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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編二章 不死鳥の死 【Free dragon Air=Loid】
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21話‐1 君という夢の終わり

 しっとり、安らかな潤いのある瞼を持ち上げ、俺は目覚めた。

 白いシーツに、当たり前に居心地の良いスプリングに手を突き、けだるい体を持ち上げる。自室のベッドでうつ伏せに眠りこけていたようだ。

 電灯をつけなくても室内は明るい。寝起きで働かない頭は冷静な判断がつかず、


「……今、何時だ……?」

 無意識にこぼれ出た言葉に従い、目覚まし時計のあるはずの場所へ目をやる。しかし、そこには何もない。おかしいな、と考えつつ壁へ目をやるとそこにぶら下がったカレンダーは。

 ……目覚まし時計を買ったのって、春先だったはず。今はまだ冬の季節。と、いうことは。


 釈然としない頭を振る……どうやら、長い長い、夢を見ていたような気がする。

 夢だったのだ、そう思うと、ほっとするような気がした。なのに反面、すっきりしないような気もした。俺は一体何をそんな、ナイーブなこと考えているんだろう。自分らしくない上に馬鹿らしい。夢なんかに当てられて、目覚めていちいち落ち込んでいるなんて。

 しっかりしろよな、なんて自ら叱責して。ふと窓の外に見えたものに魅かれ、俺はベランダへと歩きだした。


 ベランダへ出ようとして、積み重なったそれに気付いて裸足の足を引っ込める。

「雪だ……」

 ベランダはおろか、我が家のある団地へ続く長い道や、眼下に広がる森の木々まで、雪はすっかり積み重なっていた。

 この地域でも、こんな風に雪の降る時があるのか。確かに昨日の天気予報では昨夜雪が降り、朝には積もっている可能性があるとは言っていたけど、あまり本気にしていなかった。


 そうだ、もし雪が積もったら雪遊びをしようって、涙さんと約束したんだった。この地域で育った彼女は――いや、そうだったっけ? そこのところはちゃんと聞かなかったようで、うろ覚えだけど――雪が積もったのも見たことがないし、もちろん雪遊びなんてしたことがないと言っていた。

 ゆきだるま作りたい、ゆきうさぎも作ってみたい、雪合戦もしてみたいな……そんな夢を語っていた。

 俺はパジャマを着替え、ダウンジャケットに長靴、手袋の完全装備で家を出た。


 そういえば、結局今は何時くらいなんだろう。居間の時計でも見てくれば良かった。昼というにはほの暗いから、もしかしたら夜明け直後だったりするのかもしれない。家族は誰も起きていなかった。せっかくの積雪で、団地前の広場は格好の遊び場所だというのに、子供達さえ誰ひとり出てきていない。


 ……想いを寄せる相手との約束だからって、夜明け直後には目が覚めてるとか、どれだけ楽しみにしてたんだって話だよな。自分で自分に苦笑しつつ、胸の奥に芽生え始めた違和感を無視し続ける。

 人間の島のあちらこちらを転々と暮らしてきた我が家は、雪深い町に住んでいた時期もある。半年という、割合長い期間滞在していたその場所で、短い間とはいえ友人達と雪遊びをするのは確かに楽しかった。現在はその地域の誰とも、親交はないのだけど……。


 雪は不思議だ。音もなく降りしきる雪に周囲の音まで吸い込まれてしまうかのように、町は静寂に包まれる。普段の地面を覆い隠してしまう分厚い雪、その下にはいつも通りの土などなく、踏み抜いたら別の世界へ落ちていってしまいそうな。しかし実際に踏んでみるとさくっとあっけない、儚いばかりの積雪。そうして柔いと思わせながら、その冷たさは容赦なく生き物の体温を奪うのだ。


 ひとりきりで誰かを待っているというのは、余計な空想を働かせるのか。うっかり人前で口にしたら失笑を買いそうなことを考えている自分が可笑しい。けれど別に笑える気分ではなく――なんだか胸の内がからっぽで、虚しかった。


「……何をしているんだ」

「決まってるだろ。涙さんを待ってるんだよ」


 左方向から聞こえてきた声に、相手を確認もしないまま反射で答えていた。そうしてから、それが馴染みのあった――懐かしい人の声だと認識して、ゆるゆると そちらへ目を向ける。見てしまったら……この、ささやかで穏やかな時間が終わってしまう……そんなおそれが、彼との対面をためらわせた。


「ヴァニッシュ……」

 名残惜しい気持ちを噛みしめながら、俺は見た。そこに立っていた、銀の髪と瞳、その白んだ輝きに対抗するように黒いロングコートをまとった男の姿を。奇怪なことに雪の上に歩いてきた足跡も残さず立ち尽くす彼には、表情がなかった。感情を隠すのが下手で、さらにそれを言葉にするのも苦手で、いつでもありったけの想いを顔に出していたヴァニッシュらしくない、その顔。


