悪魔払い……された?
「では、簡単な確認から始めましょう」
教会の男性は、そう言って俺を見た。
俺も黙ってその人を見つめる。
一歳児として普通なのか。
それとも、やっぱり何かがおかしいのか。
俺には判断できない。
いくつか質問をされたあと、身体の様子を確認されたり、顔をじっと観察されたりした。
そして――。
「少し失礼します」
男性がそう言って立ち上がった。
父さんと母さんも、そのあとについていく。
少し離れたところで、三人が小声で話し始めた。
「…………」
俺からは、話の内容が聞き取れない。
というより、明らかに俺に聞こえないようにしている。
三人とも真剣な顔だ。
時々、俺のほうを見ている。
俺はじっと三人を見つめた。
しばらくすると、教会の男性が何かを確認するように頷いた。
◇
「今のところ、悪魔憑きの兆候は見当たりません」
「本当ですか?」
母さんが、ほっとしたように尋ねる。
「はい。少なくとも、私にはそのようなものは感じられません」
父さんも、安心したように息を吐いた。
「そうか……」
「昨日から心配していたんです」
「お気持ちは分かります」
「それでは……」
「はい。念のため、最後に聖水を使っておきましょう」
三人は、そんな話をしていた。
もちろん、俺には聞こえていない。
そして俺は――。
(……まだ疑われてるんだな)
と思っていた。
昨日、屋敷でもそうだった。
そして今日は、教会にまで連れてこられた。
おまけに、三人で俺に聞こえないように話している。
どう考えても、怪しまれている。
(……本当に悪魔憑きだと思われてるのか?)
俺は少し怖くなった。
もちろん、自分に悪魔なんて取りついていない。
ただ、生まれ変わっただけだ。
でも――。
(そんなこと、説明できないしな……)
仮に説明したところで、信じてもらえるとは思えない。
俺は黙って、成り行きを見守ることにした。
◇
「レオン君」
教会の男性が戻ってきた。
「最後に、少しだけいいですか?」
「……うん」
男性の手には、小さな器があった。
中には、透明な液体が入っている。
(……水?)
俺が器を見つめていると、男性が指先に液体をつけた。
そして――。
額に、ぴちゃっと掛けられた。
「……っ」
冷たい。
それだけだった。
「…………」
俺は目を瞬かせた。
(……まさか)
ここは教会。
俺は悪魔憑きを疑われている。
そして今、聖水らしきものを掛けられた。
だったら――。
(これ、悪魔払いじゃないのか!?)
俺の頭の中で、勝手に話がつながった。
(やばい!)
普通にしていたら、まずいかもしれない。
もし本当に、悪魔が出ていくかどうかを確認しているのなら。
何も起きなかったら――。
(……まだ悪魔がいるってことになるんじゃ?)
俺は焦った。
どうする。
どうすればいい。
そのとき、前世で見た映画や漫画の場面が頭に浮かんだ。
悪魔払い。
聖水。
苦しむ人。
そして――。
(……演技するしかない!)
俺は意を決した。
「うっ……!」
身体を小さく震わせる。
「レオン?」
母さんの声がした。
「う、うぅ……!」
さらに顔をしかめ、身体をよじらせる。
「うああ……!」
苦しんでいるように見せる。
(こんな感じか!?)
俺は必死だった。
「レオン、大丈夫か!?」
父さんが慌てて近づいてくる。
俺はさらに頑張った。
「ぐ……あ……!」
そして最後に、大きく身体を震わせる。
「……ああっ!」
ぐったり。
全身の力を抜く。
「レオン!」
母さんが俺を抱き上げた。
「大丈夫!?」
「…………」
俺は目を閉じたまま、動かない。
数秒待つ。
そして――。
ゆっくりと目を開けた。
「…………」
「レオン?」
母さんが不安そうに俺を見る。
「おかあさん……?」
「レオン!」
母さんが俺を強く抱きしめた。
父さんも、驚いた顔をしている。
「大丈夫なのか?」
「うん……」
俺は頷いた。
そして、心の中で。
(……成功した)
と思った。
(たぶん今ので、悪魔が出ていったんだ)
俺はほっとした。
これで疑いも晴れるかもしれない。
ところが――。
「…………」
「…………」
父さんと母さんが顔を見合わせた。
教会の男性も、なんとも言えない表情をしている。
(……あれ?)
俺は少し不安になった。
演技が下手だったのだろうか。
それとも、もっと苦しそうにしたほうがよかった?
「……レオン君」
教会の男性が俺を見た。
「もう、大丈夫ですよ」
「うん」
俺は素直に頷いた。
男性は少し困ったように笑った。
「では、これで終わりにしましょう」
「はい」
父さんが答える。
母さんも、俺を抱いたまま頷いた。
俺だけが知らない。
本当は――。
三人は最初から、悪魔憑きの兆候がないことを確認していた。
聖水も、あくまで念のために使っただけ。
それで終わる予定だったのだ。
なのに。
(よし……これで悪魔払いは成功した)
俺は一人、そんなことを考えていた。




