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ロマネスクの誘い  作者: 今夜は山田
第一章:入学式と顔合わせ
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15.四月三日(月)⑥

 昼食を購買で買ったパン――今日はごく普通のサンドイッチだ――で済ませて、午後一時から父に宛てる手紙の内容を練った。調査についての進展があった訳ではないが、無事学園に着いた事や、俺と小石に早くも友人が出来た事は、一刻も早く伝えたい。父は厳格だが、こういう報告を無駄だと言って流し読みしかしない、というタイプではない。もっとも、『神隠し』の事が絡むと、その限りでもないかも知れないが。一時間ほど掛けて、俺は手紙を書き上げた。今回は調査の事には全く触れなかったので、全て普通のインクだ。こういった外部への手紙は、毎週木曜日に中央エントランスの管理室へ渡せば、土曜日の午後には宛先へ届けてくれる。これは、ここへ来る前から調べて分かっていた事だ。俺は、手紙を丁寧に封をして、何度も宛先を確かめてから、机の引き出しへとしまった。

 午後二時になると、外の雲行きが怪しくなってきて、五分ほどで大雨になった。父は常々、明青学園は魔法による天候操作がなされていて、雨などは欲しい時にだけ降るに違いない、と言っていたが、今日の雨模様を見るとそうでもなさそうだ。新入生の初めての授業日に雨を降らしたい理由はないだろう。

 雨のせいで外に出ることもできなくて、俺は寮の十二階を探索する事にした。歩いてみると、男子寮だけでも十分長い廊下が、女子寮の方とも連結されていて、非常に長い廊下になっていた。端から端へと歩いてみて、司の言っていたシャワールームや防音室、暗室、マッサージルームに加えて、カラオケルーム、制服販売店、本屋、マジックアイテム販売店、理髪店、喫茶店、ゲームセンターに探偵事務所……など、多彩な店とサービスが並んでいると分かった。この全ての施設に入店するのに、俺はどれぐらい掛かるだろう。女子寮側にある購買部には、葵ちゃんの言っていた通り、少しファンシーな商品が多く売っていた。いわく、花の香りがするティッシュとか、ぬいぐるみとか……購買部として、品揃えが良いとは決して言えない様子に、俺は苦笑した。

 そんなこんなで、どうにか時間を潰した俺は、約束の午後五時ちょうどに葵ちゃんの部屋である四一二一号室を訪れた。




 ノックすると、扉はすぐに開いた。

「清介さん、ようこそですよー! とても狭ぁい……狭ぁい部屋ですが、くつろいでいって下さい」

「ああ、ありがとう」

 部屋が狭すぎる症候群は、だいぶマシになったらしい。葵ちゃんに従って部屋の中に入ると、まず最初に、部屋の奥にぐっと押し込まれたベッドが目に飛び込んできた。続いて、無理やり作られた空間の中央の丸机が目に入る。……よくよく考えると、総勢七名のパーティを開くには、寮は狭すぎたのだろうか。

「確かに、狭ぁい……だな」

「に、兄さん!」

 その空間に、ただ一人座っていた小石が、慌てて立ち上がって俺の口を塞いだ。

「やっと、葵ちゃんも慣れ始めたんです。煽らないで下さい」

「あ、ああ……」

 俺はこくこくと頷いた。そこへ、ノックの音が響く。扉の前で待機している葵ちゃんが、ここぞとばかりに素早く鍵を外して扉を開ける。

「やあやあ!」

 やってきたのは、桜花……と勇だった。どちらとも面識のない葵ちゃんが、困った顔で俺を振り返る。

「それが、メールで言ってた尾田桜花と荏田勇だよ」

「合点です! 桜花さん、勇さん。初めまして、ようこそいらっしゃいました! 田村葵と申します」

 葵ちゃんが二人を招き入れる。いかに小石が人見知りから脱しようとしていると言っても、葵ちゃんほどの笑顔と無邪気さで知らない相手と接する事ができるまでには、まだまだ相当の時間が掛かるだろう。天性の才能と言って良い。

「ふむふむ、葵ちゃんだね。ふむ、可愛い!」

「ひゃっ!」

 桜花が、葵ちゃんに抱き付いた。勇はそんな二人の横を通り抜けて、丸机の一番奥に座った。一緒に来たところを見ると、途中で桜花に捕まって、騒ぎに騒ぐ桜花にぐったりしながらやってきたのだろう。災難な。俺は、小石と一緒に、その勇を囲うようにして、絨毯の敷かれた床に座った。

 続いて、再びノックがあって、時子と司がやってきた。遅れて申し訳ありません、と謝った時子は、だが、手土産を持っていた。

「家から持って参りました、矢井田家秘蔵の保存菓子です」

「すっげぇ美味いらしいぜ。僕もエリンも楽しみでさぁ」

 矢井田家の保存菓子、と言えば、世間ではかなり有名なものだ。本来、長持ちしない生菓子でも、矢井田家開発の菓子を長持ちさせる魔法によって、一ヶ月程度の保存性能を得られる。もちろん、それでいて味は落ちないから、ごく生活に密着した魔法と言える。時子が手に持っていたのは、ホールのショートケーキだった。

「食べる」

「ケーキは食事の後の方がよろしいかと」

「…………」

 勇は、ケーキを睨むほどに見つめて、物欲しげにじっと見つめた。本当に、甘い物が好きなのだろう。桜花が飴を渡して、勇の機嫌を落ち着けたところで、狭いながら、七人で丸机を囲って腰を落ち着けた。

