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狼少女が好きすぎた魔力最強高校生が、魔物の世界で認められるまで頑張ります。【GREENTEAR】  作者: ほしのそうこ
本編二章 不死鳥の死 【Free dragon Air=Loid】
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21話‐2 君という夢の終わり

小笠原 楓 さま


 ひさしぶりです。元気にくらしていますか?


 人間の島での生活にもなれ、手紙を書くよゆうが出てきたので、さっそくカリンに手紙を書くことにしました。話したいことがたくさんあったから。


 だけど人間の文字を使うのってやっぱりまだまだむずかしくって、出張所の管理人をやってるジャックがつきっきりになってくれて、ようやくこの手紙も書けました。「おがさわらかえで」っていう名前もこの字であっているのかな。たぶんこれでいいとおもうよってジャックは言ったけど。


 文字だけじゃなくて、人間の島に来て一番たいへんなのは、学校の勉強についていくことです。同じ勉強を十年くらいやってきた人間のみんなにはどうしてもかないません。決まった点数より上を取らないと学校にもいられなくなっちゃうので、テストの前だけはちょっとだけ学校がいやになります。でもまどかや ゆたかがいっしょうけんめい教えてくれるので、ティアーはしあわせだとおもいます。


 だけどまどかには、いくら敦でもあんたがこんなにおばかさんだとわかったらどう思うかしら、なんてからかわれてしまいます。敦は本当のおねえさんよりもおねえさんっぽい涙が好きなのよ、って言ってました。だとしたら成績のことは敦にわからないようにしたいです。でも本当は、今でもたくさんのことを敦にかくしているのに、これ以上ひみつが増えるのはいやです。


 少し前に、敦が人間の女の子に「好きです」って言われているところを見てしまいました。まどかもいっしょの三人で花火大会を見に行くやくそくをして、まちあわせの時間のちょっと前でした。


 それを見た時は時間が止まってしまうんじゃないかってくらいにショックで、敦がことわったからついほっとしてしまいました。あの女の子はことわられてかなしかっただろうに、そんなふうにおもってしまう自分がとてもいやでした。


 その時おもったのは、ああ、ティアーはやっぱり、人間じゃないんだなあってことでした。ティアーはあの女の子が敦にしてあげられるたくさんのことを、なにひとつしてあげられません。おなじ時間をいっしょに生きていくことさえ、ティアーにはできません。


 なにも見なかったふりをして敦といっしょに花火大会に行って、いつもどおりにわらっていることがその時はとてもつらかった。


 空にのぼる大きな大きな花火はきれいだったけど、これだけのものを作るのにたくさんの時間をかけて、たったいっしゅんで消えてなくなってしまうなんてさびしい、っておもいました。しぬっていうのは安らかなねむりのことだと思っていたけれど、あの花火のようにいっしゅんではじけて消えてなくなってしまうことなのかもしれません。


 ティアーも、そう遠くない先にはもうしんで、このせかいから消えてなくなってしまうのかとおもうと、花火を見上げながらどんどん泣きたいきもちになりました。敦もまどかも心配するだろうから、ふたりとわかれて森の奥へ帰ってわんわん泣いていたら、ヴァニッシュが一晩中ティアーのそばにいてなぐさめてくれま した。


 人間のふりをするのがつらいなら、もう、敦に本当のことをぜんぶ話した方がいい。ヴァニッシュもそう言ったけど。


 これからもティアーは、あの女の子みたいに自分の気持ちを伝えることも、本当の自分を見せることも、出来ないとおもいます。だって敦は、「海月 涙」と いう人間のふりをしたティアーしか知らない。ティアーが、魔物の世界で生きてきた本当の自分を隠してきたから。そんな姿は見せられっこないんだもの。


 本当は、わかってるの。敦はティアーが魔物だって知ったとしても、きっと見る目をかえるような人間じゃない。そういうまっすぐなところを感じるもの。そういうやさしいところが、ティアーは大好きなんだもの。


 そうわかっていても、ティアーは、本当の自分を見せるのがこわい。作りものの自分の、幻みたいなくらしだとわかっていても、敦といっしょにいられて、人間の女の子として生きていられる日々をさいごまですごしていたい。そんな気持ちをどうしてもあきらめられなかった。


 ティアーの心は、どうしてこんなに弱いんだろう。普通の魔物だったらこんなささいなことで、いちいち泣いたりしないはずなのに。


 この世界の何より強い、太陽みたいになれたらいいのに。そうしたらきっとこんな小さなことでいちいち悩まないでいられたのに。


 そうでなかったら、せめてヴァニッシュみたいに、ちゃんとしたワー・ウルフでいられたらよかったのに。そうしたら敦だけをこんなにも好きになって、泣いたりしないで済んだかもしれない。


 ティアーも、敦と同じ人間に生まれたかった。強い力も、自由な暮らしも、大森林の恵みも何もいらないから、ただ敦とずっと一緒にいたかった。


 だけどね、たったひとつ、ティアーに出来て、人間の女の子が敦にしてあげられないことがあります。


 それは、敦を守ること。


 ソースとしてねらわれる敦を守ることは、人間の、かわいらしい女の子には出来ません。ティアーが魔物に生まれたから出来ること。


 だからティアーは、さいごまで、敦を守ります。ティアーが魔物に生まれたことをほこりに思えるのはただひとつ、それだけだから。


 カリンにも、好きな男の子がいるってはなしてくれたよね。どうかカリンは、ティアーの分も、好きな人と一緒に生きていけたらいいな。もしティアーがねむりにつくその時は、敦のしあわせと、仲間たちのしあわせと、カリンと好きな人のしあわせをいのります。


