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ロマネスクの誘い  作者: 今夜は山田
第二章:春風、急を告げ
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1.四月四日(火)①「おい、無事か!」

 早朝、俺は外で物音がするのに気が付いて、目を覚ました。寝ぼけ眼で扉を見ても、特に異変を見つけられなくて、その内にもう一度眠気が襲ってくる。そのまま、また夢の世界に落ちそうになったところで、扉の外で盛大な爆発音がして、俺は飛び起きた。

 扉の外を確認しよう――とベッドを降りてみるが、果たして扉に近付いて安全なのか、という疑問で足が竦む。冷静になろう、と息を落ち着ける。明青学園の優秀な扉は、謎の爆発にもしっかり耐えてくれた。あれだけ大きな音を立てたのだから、犯人ももう逃げただろう。なら、扉に近付いても安全だが、近付いても得られるものは少ないという事だ。そこまで考えて、やっと落ち着いてきたところで、扉が激しくノックされた。

「おい、無事か!」

 外から声が聞こえる。ああ、さっきの爆音を聞いて、駆けつけてくれたんだな。どこかで聞いた事がある声だと思いながら、扉に付いた覗き穴で外を見ると、そこに立っていたのは生徒会長――衣先輩だった。

「反応はなし、か。マスターキーを取ってきてくれ」

「あ、いえ、居ます」

 衣先輩が、隣に居る誰かに鍵を取りに行かせようとしたので、慌てて俺はそう言って扉を開いた。

「ああ、無事だったか」

 扉を開くと、まず、衣先輩の安堵の声が聞こえた。それから次に、その隣に立っている副会長――光先輩の姿が目に入る。

「だから言ったでしょ、衣ちゃん。私がちゃーんと、魔法防壁を張っておいたから安心だって」

「防御系の魔法は、お前の一番苦手分野じゃないか」

「え、と、一体何の話ですか?」

 先輩二人は、寝間着を着ていた。その二人が、朝早くから俺の部屋の前で話をしているのは、たいへん目の保養になってありがたいのだが、そろそろ周りの部屋の住人も音を気にして顔を出し始めているので、早く説明を済ませて欲しい。

「そうねぇ。今日、『新入生を頂いていく』なんていうありがちな犯行声明文が、私と衣ちゃんのメール端末に届いたんだよ。それで、清介くんの部屋、ロックがいじられてたでしょ? 不穏な感じがしたから、ロックを直す時に魔法防壁も一緒に置いていったんだけどね。それが今日、清介くんを狙った犯人の思惑を見事に弾いたというわけ」

 なるほど、と俺は頷いた。……いや、冷静に頷いている場合ではない。下手をしていたら、その犯人に連れ去られていた可能性があったのだ。

「ありがとうございます、助かりました。……ところで、俺以外の誰かも一緒に狙われてるって事はないんですか?」

「あっ……」

 俺の質問に、二人は声を揃え顔を見合わせた。

「見回るか。私が男子寮を回るから、光は女子寮を見てきてくれ」

「はい、はい。清介くんは、ぜーんぶ忘れる気持ちで、二度寝しちゃおうね」

 俺に何も言わせないようにと、二人はそう言った後、扉を無理やり閉めた。かちゃり、とオートロックの音がする。――いやいや、眠れるはずがない。窓の外はまだ真っ暗で、時計がまだ朝二時を示していたとしても。……と思っていたのだが、もう一度ベッドに潜ってみると、俺はあっさりと、意識を失った。




 目覚まし時計の音に導かれて、俺は意識を取り戻した。ちょうど七時だ――俺は目覚ましを止めると、歯を磨きに洗面所へと向かった。五分ほどで朝の一仕事を終え、ベッドに戻って一息吐く。二時ごろに轟音に起こされて、鵜川姉妹と話をしたのがついさっきの事のような気がする。本当にあれから、五時間も眠っていたのだろうか。……と言うか、あの後事件はどう推移したのだろう。そんな事を考え始めていた折、扉がノックされた。外から、衣先輩の声がする。俺は、はい、と応じて、扉を開いた。

「おはよう、大原清介」

「おはようございます」

 光先輩も一緒なのかと思ったが、今回は衣先輩一人だった。

「まあ、用件は分かっているだろう。短い話じゃないから、中に入れて貰えるとありがたいんだが」

「構いませんが……」

 少し警戒してしまう。こういう時に備えて、眠る時にも腕時計を外さないでいたのは、やはり正解だっただろうか。

「なに、今日は何もしないさ。光も監視しているだろうし、ただでさえそんな事をしている暇はないんだ」

「分かりました、どうぞ」

 衣先輩の真剣な眼差しに押されて、俺は衣先輩を中へ通した。今部屋にあるのは、父への何気ない手紙以外は誰の部屋にもあるものばかりだし、仮に衣先輩に洗いざらい見られても困らない。過激そうな衣先輩だが、何だかんだ前回も、何の証拠もなしに暴力したりする事はなかった。こちらには秘密兵器もあるのだし、今回は信じておこう――。

「――幸か不幸か、新入生に被害はなかった」

 衣先輩は、勉強机の前の椅子に腰掛けると、ベッドに座った俺の方を見ないで、そう言った。

「が、私の同級生……つまりは初等三年生の生徒が一人、昨晩から行方不明だ。伊藤悠馬(いとうゆうま)という名前の――私の知り合いだが、魔法のセンスは彼の方が私よりも優れている、というほどに優秀な男だった。それが、何の痕跡も残さないで連れ去られている。私は自信を失ったよ。私は、まんまと犯人の狙いにはまって、新入生の事ばかり気に掛けていた。相手の方が一枚も二枚も上手だ。その上、今日の件で、魔法でも相手の方がずっと上手らしいと分かってしまった」

