷わないで辿り着く事ができた。
生徒会室は、いつになく熱気に満ちた雰囲気だった。小早川校長も、衣先輩と光先輩の間に立っている。相当急いだつもりだったが、俺が一番最後だったらしく、俺が前回と同じ席に座ったところで緊急集会は幕を開けた。
「では、まずは、資料を提示します」
光先輩が、おごそかに言う。すると、テーブルに一人一部ずつ配られている真っ白な紙に、ぼうっと、小さな文字が現れた。
「それは、江ノ島ループについての資料です。概要は皆知ってるだろうから、省略します。重要な点は、江ノ島ループの時と同じ現象が、この明青学園でも起こっている、という事です」
江ノ島ループ、という言葉に、生徒会室の中はざわついた。江ノ島ループと言えば、世界三大魔法事件を挙げる上でもまず忘れられる事のない、日本史上最大の魔法事件である。
「気象数値の変動の特異性が、ループ状態にあった江ノ島地区と一致しています。それから、人が突然失踪する、という部分でも、やはり一致しています。この魔法によるループについては、少し分かりにくいのですが……専門的な話をすると、多世界解釈を否定する根拠として挙げられるほどに、そういった考え方とは対極にあります。常に、時間軸は一つしかありません。ループ魔法はその中で、同じ時間軸上で、起こった事を巻き戻しするのだけれど……ここで、ひずみが現れる。失われた命は完全には戻らずに、ある時消えてしまう。江ノ島ループでは、この失われた命が数百人という規模でしたから、ひずみが顕著に現れていたと言えます。そして、そのひずみが、明青学園で起きている『神隠し』の原因ではないか、と。仮にそうだとすれば、このループは五年以上の期間にわたって巡っている……つまり、大きなループ魔法によって制御されている事になります。その為に必要な魔法の力というのは、もちろん並大抵ではありません。多くの魔法使いが関わっていると思って、間違いないでしょう」
……難しい話だ。江ノ島ループのループ期間は三日足らずだったと聞く。それが五年以上で起こっているとなると……想像も付かない。
「私からも、ご報告があります」
頭の整理の追い付かない俺の隣で、葵ちゃんが手を挙げた。
「今、私の後ろには、三年前に失踪した小栗佳奈さんが立っています。――と言っても、皆さんには見えないみたいですが」
「彼女の言葉の信憑性は、私が保証するわー」
今度は、小早川校長が、声を挙げた。次に、衣先輩が手を挙げて、皆を静める。
「それぞれ、昨日分かったばかりの事だ。そして、今の所はこういう推論が立っている。――この島は今、ループ現象の真っ只中にある。『神隠し』はループ魔法の副作用によるものだと考えられるが、そうだとすると、ループしている期間は五年以上という事になる。これには数千人レベルで一斉にループ魔法へ魔力を注ぎ込む必要がある。つまり、いかに優秀な魔法使いでも、それが二人や三人集まった程度では起こせない現象だ。どうやってそんな大きなループ魔法を使用したのか……また、どうしてそれをしなければならなかったのか。それは分からない。ただ、予想されるのは、何らかの災厄を回避しようとした、という事だ。数年に及ぶループを取る事で、事前にその災厄を防ぐ事ができるようにした――そう考えるのが、最もつじつまが合う。だから、その調査の為に、島外の魔法組織と連絡を取り合って、情報をやり取りする事になった。これは、一般の生徒には極秘の事だから、絶対に洩らさない様にしてくれ。また、目に見えておかしいと思える点……『神隠し』がクリスマスに多く起こっていた理由、小栗佳奈が田村葵にだけ感知できる存在としてそこにいる理由、そういうものについて何かが分かったら、逐一連絡してくれ。些細な事で構わない」
何らかの災厄――俺は、少し、想像してみた。数千の魔法使いが、他に手が無く、ループに期待しなければならないような災い。その中には、いくらでも優秀な魔法使いは居るだろうに、それでもそうしなければならなかったような厄。それも、この島を中心にして起こっている。大型の台風。宇宙から襲来する隕石。地割れ。どれも、ループを起こせる力があるなら、その力を災厄回避に向ければ、全て解決するようなものだった。他に、どんな災厄があると言うのだろう。自然的なものでないなら、もっと人工的な……。たとえば、他国に日本が攻められ、その初戦の地がこの明青学園だったというのはどうだろう。遠く海の果て、アメリカから見れば、この島は日本で最も近い場所にある魔法使いの巣窟だ。まあ、アメリカが日本を襲う理由は、全く思い付かないのだが……。
