貴族は学校に通わないらしい
「……そうなんだ」
俺は小さく答えた。
母さんは、そんな俺の顔を見ながら、少し困ったように笑った。
「そんなに学校に行きたいの?」
「うん……」
「貴族の家では、それぞれの家で教育を受けるのが普通なのよ」
「それぞれの家で?」
「ええ」
母さんは、分かりやすく説明してくれた。
「例えば、同じ貴族でも、何を大切にしているかは家によって違うでしょう?」
「うん」
「読み書きや計算はもちろん必要だけど、そのほかに歴史や礼儀作法、社交について学ぶ家もあるわ」
「なるほど……」
「家を継ぐ子供なら、家の運営について教える必要もあるでしょう?」
俺は頷いた。
確かにそうだ。
同じ年齢だからといって、全員に同じことを教える必要はない。
特に貴族なら、家によって将来の役割も違う。
「それに、家庭教師なら、その子に合わせて教えてもらえるでしょう?」
「学校だと、みんな一緒になるから?」
「そういうことね」
なるほど。
学校では、ある程度決まった内容を大勢で学ぶ。
家庭教師なら、その家や子供の将来に合わせて教えられるわけだ。
「それじゃあ、貴族はみんな家庭教師を雇うの?」
「そうね」
母さんは少し考えてから答えた。
「家によっては、複数の先生を雇うこともあるわ」
「複数?」
「ええ。読み書きや計算を教える先生。歴史や政治について教える先生。礼儀作法や社交を教える先生……必要なら、それぞれ専門の先生を呼ぶこともあるのよ」
「……すごいな」
思った以上だった。
前世の学校なら、先生が何人もいても、基本的には同じ集団を教える。
でも、この世界の貴族は違う。
必要なことを、それぞれ専門の人間から教わるのだ。
「じゃあ、学校は何のためにあるの?」
俺が聞くと、母さんは少し笑った。
「学校はね。家庭教師を雇うことが難しい家庭の子供たちが、教育を受けるための場所でもあるのよ」
「ああ……」
それなら分かる。
家庭教師を何人も雇える家ばかりじゃない。
学校なら、一人の先生が大勢の子供を教えられる。
だから、教育を受けるための受け皿になるわけだ。
「もちろん、それだけじゃないけれどね」
「ほかにもあるの?」
「ええ」
母さんは少し考えてから続けた。
「家だけでは学べないこともあるでしょう?」
「例えば?」
「同じ年頃の子供たちと一緒に過ごすこと」
「あ……」
「学校なら、家の中だけではできない経験もできるわ」
友達。
集団生活。
競争。
協力。
なるほど。
学校には学校の良さがある。
「それに、学校へ通うことで、人との繋がりが増えることもあるわ」
「人との繋がり?」
「将来、仕事をするときや商売をするとき、あるいは別の家と関わるとき。学校で知り合った人が助けになることもあるでしょうね」
「なるほど……」
ただ勉強をするだけじゃない。
人と知り合う場所でもあるわけだ。
「じゃあ、どうして貴族は学校に行かないの?」
「行かないのではなくて、行く必要がないのよ」
母さんはそう言った。
「学校で受けられる教育の多くを、家で用意できるからね」
「……なるほど」
さらに母さんは続けた。
「それに、貴族の家によっては、自分たちの家に合った教育を受けさせたいと考えるでしょう?」
「家に合った教育?」
「ええ。家を継ぐ子なら、家の財産や仕事について学ぶ必要があるわ。将来、他家との付き合いが多くなる子なら、社交や礼儀をより重視することもあるの」
「なるほど……」
つまり。
貴族だから特別な力が必要という話ではない。
その家で、どんな役割を担うことになるのか。
それに合わせて、学ぶ内容を変えるわけだ。
「それに、子供を外に出すことをあまり好まない家もあるわ」
「危ないから?」
「それもあるわね」
屋敷の外には、いろいろな人がいる。
貴族の子供なら、身分を知られてしまう可能性もある。
移動するにも、護衛が必要になるかもしれない。
家の中で教育できるなら、わざわざ外へ通わせる必要はない。
「それに、学校ではいろいろな家の子供が一緒になるでしょう?」
「うん」
「仲良くなることもあれば、揉めることもあるわ」
「……ああ」
それもありそうだ。
前世の学校でも、人が集まればトラブルは起きる。
ましてや、貴族の子供同士だ。
家柄や立場が絡めば、面倒なことになるだろう。
「だから、家で必要な教育を受けさせるほうが安心だと考える家も多いのよ」
「そういうことか……」
俺はしばらく考えた。
今まで俺は、単純に「子供なら学校へ行く」と思っていた。
でも、それは前世の日本での常識だった。
この世界では違う。
貴族の家なら、自分の家で教育する。
学校はある。
でも、全員が行く場所ではない。
そして、学校へ通いたいと思えば、通わせてもらえる可能性もある。
それなら――。
「俺が学校に行きたいって言ったら?」
聞いてみる。
母さんは少し考えた。
「お父様と相談することになるでしょうね」
「じゃあ、行ける可能性はある?」
「可能性はあると思うわ」
「……!」
少しだけ胸が高鳴った。
完全に可能性がなくなったわけではない。
「でも、六歳の今すぐという話ではないわね」
「……そうなの?」
「ええ。まずは家で必要なことを学んで、それから考えることになるでしょう」
「そっか……」
まだ先か。
それでも、完全に諦める必要はなさそうだ。
俺は少しだけ希望を取り戻した。