 また『神隠し』が起きた――それも、かなり優秀な生徒が居なくなった。これまでの『神隠し』に比べると、犯人の姿が見え隠れしている点が違っているが、それ以外はそっくり同じ事件だ。……それから、衣先輩はたいそう落胆しているようだった。自分の爪をじっと見つめる姿には、覇気が全くない。

「でも、俺はさらわれずに済みましたよ」

「……おっと、下級生、それも敵に慰められてしまったらおしまいだな。気にするな、私もすぐに立ち直るさ」

 俺の意を察して、衣先輩は小さく笑った。

「とにかく、今回の件で失踪は五年連続、七人目になった。これまでは、失踪するのはクリスマス前後だったから、今回は少し異質だが……同じものにせよ、違うものにせよ、失踪には変わりない。――無論、我々はこれ以後も、外部からの調査は拒否し続けるつもりだ。事態が引っ掻き回されては、解決の為にこれまで積み重ねてきた物が無に帰してしまう。君の行動も随時監視させて貰う、忘れるな。それから……この学園は、決して安全じゃない。気を緩めるなよ」

「安全じゃないって、失踪事件以外にも何かあるんですか?」

「……無いとは言わない」

 衣先輩が、そう言って立ち上がる。――この学園は、『神隠し』以外にも事件を抱えているのか? 俺がその疑問を重ねるより早く、衣先輩は部屋を出て行ってしまった。

 衣先輩が去ったあと、ふと勉強机を見ると、見慣れない白封筒が置かれていた。見れば、表には鵜川衣より、と手書きの字で書かれている。テープの封を切って机の上でひっくり返してみると、中から、二つ折りにされた無地のメモ用紙と、蝶の形をかたどったバッジが机に落ちた。バッジは綺麗なエメラルド色をしていて、みなとみちの宝石店に並んでいてもおかしくないようなほどの輝きを見せていた。一方無地のメモには、一言二言、何かが走り書きされている。

「『魔力を送り込めば、発信機として機能する』か……」

 受信機がどこにあるのか、という情報はないが、恐らく衣先輩の手元にあるのだろう。これでまた一つ、身を守る手段が増えた――衣先輩の言葉を鵜呑みにするのなら、だが。こうなってくると、外部調査への反対者筆頭である衣先輩を説得する方が、調査を進めるよりもずっと楽な気がしてくる。また新たな被害者も出てしまった。父にどやされる自分が目に浮かぶ。俺はひとり、苦笑して、バッジをハンガーに掛けてある制服の胸ポケットへと入れた。




 八時半になって、すっかり全ての準備を終えた俺は、部屋を出た。もしかすると扉の外側が、爆風で酷い状態になっているのではないかと心配したが、見てみると傷一つ付いていなかった。光先輩の魔法防壁なるもの様様である。教室に着くと、俺の席の周りの生徒はもうほとんど揃っていた。話す声でざわついているが、話題は失踪事件の事ではなく、まだ誰にも失踪の事は伝わっていないらしい。

「よ、おはよう」

 話をしている桜花と小石に、俺はそう声を掛けた。

「せいちゃん、おっはよー!」

「おはようございます、兄さん。もしかしたら、寝ぼすけ兄さんの再来かも知れないなぁって思っていましたが」

「さすがに授業二日目から寝坊しないって」

 桜花に一旦立って貰って、三人一組の真ん中へと座る。

「おはよう」

 勇は、朝から桜花の飴を舐めて、ずいぶん満足そうだ。桜花の餌付け戦術は、着々とその成果を挙げつつあるらしい。勇が、桜花のハイテンションに応じる日も近い――のだろうか。

 そこへ、一ノ瀬先生がやってきた。今朝の事件があったからだろう、表情は昨日のものより数段厳しい。

「通知事項がある。少し早い時間だが、席に戻れ」

 一ノ瀬先生は、教壇に立つや否や、そう号令を掛けた。生徒達も、並々ならぬ気配を感じ取って、雑談をやめて一ノ瀬先生の顔を見つめる。

「初等三年の生徒が一名、昨晩から行方不明になっている。後ほど、メールでその生徒の顔写真が送られてくるから、その生徒を見かけたら、誰でも良いから教員に知らせてくれ。以上だ」

 一ノ瀬先生は、かなり声のトーンを落として、興奮させないように配慮していたようだったが、さすがに生徒もざわつかずには居られなかった。小石が、俺を振り返る。あまりに不安げな表情をしていたので、俺は小さな声で、きっとすぐに見つかるだろ、と励ましてみたが、その表情は晴れなかった。

「分かった分かった、お前達の不安はもっともだ」

 ざわつく教室の雰囲気に、一ノ瀬先生はうむ、と頷いた。

「朝に緊急の教員会議があってな。私も、事態が落ち着くまでは、授業を控えるべきだと発言したんだが――校長に『寮に留まっているよりは、瑞穂ちゃんの所に居た方が安全よー』と言われてな。あまりに正論で、『そうだな』と答えてしまったよ。はっはっは」

 ああ、瑞穂ちゃんと言うのは私の事だ――と、一ノ瀬先生が冗談を飛ばして、生徒からかすかに笑い声が上がった。

「実際、私の専門は戦闘魔法だ。――まあ、そんな訳だから、教室に居る間は不安がる事はない。それより、教室に居ない時間に注意を払え。特に、自分の部屋と深夜の廊下では、な。……さあ、授業を始めるぞ、魔法倫理の教科書を出せ」

 一ノ瀬先生が号令を掛ける。一年二組の教室は、それでとりあえずは静まった。

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