魔法の授業は契約外でした
「先生……」
「はい?」
「魔法を教えてください!」
俺は勢いよくお願いした。
ずっと聞きたかった。
魔法。
前世では、本やゲームの中にしかなかったもの。
それが、この世界には本当に存在する。
しかも、目の前にいるエレナ先生は、それを使える。
なら、教えてもらえばいい。
俺はそう思った。
「魔法って、どうやって使うんですか?」
「そうですね……」
エレナ先生が少し考える。
そして。
「教えることはできますよ」
「本当ですか!?」
「ええ。ただ……」
「ただ?」
先生が少し困った顔をした。
「それは私の家庭教師としての仕事には入っていないんですよね」
「…………え?」
俺は固まった。
「仕事に……入ってない?」
「はい」
エレナ先生は苦笑した。
「私はレオン様に、文字や計算、一般的な知識をお教えする家庭教師として雇われています」
「……魔法は別?」
「そういうことです」
なるほど。
言われてみれば、その通りだった。
「それに」
エレナ先生が続ける。
「魔法は、誰でも教えられるものではありません」
「どういうことですか?」
「魔法を使える人そのものが少ないんです」
「……そんなに?」
「ええ」
俺は驚いた。
魔法が存在することは知っていた。
でも、使える人が少ないとは知らなかった。
「ですから、魔法を使える人が、その知識を他人に教えるというのは、少し特殊なことなんです」
「……秘密みたいなもの?」
「完全な秘密というわけではありませんが」
エレナ先生は少し言葉を選ぶようにしてから、続けた。
「魔法を使える人が少ないからこそ、習いたいと思う人も多いんです。ですから、魔法を教えることにも、それなりの価値があるんですよ」
「なるほど……」
つまり、教える側にも価値がある。
ただで教えてもらえるものではない、ということか。
「でも、先生は使えるんですよね?」
「はい」
「だったら、僕にも……」
俺はお願いするように先生を見た。
「レオン様に教えること自体は、別に嫌ではありませんよ」
その言葉に、少しだけ期待する。
「ですが、勝手に私の仕事の範囲を増やすわけにもいきませんから」
「…………」
正論だった。
先生個人が教えたいかどうかではなく、雇われている以上、勝手には決められないのだ。
「……お父さんとお母さんにお願いしてみます」
「それがいいと思います」
エレナ先生は頷いた。
「お二人が正式に依頼してくださるのであれば、そのお話をすることはできます」
「分かりました!」
俺はすぐに母さんのところへ向かった。
◇
「魔法を習いたい?」
母さんが目を丸くする。
「うん!」
俺は今日のことを説明した。
エレナ先生が魔法を使えること。
魔法を教えてもらえること。
ただし、家庭教師の仕事には含まれていないこと。
「なるほど……」
母さんが考え込む。
「それなら、お父様にも相談しましょう」
「うん!」
その日の夜。
父さんが帰ってきてから、母さんを通じて俺のお願いを伝えてもらった。
「魔法を教えてもらいたいのか」
「はい!」
俺は元気よく答える。
「エレナ先生なら教えられるそうです」
母さんが補足する。
「ただ、通常の家庭教師の契約には入っていないそうです」
「なるほど」
父さんは少し考えた。
「魔法の指導を追加で依頼したい、ということか」
「はい」
母さんが頷く。
「先生ご本人は、正式な依頼であれば検討してくださるそうです」
「分かった。私から話してみよう」
俺は期待した。
これで魔法を習える。
そう思った。
◇
数日後。
父さんとエレナ先生の話し合いが行われた。
俺はその場にはいなかった。
大人同士の話だからだ。
それでも、話し合いが終わったあと、母さんから結果を聞いた。
「レオン、魔法の授業のことだけど……」
「はい!」
期待を込めて返事をする。
けれど、母さんは少し困った顔をしていた。
「今回は、お願いしないことになったわ」
「……え?」
俺は思わず聞き返した。
「どうして?」
「条件が合わなかったの」
「条件……」
「ええ。魔法を教えるとなると、普段の家庭教師とは別の依頼になるでしょう? その分の時間や報酬について話したのだけれど、うまく折り合わなかったそうよ」
「…………」
つまり、お金の問題か。
……本当に、それだけなのだろうか。
「魔法は、普通の勉強とは違うものだから」
母さんが続ける。
「先生にも先生なりの事情があるのよ」
「……そうなんだ」
俺は頷いた。
残念だった。
ものすごく。
目の前に魔法を使える先生がいる。
教えてもらえる可能性もあった。
それなのに。
「……駄目だったか」
思わず呟いた。
転生して。
六歳まで待って。
七歳になって。
ようやく勉強が始まって。
やっと魔法について教えてくれる人を見つけたと思った。
それなのに、簡単にはいかなかった。
「ごめんなさいね」
母さんが俺の頭を撫でる。
「また別の方法を考えましょう」
「……うん」
俺は頷いた。
◇
翌日の授業。
いつもどおり文字の練習を終えたところで、俺はエレナ先生に尋ねた。
「先生」
「はい、レオン様」
「魔法のことなんですけど……」
先生の手が、教材を片付ける途中で一瞬だけ止まった。
「父さんから、話は聞きました」
「そうですか」
エレナ先生は静かに頷いた。
「今回は残念でしたね」
「……先生は、魔法を教えたくないんですか?」
少し失礼な質問かもしれない。
でも、どうしても気になった。
先生は、俺に魔法を教えること自体は嫌ではないと言っていた。
それなのに、結局は教えてもらえなかった。
「教えたくない、というわけではありませんよ」
エレナ先生は穏やかに答えた。
「ただ、魔法を教えるというのは、知識を伝えるだけで済む話ではないんです」
「……どういうことですか?」
「魔法を誰に教えるのか。それによって、思わぬ問題が起きることもあります」
「問題?」
先生は少しだけ視線を落とした。
「貴族の方々には、それぞれのお付き合いや立場がありますから」
「…………」
それは、どういう意味だろう。
貴族同士の付き合い。
立場。
まさか。
「もしかして……派閥とか、そういうものですか?」
エレナ先生の表情が、ほんのわずかに変わった。
驚いたようにも見えたし、何かを確かめるようにも見えた。
「……よくご存じですね」
「えっ? いえ、今の話から考えただけです」
「そうですか」
先生は、それ以上は何も言わなかった。
でも。
その短いやり取りだけで、俺にも何となく分かった。
これは、単に授業料が足りなかったという話ではないのかもしれない。
俺の家は子爵家だ。
父さんは王都で仕事をしているけれど、俺は貴族の世界について、まだほとんど何も知らない。
そんな俺に魔法を教えることが、誰かにとって都合の悪いことになる可能性もある。
……いや、さすがに考えすぎか?
でも、先生の反応を見る限り、まったくの見当違いというわけでもなさそうだった。
「レオン様」
「はい」
「今は、勉強を続けてください」
エレナ先生は、いつもと変わらない口調で言った。
「知識を身につけることは、決して無駄にはなりませんから」
「……はい」
それ以上、先生は話してくれなかった。
俺も、それ以上は聞かなかった。
聞いてはいけないことがある。
七歳の俺でもそれくらいは分かった。