「大所帯だなぁ。僕、提案があるんだけど、改めて自己紹介していったらどうかな?」

「私は賛成ですよー」

 司の提案に、葵ちゃんが乗る。結局、司から順に、右回りで自己紹介をしていく事になった。

「じゃあ、改めて――僕は、山下司。変異素養だから家伝の魔法みたいなのはないけど、色彩魔法の勉強をしてるから、そっちの事ならだいぶ詳しいつもりだ。で、こっちが浮遊妖精のエリン……ってまあ、見えないだろうけど」

 茶色の短い髪だが、身長がやや俺より低いぐらいだからか、司の所作や挙動に嫌なものが全くない。そう言えば、茶髪恐怖症――正確に言えば黒髪以外恐怖症だが――な小石も、司には何の抵抗も感じないようだ。

「え、ええっと、秋野小石です。私も、司くんと同じで変異素養です。得意というほどではないですが、浮遊魔法なら人並みに扱えます」

 続いて、小石が照れながらも自己紹介をする。綺麗な黒髪は、素直に真っ直ぐ伸びている。何度か髪飾りをプレゼントした事があるが、日常的に使っているのを見た事はない。――こんな自己紹介でも、小石にとっては一世一代の勇気が要る事だ。俺や父さんと話す時にだけ現れる、あの快活な少女の姿をここで見るのには、まだ長い時間が掛かるだろう。

「……荏田勇。荏田家には幻覚魔法が伝わってるから、それが得意。好きなのはお菓子」

 勇が無表情のまま、そう言う。ぶっきらぼうながら、こうやって参加してくれているのを見ると、ここに連れてこられたのもまんざらでないらしい。……あと、ズボンでなくスカートを穿いていたら、女の子にしか見えないという事も忘れてはいけない。美少年、という立ち位置は、やはりモテモテなのだろうが。羨ましい話である。

「えっと、大原清介だ。俺と小石は兄妹だけど、俺は血筋素養で小石が変異素養――まあ、色々あってな。得意な魔法は浮遊魔法だけど、まだ自慢できないぐらいのものだ」

 と、俺も自己紹介をする。こういう場になると、急に何を話して良いか分からなくなる。父より、母の性質を受け継いでいるのだろう。

「はいはーい! 皆のアイドル、尾田の桜花ちゃんです! 尾田家にはテレパシーの魔法が伝わってるけど、私は何にも覚えてなぁい! という事で、得意魔法はお菓子を出す魔法かな?」

 次に、桜花が喋る。やはり、小石から俺までの三人と比べるとかなり声色が明るい。髪は微妙に赤みがかった黒髪で、セミロングぐらいの長さを後ろで縛ってポニーテールにしている。そえから、ここに居る女の子の中では一番に――仮に勇を女の子に数えても――身長がある。

「田村葵です、一年一組に居ます。田村家にも家伝の魔法はあるのですが、秘伝のものなので教えられません、ごめんなさい。まだまだ未熟者ですが、よろしくお願いします!」

 葵ちゃんは、そう言って、座りながらだがお辞儀をした。葵ちゃんは、黒髪を左右に振り分けたツインテールをしている。他の生徒ではあまり見かけない髪形だから、遠くからでも葵ちゃんが居れば分かるという事になる。

「矢井田時子と申します。矢井田家もまた、葵様のお宅のように、秘伝の魔法が伝わっております。それ以外となりますと、移動魔法はやや、人並みに扱えます」

 時子は、全く何も喋らずに立っていれば、その眼鏡とぱっつんと切った前髪で、真面目で地味な女の子に見える。だが、今日の対戦実技の時の力強い声色と作戦立案、そして今の物腰柔らかな自己紹介を見ると、人は見た目で判断できない、という事を痛感させられる。

「これで全員……か」

 中学校の頃にも、当然友達は居たが、こうも早く打ち解けられた訳ではない。その意味で、明青学園での一歩目は、かなり成功を収めたと言って良い。小石を見る。小石はちょうど、何とか勇の心を動かそうと、必死で離し掛けているところだった。その景色は、いつかの俺の理想の絵に、よく似ている気がした。




 寮の十階の調理室を使って、カレーを作った。途中、桜花が悪戯で砂糖をたっぷり放り込んだせいで、菓子屋もびっくりの甘味カレーになってしまったが、これも矢井田家特製と言うスパイスを時子が入れると、程よく辛味が増して――勇はかなり不満そうだったが――美味しいカレーに仕上がった。完成したカレーを、炊いた米と一緒に部屋へ持ち帰る。カレーでベッドを汚してはいけない、というプレッシャーもあって、かなり窮屈な思いをしながらの食事だったが、そんな不満よりもずっと楽しさの方が勝っていた。

 その後、時子の持ってきたケーキを平らげたところで、葵ちゃんの部屋の高そうな木時計が八時半を告げた。午後九時までに、俺と司は女子寮を出ないといけない。全員でメールアドレスの交換をした後、俺と司は会を抜けて、それぞれの部屋へと戻った。

 部屋に帰りつく。――やたらに体が重い。一ノ瀬先生が言っていた疲れと言うのは、これの事だろうか。俺は、眠りかけの脳で何とかシャワーを済ませると、そのままベッドに入って、夢の中へと落ちていった。

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