 それでは、お体に気をつけて、しあわせに長生きをしてください。


海月 涙 より



 ……静か、だった。すぐ目の前で眠るシュゼットの息遣いも、先ほどまで聞こえていた隣室の会話も届いてこない。それらが世界から失われたわけではなく、俺の感覚が、音というものを意図して遮断しているのだろう。


 全身全霊でもって、俺は、ティアーの声を思い起こそうとしていた。彼女の残した手紙が、彼女の声で再生されるように。……でも、出来なかった。 ティアーを喪って数ヶ月しか経たないというのに、その声はすでに思い出せない。俺にとって何よりいとおしく映った彼女の笑顔は、思いだそうとすれば今でも浮かぶ。それさえかろうじてつなぎとめた記憶なのであって、時が経てばいつかは失われるのだろう。


 それももちろんそうなのだが、何より悲しいのは――俺はすでに、彼女を思って涙を流すことさえ、出来そうにないという事実だった。こんな強烈な手紙を目にしたというのに、こみ上げてくるのは悔恨ばかり。哀切などそれに押し流されてしまう。ティアーの無念と、それにこれっぽっちも気付いてやれないまま、彼女を送り出してしまった自分の愚かしさに。


 大切な人達を喪った悲しみは、彼らを想う涙を流し尽くして手放すしかない。そうして自らは未来を見据えて、また歩き出さなければならない。ヴァニッシュの友人、タマちゃんから教わった処世術は、それこそ悲しいばかりに的確だったようだ。


 ティアーやヴァニッシュが生きている間に何もしてやれなかったくせに、彼らの死に涙することさえ出来ない。そんな自分の薄情が、空っぽの胸の内に虚しく響く。残っていない感情はやはり出てこない。いとしかった人々が過去になってしまうおそろしさに、一度だけ、体に大きな震えが訪れた。きしんで不自由な腕で自らの肩を抱くと、持っていた手紙を取り落とす。やわらかな掛け布団の上にそよと落ちる様を見届けると同時。


 俺は、決意した。そして納得もした。俺が何をすべきか、俺に何が望まれているのかを。


 梓とカリンのすれ違いを見ていて、俺はなぜあんなにも動揺したのか。それはふたりの関係性が、在りし日の俺達を連想させたからだ。カリンと同じ人間として生きられない、人間の男としてカリンを幸せにしてやれない、同じ時を生きられるかもわからない……それが、梓の悩み。梓の真実を知りながら一歩を踏み出せず、なりゆきを見守るしかないカリン。悩みを抱えていたティアーを見過ごし、いたずらに時を過ごしてしまった俺は、結局は彼女を救えず先立たせる羽目になった。後悔、なんてレベルではなく、それは確実に俺の「過ち」だった。


 梓とカリンがお互いに好き合っているなら、いかに障害があろうとも、その想いを貫くべきだ。そうしなかった俺が現在背負う羽目になった過ちと、この苦痛を、他の誰にも味わわせたくない。俺の知っている全てを伝えて、反面教師として、彼らには別の道を進んでいってほしい。


 思えば、春日居先生が俺に期待したのだって、こういうことだったのだろう。春日居先生はこのアクアマリンで、人間の島での人生を捨ててひとりきりで生きていく選択をした人だ。梓に、孤独ではない幸せを説いたところで説得力がない。そうしなかったことに心から苦しめられた俺だから、出来ることがあるはずだ。


 もう手紙の文面……彼女のしたためた言葉を目にするのがつらくて、俺はそっと手紙をとじる。いとしい彼女の頭をなでるみたいな手つきで。そうして目を閉じて、思う。


 ティアーは、普通の魔物だったらこんなことで悩まない、なんて嘆いていた。自分の弱さを責めていたけれど、その必要はなかったんだ。もはや伝えることは出来ないけれど。


 聡明なエリスだって、実らない想いと知りながらそれを捨てられないことに心を痛めた。最強の種族とたたえられるタイタン族のライトさえ、若き日のたった一度の過ちに今も縛られている。彼は言った、誰もみな、涙をこえて生きているのだと。


 俺はティアーを、意思が強く、輝きを放つばかりに魅力と生気溢れる、太陽のような女性だと思っていた。そんな彼女に好意を抱いていた。それが見当違いであり、彼女を苦しめる根本になるとも知らず。


 どんなに強く見えたとしても、太陽になれる人間なんかいない。そんな理想や幻想を、個人に押しつけるのは手前勝手であり、事によってはその重みを相手に押しつけることになるんだ。


 何となしに、おろしていた瞼を持ち上げると、ちょうど目を覚ましたらしいシュゼットがこちらを見た。勢い、彼女は身を起こすと、所在なく放り出していた俺の手を取った。骨の形がわかりそうに落ちくぼんだ俺の腕、しかしひからびているでなくしっとりと潤いがあるのは、約束通りウンディーネのセリオールの助けなのだろうか……などと考えて、その手に落ちたシュゼットの涙への反応が遅れる。


 泣き崩れ、止まることを知らないようにこぼれ落ちる涙を、無意識か彼女は掴んだ俺の手の甲で拭っている。祈りにも似た姿勢……まだ涙の出る彼女が、ほんの少しだけうらやましかった。


 この涙を出し尽くしたら、シュゼットの新しい人生が始まるんだ。彼女はもう、フェニックスではないのだから。


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