兄と姉
――生まれてから、二日が経った。
俺には、まだどれくらい時間が経ったのか、よく分からない。
眠って。
起きて。
泣いて。
何かを飲んで。
また眠る。
その繰り返しだ。
目が覚めている時間より、眠っている時間のほうがずっと長い。
身体も、まだほとんど自由に動かせない。
首を動かすことも難しい。
目も、まだよく見えない。
明るいか暗いか。
近くに何かがあるか。
その程度しか分からない。
(……本当に赤ん坊なんだな、俺)
改めて思う。
前世では十五歳。
高校に入学したばかりだった。
それが今では、生まれて二日の赤ん坊。
何度考えても、現実味がない。
ここがどこなのかも、まだよく分からない。
ただ、周囲で話されていることは普通に理解できる。
だから、目が覚めているときは、できるだけ周囲の会話を聞くようにしていた。
何か分かることがあるかもしれない。
今の俺にできるのは、それくらいだった。
◇
「レオン、今日はお兄ちゃんとお姉ちゃんが見に来るわよ」
母さん(だよな?)の声が聞こえた。
(お兄ちゃんとお姉ちゃん?)
俺に兄と姉がいるらしい。
そう思っていると、廊下から足音が聞こえてきた。
「母上!」
元気な男の子の声。
「まだですよ。静かに入りなさい」
「うん!」
扉が開く。
続いて、もう一つ。
少し小さな足音が聞こえてきた。
「レオン、いる?」
今度は女の子の声だった。
(……二人いる)
俺が耳を澄ませていると、男の子が近づいてきた。
「レオン?」
すぐ近くから声がする。
「これが弟?」
「そうですよ」
母さんが答える。
「まだ生まれて二日ですよ」
「小さい!」
子供らしい、素直な声だった。
「カイル、触るなら優しくね」
「分かった!」
その名前を聞いて、俺は覚えた。
カイル。
どうやら、この子が俺の兄らしい。
「レオン」
カイルが俺の名前を呼ぶ。
「僕、お兄ちゃんだよ」
(お兄ちゃん……)
やっぱりそうだった。
「僕は四歳だから、レオンより四つ上!」
なるほど。
俺の兄は四歳か。
「ちゃんと面倒見るからな!」
自信満々な声だった。
四歳の子供なりに、弟ができたことが嬉しいらしい。
「ふふ。頼もしいわね」
母さんが笑う。
「じゃあ、カイル。レオンに触ってみる?」
「うん!」
何かが近づいてくる。
しばらくして。
指先に、柔らかなものが触れた。
「……!」
どうやらカイルが俺の手に触れたらしい。
「ちっちゃい……」
カイルが呟く。
「僕の手よりずっと小さい」
(そりゃそうだろ)
四歳児と生まれたばかりの赤ん坊だ。
「レオン、手を握れる?」
カイルの声が弾む。
俺は言われた通りにできない。
そもそも、自分の手をどう動かしているのかさえ、まだよく分からない。
それでも。
指先に力を入れてみた。
「!」
カイルが声を上げる。
「握った!」
「本当?」
母さんが笑う。
「ええ。ちゃんと握っていますね」
「すごい!」
カイルは嬉しそうだった。
「僕がお兄ちゃんだからな!」
(……何の関係があるんだ)
と思ったけれど。
なんとなく、俺も嬉しくなった。
◇
「次はお姉ちゃんですよ」
母さんがそう言った。
すると。
「あたし?」
先ほどの女の子の声が聞こえた。
(……お姉ちゃん)
俺は耳を澄ませた。
小さな足音が近づいてくる。
「ほら、レオンよ」
「レオン?」
女の子が俺の名前を口にする。
「そうですよ。レオンのこと、ちゃんと見てあげてね。アリシア」
「うん!」
(……アリシア)
姉の名前が分かった。
アリシア。
「わたし、おねえちゃん!」
アリシアが嬉しそうに言う。
「そうよ。レオンのお姉ちゃんね」
「レオン、かわいい」
「でしょう?」
母さんの声も嬉しそうだ。
「レオン、ちっちゃいね」
「まだ生まれたばかりだもの」
「わたしよりちっちゃい」
「そうね。アリシアも、もう二歳だものね」
「うん!」
どうやら俺には、四歳の兄と二歳の姉がいるらしい。
「触ってみる?」
母さんが聞く。
「うん!」
アリシアが近づいてくる。
しばらくすると、柔らかな指先が俺の腕に触れた。
ちょん。
すぐに離れる。
「……ふふ」
アリシアが笑う。
「もう一回!」
また指先が触れる。
「レオン、あったかい」
「そうね」
母さんが答える。
「可愛い弟でしょう?」
「うん!」
アリシアの元気な返事が聞こえる。
「レオン、おねえちゃんだよ」
(……姉ちゃんか)
前世では、一歳下の妹がいた。
今世では、二歳上の姉。
なんだか不思議な感じだった。
◇
「カイル、今日はここまでにしましょう」
母さんが言った。
「えー、もっといたい」
「レオンは生まれたばかりだから、休ませてあげないと」
「……分かった」
カイルが少し残念そうに答える。
「また明日来る!」
「ええ。また明日ね」
続いてアリシアが声を上げる。
「わたしも!」
「もちろんよ」
「レオン、またね!」
(……うん)
心の中で返事をする。
「ふぎゅ……」
口から出たのは、小さな声だけだった。
「ほら、返事した!」
アリシアが嬉しそうに言う。
「そうね。レオンも嬉しいのかもしれないわね」
母さんが笑う。
「じゃあ、またね!」
兄と姉の足音が遠ざかっていく。
やがて、部屋が静かになった。
◇
俺はぼんやりと天井らしき方向を見る。
まだ、ほとんど見えない。
それでも。
今日、いくつか分かったことがある。
兄はカイル四歳。
姉は、アリシア二歳。
三人兄弟の末っ子。
それが、今の俺らしい。
そう考えているうちに、すぐに眠気がやってきた。
俺はそのまま、静かに目を閉じた。