 彼と出会ったのは今年の春先のことで、その時には俺はすでに、人間の島での当たり前の暮らしなど失っていた。ティアー達と共に、魔物と関わりのある世界の住人だった。

 だからこれは……この穏やかな冬の景色の中にヴァニッシュがいるということは。ここは俺にとって都合のいいだけの世界であり、夢でしかない。そういうことだった。


 無表情のまま、ヴァニッシュが歩を進める。さく、さくと雪を踏みしめる音はしない。彼の足は持ち上げて地面に着くたび雪に吸い込まれるようにおぼろだった。


「……このままここで待ち続ければ、もう一度ティアーに会えるかもしれない。もちろん、ティアーも俺も、そんなことは望まないが」

「わかってるよ……」

 そして俺自身も、おそらく、いや確定的に、そんなことを望んでいやしないんだ。もしも、この夢が永遠であることを望むのなら……ここにはヴァニッシュだけでなくティアーだって現れたはずで。


 その事実もまた、自己嫌悪の要因だった。ああ、俺はすっかり、過去と折り合いをつけてしまっている。しかしもう一度ティアーの顔を見てしまったなら、さすがに心がぐらつくだろう。あるいは心が痛むだろう。だから、ここにヴァニッシュを呼んでしまったんだ。俺にとって都合の良い言葉で、夢から覚ましてくれることを望んで。


「ごめん……ヴァニッシュ……」

 いたたまれなさから、思わず口をついて出る。本当は、もう喋るべきではない。ここは夢の中で、何を話しても、返ってくるのは「俺の望んだヴァニッシュの言葉」でしかないんだから。

 案の定、ヴァニッシュはゆるやかに首を振る。


「……いいんだ。君の未来を守ることが、俺達の生きる全てだった。俺達は、守るべき主があって初めて、ワー・ウルフとしての命を全う出来るのだから」

 わずかな期間ではあったが、人間の島で共に過ごしたあの安らかな日々でさえ見せなかった、春の日の森の木漏れ日のように暖かな笑みを浮かべた。


「……ありがとう。俺とティアーは、君に出会えて、幸せだった」


「……なに、言ってんだよ。礼なんて……そんなの、言わなきゃなんないのは、俺の方じゃないか」


 思わず、口走ってしまう。「ずるい」と、あまりに的外れなことを。いつも先にいっちまって、ずるいよ、なんて勝手なことを。


 おかげで俺は、ティアーにもヴァニッシュにも、何のお返しも出来なかった。いつか強くなって、今度は俺も、ティアー達と助け合って生きていくんだ。そう思っていたのに、その時を迎えるまでにふたりを失ってしまった。


 これが最後の冬だと知っていたなら俺だって、「もし雪が積もったなら雪遊びをしよう」なんて、悠長なことを考えやしなかったんだ。次の機会などないとわかっていたら、確実に積雪のある地域にでも、彼女の手を引っ張って連れていったのに。


 俺は最後まで、彼女に甘えっきりだった。俺の手を引いて、ティアーは俺を別の世界まで連れてきてくれた。いつかお互い大人になった頃には、俺が彼女の手を引いて歩けるようになりたい。そんな風になれることを夢見ていたのに。


 ずるい、なんて身勝手なことを言ったのに、彼は俺を責めることもなく、優しい笑みを崩すこともない。


「……これからは、違う。敦はティアーが行けなかった、ずっとずっと先の時間へ歩いていくんだ。そのためにはまず、この夢から覚めなければいけない」


 ……それで、いいんだろう? そう訊ねる、背の高いヴァニッシュを見上げて、俺は頷くしかなかった。


 こうして亡き友人と対面しても、そこに悲しみも喜びも感じられない。ただただ在りし日の自分、そのふがいなさが悔しいばかりだった。


 頷いて下げた頭を、もはや持ち上げることさえ出来ない。コートの黒を闇に見立ててくるんでしまうように、ヴァニッシュは俺の背中を抱いた。彼の持つ銀がそうさせる、魔力が胸の中心から漏れ出すようなかつてあった感覚はない。お互いの体温も、雪の冷たさも……要するに、温度というものが感じられない、。夢の世界というのはなんて、悲しいものなんだろう。そう思いながら、俺は目を閉じた。


「ふたり共、ありがとう……いつか、また」

 幻だとわかっていても、そう、言わずにはいられなかった。



「事情はわかった。それで、どういうわけで僕の家にその高泉敦を寝かせることになったっていうんだ」

「フェニックスのこと、解決出来たら敦のソースとしての処遇は解くって約束したのにさ。念のため、アクアマリンにいる時は聖に面倒みさせろってさ。同じ人間のよしみとかもっともらしいこと言ってたけど、要するに監視対象ってことだろ? ハイリアの奴も大人げないったら」

「まったく……。おまけに、人の家で夢魔にまでとり憑かれてくれて、はた迷惑な」


 隣の部屋……なのだろうか、距離感のある場所から届く声。起きかけの頭では話の内容までは理解出来ないが、ひとりは梓で、もうひとりは知らない誰かの声ってことはなんとなくわかった。


 かさかさ、音さえ立てそうに乾いた瞼を持ち上げるのには難儀したが、そうして俺は目を開けた。やや固めの質素なベッドに対して、大げさなくらいに柔らかな枕と掛け布団。頭をゆるく持ち上げられるような枕の厚みに、まず視界に入ったのは骨に皮がはりくように枯れ枝じみた自分の腕と、その指先に触れそうな場所、……椅子に腰掛け布団に上半身を預けた状態で眠る、シュゼットだった。


 状況を理解して安堵を得る前に、俺は別の事実に気を取られていた。シュゼットの寝顔に残る、涙の痕。彼女の投げ出した手のひらにある白い便せん。


 ほとんど意識を取り戻していない頭が、自然、その手紙を手に取った。

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