心配されて、泣いてしまいました
教会での確認を終え、俺たちは屋敷へ戻ってきた。
馬車から降りる。
いつもの屋敷。
いつもの景色。
なのに、俺の気分は重かった。
(……悪魔憑きじゃないことは分かってもらえた)
それだけは良かった。
本当に良かった。
でも――。
神童というわけでもなかった。
教会での俺は、言葉を覚えるのが少し早い子供。
せいぜい、それくらいの扱いだった。
(転生ものみたいにはいかないか……)
少しだけ残念だった。
◇
屋敷に戻ると、俺は母さんに抱かれたまま、自分の部屋へ連れていかれた。
父さんも一緒だ。
「レオン」
「うん」
父さんが俺の前に座る。
母さんも隣に腰を下ろした。
二人とも、真剣な顔をしている。
(……また何か聞かれるのか)
俺は少し身構えた。
「いくつか聞きたいことがある」
「うん」
「どうして、そんなに言葉を話せるんだ?」
「…………」
いきなり核心だった。
もちろん、本当の理由なんて言えるはずがない。
前世では十五歳だった。
転生したからです。
そんなことを言ったら、悪魔憑きの疑いが復活するだけだ。
「わからない」
「本当に?」
「うん」
父さんが黙る。
母さんも、じっと俺を見つめていた。
「誰かに教えてもらったの?」
「ちがう」
「では、いつから話せるようになった?」
「……わからない」
母さんが俺の手を握った。
その手は、少し震えていた。
「レオン」
「うん」
「怒っているわけじゃないのよ」
「…………」
「ただ……心配なの」
母さんの声は、とても優しかった。
「昨日まで、まだ普通の赤ちゃんだったでしょう?」
「うん……」
「それなのに、急にたくさん話せるようになって……」
母さんは俺の顔を見つめた。
「どこか苦しいところはない?」
「ない」
「痛いところは?」
「ない」
「身体は変じゃない?」
「へんじゃない」
答えても、母さんの心配そうな表情は変わらなかった。
まるで、本当に俺の身体の中まで確認しようとしているみたいだった。
「本当に大丈夫?」
「…………うん」
母さんは、ようやく少しだけ安心したように息を吐いた。
今度は父さんが口を開く。
「教会で、悪魔憑きではないことは分かった」
「うん」
「だが、それで私たちの心配が全部なくなったわけではない」
父さんが俺の頭に手を置いた。
「急に何かが変わったのだ。親として、何も心配しないほうがおかしい」
「…………」
「何か無理をしていないか?」
「してない」
「何か怖いことはないか?」
「ない」
「一人で悩んでいないか?」
「…………」
俺は答えられなかった。
そんなことを聞かれるとは思っていなかった。
俺は転生してから、ずっと一人だった。
もちろん、母さんも父さんもいる。
カイルもアリシアもいる。
毎日、誰かがそばにいてくれた。
でも――。
前世の記憶を持っていること。
自分が十五歳まで生きていたこと。
駅で死んだこと。
そのどれも、誰にも話せなかった。
話したところで、信じてもらえるとは思えない。
だから、ずっと一人で抱えていた。
そんな俺に。
「レオン」
母さんが優しく俺を抱きしめた。
「あなたに何かあったら、嫌なのよ」
「…………」
「大切なあなたが苦しんでいたら、私たちには何もできないから」
「…………っ」
胸の奥が、ぎゅっと苦しくなった。
「だから、心配なの」
「…………」
俺は必死に我慢した。
泣くつもりなんてなかった。
前世では十五歳だった。
今だって、中身はそのつもりだ。
なのに――。
「……うっ」
目の奥が熱くなる。
「レオン?」
「……っ」
だめだ。
止まらない。
「う……うぅ……」
涙が頬を伝った。
「あ……」
自分でも驚いた。
そして、そのまま泣いてしまった。
「レオン!?」
母さんが慌てて俺を抱きしめる。
「ごめんなさい。怖かったわよね」
「ちが……」
違う。
そう言いたいのに、うまく言葉にならない。
「ごめん……なさい……」
父さんも驚いた顔をしていた。
「いや、レオン。謝らなくていい」
「うぅ……」
「私たちは怒っているんじゃない」
父さんの声も優しかった。
「お前に何かあったのではないかと、それが心配だっただけだ」
その言葉を聞くと、余計に涙が出てきた。
母さんが、ゆっくりと俺の背中を撫でてくれる。
「大丈夫よ」
「……うん……」
「大丈夫だからね」
俺は母さんに抱かれたまま、しばらく泣き続けた。
◇
「レオン!」
そのとき、扉が開いた。
カイルが入ってくる。
その後ろから、アリシアも顔を出した。
「どうしたの?」
カイルが俺を見る。
「レオン、泣いてる!」
アリシアも心配そうに近づいてきた。
「レオン、だいじょうぶ?」
「……うん……」
そう答えたものの、まだ涙は止まらない。
「お父さま、何したの?」
「何もしていない」
父さんが答える。
「レオンが泣いてるよ!」
カイルが父さんを睨んだ。
「いじめた?」
「いじめていない」
「ほんと?」
「本当だ」
それでも、カイルは納得していない様子だった。
「レオンは悪いことしてないよ」
カイルが俺の前に立つ。
「いっぱい話せるの、すごいことじゃん」
「そうよ」
アリシアも続いた。
「レオンはレオンよ」
「…………」
その言葉に、俺は少し驚いた。
カイルもアリシアも、俺が急に話せるようになった理由なんて気にしていない。
ただ、俺が泣いているから心配してくれている。
父さんと母さんが顔を見合わせた。
しばらくして、父さんが小さく息を吐いた。
「……そうだな」
そして、俺の頭をもう一度撫でた。
「レオンを責めたいわけではない」
母さんも頷く。
「ただ、突然だったから心配だったの」
「……うん」
俺は頷いた。
「これからは、何か不安なことがあったら教えてくれる?」
「うん」
そう答えると、カイルが俺の頭を小さな手で撫でた。
「レオン、大丈夫だからな」
そして、少し胸を張る。
「僕がいるから」
「わたしもいるよ」
アリシアも俺の手を握った。
「レオン、なかないで」
「…………」
また涙が出そうになった。
(……なんなんだよ)
なんで、こんなに優しいんだ。
生まれ変わって。
家族が変わって。
兄と姉ができて。
両親にも、こんなに心配されて。
今まで一人で抱えていたものが、一気に溢れてきたような気がした。
俺はずっと、前世の自分を誰にも知られないようにしてきた。
この世界で生きていくためには、それが必要だと思っていたから。
でも、こうして心配してくれる人たちがいる。
俺が何者なのかを知らなくても。
俺が何を隠しているのかを知らなくても。
それでも、俺のことを大切に思ってくれている。
「……うん」
俺は小さく頷いた。
「もう、だいじょうぶ」
母さんが俺を抱いたまま微笑む。
「ええ」
父さんも優しく笑った。
「それでいい」
カイルも、ほっとしたように笑う。
「よかった!」
アリシアも嬉しそうに言った。
「レオン、笑って」
「うん」
俺は涙を拭った。
そして、少しだけ笑った。




