神童だと思ったら、悪魔憑きでした
最初は順調だった。
「これ」
「おもちゃ?」
「うん」
カイルが喜ぶ。
アリシアも喜ぶ。
母さんも喜んでくれた。
俺は思った。
(これなら、もっと早く喋ればよかったな)
そう思っていた。
――この時までは。
◇
俺は前世で、転生ものの小説を何冊か読んだことがある。
だいたい、こういう展開だ。
一歳くらいの主人公が、普通の赤ちゃんではありえないほど流暢に喋る。
「お母さん、お水」
「まあ! この子、もう喋れるの!?」
そして、大人たちが驚く。
「まさか……」
「この年齢で、ここまで明確に言葉を……?」
主人公が、少し難しいことを言う。
「将来について、ちゃんと考えないと」
すると。
「な、なんということだ……!」
「この子は神童だ!」
「天才に違いない!」
周囲が勝手に盛り上がる。
ついには、赤ちゃんの言葉を一言一句ありがたそうに聞き始める。
「今日は何を考えていたんだ?」
「これはどう思う?」
「おお……! そんなことまで考えているのか!」
主人公、絶賛。
主人公、持ち上げられる。
主人公、期待される。
――そんな世界。
俺も、少しくらいはそうなるのかと思っていた。
だから、喋った。
なのに。
◇
「おとうさん、おかえり」
父さんにそう言った。
父さんが固まった。
「……今、なんと言った?」
「おとうさん、おかえりなさい」
もう一度言う。
父さんは俺の顔を見る。
じっと見る。
まるで俺が人間かどうか確認するみたいに。
「……そうか」
「?」
なんだ、その反応。
小説ならここは、
『な、なんという発音だ……!』
『一歳児とは思えない!』
『この子は間違いなく神童だ!』
とか言うところじゃないのか。
現実は違った。
父さんは母さんを見る。
母さんも父さんを見る。
二人で目を合わせる。
俺を見る。
また二人で目を合わせる。
「…………」
(なんだ、この空気)
俺が悪いことをしたみたいじゃないか。
◇
翌日。
俺は廊下をハイハイしていた。
すると、使用人二人の会話が聞こえた。
「……あの年齢で、あれほど話せるなんて」
「ええ」
「やっぱり普通ではありませんよね」
「……ええ」
ふむ。
そこまでは、まあ普通だ。
珍しい子供だと思われているだけかもしれない。
そう思った。
「神童かもしれませんね」
「え?」
お。
来た。
神童。
やっぱりそうだよな。
一歳でこんなに喋れるんだから。
俺は思わず聞き耳を立てた。
すると。
「……いえ」
「え?」
「神童なら、まだいいのですが」
「……まさか」
「悪魔憑きでは……」
「…………」
(は?)
◇
その日の午後。
俺は母さんのところへ行った。
「おかあさん」
「なあに?」
「なんで、みんなこわそうなの?」
「…………」
母さんの顔が固まった。
「どうして、そう思うの?」
「みんな、ぼくを見るとへんな顔する」
母さんはしばらく黙っていた。
それから、俺を抱き上げる。
「大丈夫よ」
「ほんと?」
「ええ。大丈夫だから」
声は優しい。
けれど、抱きしめる腕には力が入っていた。
やっぱり、何かある。
でも、母さんが俺自身を怖がっているようには見えない。
むしろ――。
(俺に何かあることを、怖がってるのか?)
俺は少し考えた。
そして、聞いてみる。
「悪魔ってなに?」
「……!」
母さんの身体が、びくっと震えた。
「誰から聞いたの?」
「ろうか」
母さんは何も言わない。
ただ、俺をぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫だから」
もう一度、母さんが言った。
その声は優しい。
でも。
やっぱり、明らかに普通じゃない。
(……悪魔憑きって、何なんだ?)




