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喋れないふりをするのが面倒になりました

 一歳になった俺は、少し困っていることがある。


 ――喋れないふりが、面倒になってきたのだ。


 体の成長とともに、もう普通に発声することができる。


 頭の中では、何を言えばいいのかも分かっている。


 でも、今までずっと赤ん坊として振る舞ってきた。


 意味のある言葉は話さない。


 声を出しても「あー」とか「うー」とか、それくらい。


 そのほうが怪しまれないと思っていたからだ。


「レオン、これ!」


 今日もカイルが、おもちゃを持ってやってくる。


「レオン、見て!」


 アリシアも隣から声をかけてくる。


 二人とも俺に話しかけてくれる。


 俺も当然、言いたいことはある。


 おもちゃを見て。


 遊びたいと言いたい。


 お腹が空いたと言いたい。


 喉が渇いたと言いたい。


 もっと簡単に伝えたいことは山ほどある。


 なのに。


「だぁ……」


 いつも通り、赤ん坊らしい声しか出さない。


「ほら、レオン笑った!」


 アリシアが嬉しそうにする。


 俺は心の中でため息をついた。


(……これ、いつまで続けるんだ?)


 最初は仕方なかった。


 生まれたばかりだったし、そもそも本当に身体を動かせなかった。


 でも今は違う。


 歩くことも少しずつできる。


 人の言葉だって完全に理解している。


 それなのに、喋れないふりを続けている。


 よく考えたら、かなり面倒だ。


「…………」


 俺はカイルを見る。


 五歳の兄。


 毎日のように俺と遊んでくれる。


 アリシアを見る。


 三歳の姉。


 何かと俺の世話を焼いてくれる。


 母さんを見る。


 毎日、俺たちの面倒を見ている。


 みんな家族だ。


「別に……いいか」


 もう隠し続ける必要もない気がしてきた。


 ただし。


 いきなり普通に喋ったら、さすがに驚かれるだろう。


 だから、まずは簡単な言葉から。


 俺はカイルの持っているおもちゃを指差した。


「……これ」


「え?」


 カイルが固まった。


 俺も固まる。


(……言えた)


「今、喋った?」


 カイルが俺を見る。


 母さんも振り返る。


「レオン?」


 俺は少しだけ頷いた。


「これ」


「おもちゃ?」


 カイルが確認してくる。


「うん」


 また声が出た。


「レオンが喋った!」


 カイルが大声を上げる。


 アリシアも驚いている。


「レオン、しゃべった!」


「ええ……」


 母さんは目を丸くしていた。


 俺自身も、少し緊張していた。


 でも、思ったほど難しくない。


 当たり前だ。


 話すこと自体は、前世からやっていたのだから。


「お母さん!」


 アリシアが母さんに駆け寄る。


「レオン、しゃべった!」


「ええ。聞こえたわ」


 母さんは俺のところまで来る。


「レオン、もう一度話してくれる?」


 そう言われる。


 俺は少し考えた。


「……おかあさん」


「!」


 母さんが目を見開いた。


 それから、嬉しそうに俺を抱き上げる。


「レオン……!」


 ぎゅっと抱きしめられる。


(……そんなに喜ぶのか)


 少し恥ずかしい。


 でも、悪い気はしなかった。


「レオン!」


 カイルも近づいてくる。


「僕の名前は?」


「……カイル」


「やっぱり!」


 大喜びだ。


 アリシアも負けずに聞いてくる。


「わたしは?」


「……アリシア」


「わぁ!」


 アリシアも嬉しそうに笑う。


「レオンが名前呼んでくれた!」


 兄も姉も、さっきまで以上に俺の周りに集まってくる。


(……しまった)


 喋れるようになったことが、思った以上に大変なことになった。


「レオン、これ分かる?」


「これは?」


「こっちは?」


「カイル、あまり一度に聞かないの」


 母さんが止めてくれる。


 でも、二人とも嬉しそうだ。


 俺はその様子を見ながら思った。


 喋れないふりをするのは、もうやめよう。


 別に、前世のことまで話す必要はない。


 転生したことも秘密にしておけばいい。


 ただ、普通の子供として話せばいい。


 そのほうがずっと楽だ。


「……もっと早く喋ればよかったな」


 口に出す。


「また喋った!」


 カイルが叫ぶ。


 俺は苦笑した。


 これからは、少しずつ言葉を覚えた普通の子供として振る舞っていこう。


 そうすれば。


 これまで聞くだけだったことも、自分から聞ける。


 この国のこと。


 この家のこと。


 魔法のこと。

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