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ロマネスクの誘い  作者: 今夜は山田
第二章:春風、急を告げ
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4.四月五日(水)①『合同魔法』

 *


 朝、制服を洗おうとランドリーを利用してみると、ものの一分ほどで、新品同様の制服に戻った。全く湿ってもいないし、魔法の力は偉大だと改めて思い知らされた。一回百円という価格も、気分よく支払える。

 そして今――俺は体育館で、一ノ瀬先生の魔法訓練の授業を受けている。受けている、と言っても、それぞれが人の迷惑にならない程度に散らばって、思い思いの魔法の練習をしているだけなのだが。時々、体育館の中を巡回している一ノ瀬先生が、通りすがりに何かをアドバイスしてくれるのが、唯一普通に練習しているのとの相違点である。授業が始まって一時間。今の所、俺も、俺の左右で何かの魔法を練習している司や小石も、何らアドバイスは貰っていない。俺は、前回の対戦実技で上手く作れなかった魔法の壁の練習をしていたが、中々進化はしなかった。作っても、見た目からして丈夫さがない。自分で手を触れると、それだけで雲散霧消してしまう。一時間練習しても全く上手くならないとなると、気分的にはかなり辛いものがあった。

「……ふう」

 体育館の床に腰を下ろして、一息吐く。司の方を見ると、司は大きな粘土に手のひらをかざして、何やらむむむと唸っていた。あれは、着色魔法を使おうとしているのだろうか。そう言えば、エリンに可愛い女の子の姿を与えたいんだとか、言ってたっけ。粘土は、司の狙い通りか否か、虹色になったり黒色になったりと、多彩な色の動きを見せている。簡単そうだが、俺があれほどの色の動きをマスターするには、丸二日か三日は必要だろう。やはり、司は俺より何歩か優秀だ。

「――兄さん」

 続いて小石の様子を見ようと顔をそちらに向けると、小石はちょうど、俺の隣まで歩いてきたところだった。

「サボりか?」

「休憩です。兄さんと一緒にしないで下さい」

 小石はそう言いながら、俺の隣に腰を落とした。

「何の練習してたんだ?」

「壁の魔法です。前の対戦実技の時、兄さん共々醜態を晒しちゃいましたからね」

 笑う小石の表情には、あまり力がない。小石もやはり悔しかったのだろう。それで、俺と同じ様に練習してみて、やはり上手くならなかったに違いない。この辺の熟達力に関しては、俺も小石も同じぐらいに低い。その中で、やや理論を覚えるのが得意なのが小石で、最初の感覚を実技で捉えるのが得意なのが俺だが、いざ練習しようとするとどちらの能力もあまり役立ってこなかった。

「おや、兄妹仲良くサボりか」

 そこへ、ちょうど近くを通り掛かった一ノ瀬先生が、そう言って声を掛けてきた。

「私は違います。兄さんはサボりですけど」

「おいおい。二人で、魔法壁の練習をしていたんですけど、お互い全然上手くならなくて」

「ほう。ちょっとやってみろ」

 俺は、座ったまま軽く念を送って、四辺が一メートルほどの魔法壁を作った。例によって、透明に薄っすら白色のはずの魔法壁は、ところどころくすんでいかにも脆そうだ。一ノ瀬先生がそっとそれに手を伸ばし、少し触れると、壁はたちまち崩れてしまった。

「なるほど。――ふむ。どうも私の記憶と一致しないな。一度、二人で壁を作ってみてくれ」

「小石と二人で、ですか?」

「そうだ。ほら、対戦実技の時もやっていただろう?」

 一ノ瀬先生の指示に、俺と小石は一度目配せしあったあと、さっき俺が壁を作ったのと同じ所に壁を作った。二人で作っただけあって、かなり精度の高い綺麗な壁が出来上がる。

「……ちょっと、副委員長」

「ん? 僕?」

 いつの間にか着色魔法に飽きて、手で粘土を捏ねていた司を、一ノ瀬先生は手招きした。

「まさか、委員長への昇進の話……」

「副委員長、そこの壁に魔法をぶつけてみてくれ。全力でな」

「それが昇進の条件!? うっし、ラジャー!」

 司は何やらか、重大な思い違いをしながらも、駆け寄ってきて手早く指を振った。その指先から、小さくも凝縮された炎の球が、凄まじい速さで壁に突進していく。ああ、壊れる――と思ったその瞬間、小さな破裂音と共に、炎の球は壁に道を塞がれて姿を消した。

