現代知識チートの第一歩は、勉強でした
ある日のこと。
俺は自分の部屋で、ぼんやりと天井を見ていた。
暇だった。
ものすごく暇だった。
「…………」
六歳児の一日は長い。
前世の高校生だったころなら、学校へ行って、授業を受けて、友達と話して、帰ってからスマホを触る。
それだけで一日なんてあっという間だった。
でも、今の俺には学校がない。
文字もまだ習っていない。
本も読めない。
召喚魔法も、使い方すら分からない。
「……暇だな」
思わず呟いた。
そして。
「……あ」
ふと、あることを思い出した。
俺には、前世の知識がある。
十五年間、日本で生きていた。
学校にも通っていたし、テレビも見ていた。
ゲームもした。
漫画や小説も読んだ。
そして今は――異世界にいる。
「だったら……」
頭の中に、昔読んだ異世界転生ものの物語が浮かんだ。
転生者が前世の知識を使って、便利なものを作ったり、新しい料理を広めたり、商売を始めたり、技術を発展させたりする。
そして成功していく。
「現代知識チート……」
俺も、それをやってみたい。
そう思った。
ただ、同時に昔のことも思い出した。
悪魔憑き。
俺が一歳のころ、突然喋るようになったことで、周囲から怖がられた。
教会にまで連れて行かれた。
俺自身は何も悪いことをしていないのに、自分の中に何かいると思われているんじゃないか。
そう考えると、本当に怖かった。
だから、それ以来、俺はかなり自重してきた。
前世のことを知っていても。
知識があっても。
なるべく普通の子供として振る舞う。
変なことを言わない。
大人を驚かせすぎない。
目立ちすぎない。
ずっとそうしてきた。
でも。
「……もう、いいんじゃないか?」
今なら、そう思える。
あれから何年も経った。
父さんも母さんも、カイルもアリシアも、俺を普通に受け入れてくれている。
少しくらい変なことを言ったからといって、すぐに悪魔憑きだと思われるわけじゃない。
だったら。
「せっかく前世の知識があるんだし」
少しくらい使ってみてもいい。
そう思った。
せっかく二度目の人生なんだ。
前世では、高校生活が始まったばかりで終わってしまった。
今度は、自分から何かをやってみてもいいんじゃないか。
「現代知識チート……やってみるか」
そう決めた。
そして、俺は考え始めた。
何を作る?
何を広める?
何を変える?
「まずは……石鹸」
そこまで考えて、すぐに自分で却下した。
「いや、あるし」
この家にも普通にある。
俺は毎日のように使っている。
わざわざ自分で作る必要なんてない。
「紙もある」
本だって存在している。
「料理も普通に美味しいしな」
料理人がいるのだから、当然だ。
「……じゃあ、何だ?」
少し考えてみる。
服もある。
靴もある。
金属製品もある。
水も使える。
建物もしっかりしている。
俺が暮らしているアークライト家だって、かなり立派だ。
「…………」
そもそも、俺はこの世界が前世と比べて、どの程度技術的に遅れているのかすら知らない。
勝手に、
『異世界だから、現代日本よりずっと遅れているはず』
なんて考えていた。
でも、そんな保証はどこにもない。
「……当たり前か」
石鹸を使って、紙を使って、料理をして、建物を建てて、服を着ている。
文字だって使われている。
そんな世界で、
「石鹸を作ったぞ!」
「紙を作ったぞ!」
なんて言っても、たぶん。
「それがどうした?」
で終わる。
「…………」
俺は頭を抱えた。
現代知識チート。
思っていたより難しい。
というか。
**何がこの世界にないのか分からない。**
それが一番大きな問題だった。
前世の知識がある。
それ自体は間違いない。
でも、知らないものを作るには、まずこの世界のことを知らなければならない。
今、どんな技術があるのか。
どんな道具があるのか。
どんな料理があるのか。
どんな農業をしているのか。
どんな商売が普通なのか。
何が高くて、何が安くて、何に困っているのか。
それを知らなければ、
「日本ではこうだった」
なんて言っても、何の意味もない。
「……まず調べないとな」
そう思った。
でも、そこでまた問題がある。
俺はまだ文字を習っていない。
本も読めない。
自分で資料を調べることもできない。
「六歳児、無力すぎる……」
思わずため息が出た。
せっかく前世の知識があるのに、その知識を活かすための土台がない。
でも、少し考えて、俺は笑った。
「……まあ、いいか」
急ぐ必要はない。
俺はまだ六歳だ。
これから先、いくらでも時間はある。
まずは文字を覚える。
そして、この世界について知る。
その中で、
「これ、前世ならこうだったな」
と思うものがあれば、そのとき初めて考えればいい。
何もないところから、無理やり何かを作る必要はない。
今あるものを見て、足りないものを探して、自分の知識が使えそうなら使う。
そのくらいでいい。
「……うん」
今までの俺なら、悪魔憑きが怖くて、そもそもそんなことを考えるのさえ避けていたかもしれない。
でも、もう少しだけ自分の知識を使ってみてもいい。
変な子だと思われない範囲で。
普通の子供の思いつきとして。
少しずつ。
「現代知識チート……」
口にすると、やっぱりちょっとワクワクする。
いつか、俺にしか思いつかないようなことが見つかるかもしれない。
前世の知識が、この世界で役に立つ瞬間が来るかもしれない。
「……そのためにも」
まずは。
**この世界をもっと知らないとな。**
俺はそう思った。
現代知識チートへの第一歩は、どうやら発明ではなく――勉強らしい。
「……やっぱり文字、早く覚えたいな」
俺は天井を見上げながら、そんなことを考えた。