「では、今日は解散とする。今後、連絡事項があれば全てメール端末に送信するから、身に付けて離さないように」
――だが、どうしてか、会がお開きになるまで、俺は誰かにこの島が襲撃されている絵を、頭から離す事はできなかった。
ごっちゃになった頭を整理しつつ寮に戻ると、俺の部屋の前に小石が立っていた。せっかくなので、脅かしてやろうとそっと後ろに忍び寄って、
「小石、おはよう」
と、背中を叩きながら声を掛けてみると、小石はひゃっ、と軽い悲鳴を上げて、体をびくんと揺らした。
「……兄さん、子供っぽいですよ」
「驚いた奴の言う事じゃないな」
「私は兄さんを心配していたんです。メールには返信しないし、部屋にも居ないようだし……一体どこに行っていたんですか?」
小石は、頬を膨らませている。本当に心配してくれていたんだろうな、と思って、俺はごめん、と謝った。
「例の調査の件で、用事があってな」
「もう。兄さんってば、いつも私を置いていくんだから……」
「どんな用事だったか、聞きたいか?」
俺はそう言いながら、小石の頭の横に腕を通して、部屋のロックを解除した。
「……はい。聞きますよ、私で良ければ」
小石は、俺の気持ちを完璧に見透かして、小さく頷いた。
部屋に入ると、俺は自分のベッドに腰掛けた。小石は何も言わないでも、その隣を自分の席だと分かっていて、すぐそばに座った。二人並んで、静かに窓の外を見ているだけで、俺の心が安寧を取り戻していくのが分かった。俺はゆったりと時間を掛けて、今分かっている事全てを話した。小石は一つ一つ、かすかに驚いた表情を見せたりしながらも、静かに最後まで聞いていてくれた。
「――確かに、辻褄は合っていますね」
聞き終えた後、小石はまず、そう言って一つ頷いた。
「いよいよ、この学園も全く安全じゃないって事になったんだ」
「なら、ますます、私と兄さんは一緒に行動しないと駄目ですね」
小石の手が、俺の膝の上に置かれる。
「どうして?」
「だって、兄さんが暴走しないように見守るのは、私の大切な役目ですから」
「そうだったっけ」
俺は笑いながら、その手の上に、自分の手を重ねた。小石の手は、俺の手よりもずっと冷たかった。
「そうですよ。兄さんってば、いつも私を置いていくんだから……」
「分かったよ、次からは小石も連れて行く」
俺はそう言って、小石の手を握った。合同魔法の事がなくても、俺達兄妹は離れ離れにならない方がずっと強く居られる。遠い昔に誓った、兄妹の絆は、今になって燦々と輝きを放っていた。
「ありがとう、兄さん。――私からも、兄さんに伝えないといけない事があります」
小石は、小さく息を吐いた後、そう言って俺をじっと見つめた。
「何だ?」
「今日の朝、手紙が届きました。父さん、行方不明だそうです」
「行方不明……?」
一瞬、体が強張るのを感じる。
「はい……。私達が明青学園に出発したあの日の昼過ぎから、姿を見た人が居ないそうです」
「……まあ、きっと何かの潜入捜査とか、そんなのだろ」
父は、幹部とは言え、まだばりばりの刑事だから、家を数日空けて大掛かりな捜査を行う事もよくある。捜査の内容にもよるが、ほとんどの場合その詳細は限られた人物にしか伝えられないので、その度に周りは気を揉まなければならなくなる。
「そうだと思いますが、兄さんは手紙を送るように言われていたんですよね? だとすると、潜入捜査で居なくなる期間ぐらいは、兄さんに伝えていておかしくないと思うんです。……やはり、心配です」
「確かに……」
父の隙のない性格を考えると、俺の手紙を誰かに読まれるのを嫌って、潜入捜査が終わるまでは手紙を送らないように、と俺に言いつけている方がずっと自然だ。それをしないで潜入捜査に入った可能性と、そうでない理由で失踪している可能性と、どちらが高いだろう。
「……私からは、それだけです」
考え込む俺の顔を見て、小石はくすりと笑った。
「私達に何かできるわけじゃないんですから。そんなに考え込んでたら駄目ですよ。特に、兄さんは突撃番長でないと」
「誰が突撃番長だ、誰が」
「いつでも考え無しが、兄さんの良い所なんですから」
考えるのは私に任せて下さい、と小石は続けて言った。
「この石も、近くにあった方がずっと役に立ちます」
「そう言えば、この石って、何か効能があるのか?」
「ふふ、秘密です」
悪戯っぽく笑う小石の声は、少しくぐもっていたけれど、どことなく楽しそうだった。