「ありがとう。もう良いぞ」

「昇進の道は深く険しいんだな……」

 司は、一ノ瀬先生に手で追い払われ、勘違いを勘違いのままにして帰っていった。だが、そんな司よりも、一ノ瀬先生は更に深刻な顔をしていた。

「どうかしたんですか……?」

 おずおず、といった風で、小石が尋ねる。

「いや……そうだな。知らないようだから教えておくが、基本的に魔法を複数人で使うとその効率は落ちる――つまり、それぞれ五の力を持った魔法使いが、二人で何かの魔法を使うと、五プラス五の十から何割か引いて、七か八ぐらいの効果しか出ないという事がままある。だと言うのに、お前達の場合は、一プラス一が八になっている。同じ魔法を複数人で使う、というような事例はあまりないから詳しくは分からんが、珍しい事は確かだぞ」

 俺と小石は、目と目を見合わせた。兄妹になった時から、こうして協力して魔法を使うのに慣れていたから、その効果が割り増しされているのにも疑問を抱いた事はなかった。

「その石――は違うな。その石にそれだけの力は感じない。ふうむ……おや、何かおかしいか?」

 ただ、何だか、俺と小石の繋がりというものが実際世界に降り立ったようで、とても気分が良くて二人とも笑いが止まらなかった。一ノ瀬先生は、しばらくぽかんと俺と小石の笑うのを見つめていたが、ある時それを手で制して、

「これは、大変な事だぞ」

 と、言った。

「大変な事、ですか?」

「ああ。と言っても、悪い意味ではないから安心してくれ」

 一転不安な顔になった小石に、一ノ瀬先生はそう笑った。

「仮に一と一で八になるなら、一プラス一の二に、係数四が掛かっていると言って良い。――となると、もしお互いの一が三に進化すれば、三プラス三の六に、係数四を掛けて、二十四だ。これは、世界でも有数の……いや、普通にはありえない成長力という事になる。分かるか? これはかなり、大変な事だ」

 ――ええと、いまいち頭の整理が追い付かない。俺と小石が他人よりも合同での魔法に優れていて、その効率がとても良いから、かなり大変な事、らしい。

「……二人とも、あまり分かってないようだな。まあ、今は分からんでも良いさ。だが、魔法訓練は二人でやった方が良いだろう。同じ魔法を訓練して、同程度のレベルになっていた方が、魔法を二人で使う――合同魔法と呼ぶんだが、合同魔法を使う上でも便利に違いない。私が担保してやる。普通にやっていれば、二人合わせて世界的な魔法使いになれる」

 ではな、と言って、一ノ瀬先生は隣の司の方へと歩いていった。取り残された俺と小石は、また顔を見合わせた。

「冗談……にしては、ちょっと気合が入りすぎてるよな」

「そうですね……。私と兄さんが、かぁ……」

 一番得意な浮遊魔法は、一人で使うとお互いの体を軽く浮かすのが限界だが、二人で使うと大抵の物は根こそぎ空中に浮かせられる。昔には、中学校の近くの道が土砂崩れで塞がれたのを、二人で除去した事もある。確かに、それを一人でできるようになるには、一生単位の訓練が必要な気がする。

「――じゃあ、壁魔法の練習でもするか」

 そう言って、俺は立ち上がった、二人で協力する魔法――合同魔法。新たな道が、自分の足下に現れたように思えた。




 俺と小石が作った壁を、司に攻撃して貰う。また逆に、司の作った壁を、俺と小石で攻撃する。そのどちらでも、俺と小石の合同魔法は司の魔法を凌駕した。まあ、元々二人がかりだから、そこまで褒められた事でもないが。とにもかくにもそんな大きな収穫を得たところで、今日の授業も昼前に終了した。昼食をどうしようか――と迷っている俺を、桜花が昼食に誘った。葵ちゃんが居ないのを除けば、あの葵ちゃんの部屋でやった小パーティと同じメンバーだと言うので、俺は喜んで頷いた。

 十二時ちょうどに体育館の前に集合する。俺や小石、人懐こい司に、人付き合いの良さそうな時子は良いとして、勇が毎度毎度付き合ってくれているのには感心する。あんまり乗り気そうでないのに……実はノリノリなのだろうか?

「なあ、勇。実はすごく楽しんでる?」

「…………」

 勇は、俺の言葉に、ちらと反応した。

「暇だから。あと、甘いものは正義」

「なるほど……」

 桜花の餌付けキャンペーンは、なおも功を奏し続けているようだ。飴は砂糖菓子だから、いくら手慣れている桜花とは言え、生成するのに割とエネルギーを食いそうなものだが……。

「空腹ー! 桜花さまは空腹を訴えているぞー!」

 ……うん、実際エネルギーを消費しているようだった。

「あはは……。では、行きましょうか」

 小石の号令で、俺達六人は歩き出した。今日は、みなとみちにあるどれかのレストランで、ランチにしようという話だった。今のところバーガーショップ以外には行った事がないから、そういう意味でも楽しみである。

 六人がごっちゃで歩くとあまりに邪魔なので、六人で二列縦隊を編成して、中庭を歩き南校舎を抜ける。みなとみちに出て、道が広がったところで、俺達は縦隊を崩した。

「授業が、楽なようなしんどいようなで、僕の体がちょっと混乱気味なんだよな……」

 と同時に、俺の隣で、司が肩を落とした。

「中身が詰まってる感じか。俺も同感だな」

「昨日なんて、部屋に帰ったら即、眠りたくなってさ。ベッドに飛び込んで眠っちゃおうと思ったんだけど、ほら、僕にはアレが居るしさ……」

 アレ、とはエリンの事だろう。司にとってのお目付け役であり、お目突き役である彼女は、堕落がちな司の生活を正そうと躍起になっているに違いない。姿のない相手だが、その保護者っぷりを想像すると、何だかおかしい。

「着色魔法、上手くいきそうなのか?」

「いや、まだまだだな。そもそも、粘土に色を乗せるのと、姿のない者に姿を与えるのとはレベルが違うんだ。やり直しも利かないしね。何とか粘土なら、思った色を付けられるようになったけど……今度は美術的センスが足りないって事に気付いてさ」

 脳内にあるイメージを、目の前の物体の上に色として具現化させる。と言うのが、着色魔法で多く用いられる手法だ。その為には、洗練されたコントロールと、頭に鮮明なイメージを浮かべる美術感覚が必要になる。

「まあ、時間はたっぷりあるからね。ゆっくり頑張る事にするよ」

「応援してるぞ。頑張れ」

 俺はそう言って、司の背中を叩いた。

「おう、ありがとう。……ん? なんだ?」

 司は笑顔で答えてから、急にあらぬ方向を見た。恐らく、エリンに呼ばれたのだろう。俺はそれを見て、司と反対側を見た。

「……え?」

 俺は、驚いて足を止めた。俺の見た方には、ピザ屋があった。だが、俺の目を貫いたのはそれではなくて――その軒先に立って、何故かぼうっとこっちを見つめている、少女の姿だった。制服を着ているようだから生徒なのだろうけれど、異質だったのは、その少女の目が真っ直ぐ俺の目だけを見ているように思えた事である。それに、冷たい……その目線は、ひどく冷たかった。

「どうかなさったのですか?」

 時子に声を掛けられて、俺は再び驚いた。

「いや、今そこに……」

 そう言ってもう一度見た時、少女の姿は無くなっていた。

「変な子が居たんだけど」

「そうでしたか。でも、もう居ませんね」

 きっと、どこかへ立ち去るなり、ピザ屋に入るなりしてしまったのだろう。

「そうだな……」

 ――だけど俺には、その推測が、「消えた」という印象を隠す為の言い訳にしか思えなかった。俺は、その全てを頭を振って追い出して、時子と一緒に、歩いていく皆を追いかけた。

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