第九話 婚約者じゃなかったら?
馬車が学園に着くと、タイガが先に降りた。
相変わらず不機嫌な顔だけど、手は差し出してくれる。
これ拒否ると、昨日みたいになるんしょ?
変な噂立つのも嫌だし、素直に応じるしかないか……。
タイガの手に、自分の手を重ねる。
「ありがと」
「当たり前だろ」
「婚約者だから?」
「あぁ、そうだ」
これ世の中の女子なら泣いて喜ぶんだろうな。
でも実際にされてみ? ギャップ萌えとかそういうレベルじゃないよ?
だってこいつ、あーしと話すときはずーっと真顔だからね。
馬車を降りても、タイガは手を離してくれない。
「うん? もう降りたけど」
「そうだな」
「じゃあ、もう手離してよくない?」
「何故だ? 昨日はずっと繋いでいただろ」
「いやここで繋いでたらおかしいでしょ!? みんな見てるけど!?」
「それはお前が大声を出すからだ」
「大声を出してる原因はあんたじゃん!」
それに、表情一つ変えないで言うことなの!?
どういう気持ちで今こんなことしてるんですか?
あー、わかってるよ。婚約者だからね!
「あら、ユイ様! おはようございます!」
「あ、リーンだ! おはよう!」
「へぇ、随分と仲が良いみたいで安心したよ」
「いや聞いてよシル! タイガが手を離してくれないの!」
「そうか、それは喜ばしいことじゃないか」
「どこがだよ!!」
幸せポンコツ王子に助けを求めたあーしがバカだったよ!
離そうにもタイガの力が強すぎて、どうにも解けない。
「……そんなに嫌か?」
「嫌だよ! ここ学園だよ!? みんなに見られたらどうすんの!?」
「別に構わないだろ、婚約者だからな」
婚約者婚約者婚約者婚約者婚約者って……。
「じゃああーしが婚約者じゃなかったら、しないってことね!?」
「当たり前だろ。お前は何を言ってるんだ?」
タイガの呆れたような顔。
そりゃそうだ。てか、何言ってんだあーし……。
リーンとシルがそうしてくれたから、こうなってるだけで。
別にあーしは、誰にも必要とされてない。
「……そうだよね、ごめん」
無理にタイガから手を離す。
こんなダサいところ、誰にも見られたくない……!
「あ、おい! ユイ!!」
「ユイ様!」
「ユイ!」
三人の声は聞こえてたけど、その場から走って逃げた。
*
「どこだよここ……」
逃げたはいいけど、これ完全に迷子だ。
広い学園、まだ二日目、知り合いほぼいない……詰んだ。
カーンカーンと鐘が鳴り始める。
始業の合図だと、昨日リーンが教えてくれた。
「二日目なのにサボっちゃった」
こう見えて、あーしは皆勤賞常連だ。
勉強はできないけど、身体は強い方で風邪も引かない。
インフルで学級閉鎖しようが、あーしはピンピンしていた。
「まぁ、引っ越してからはサボりまくってたけどな」
「あれ? ユイちゃんだ〜! こんなところでどうしたの?」
チャラくて軽そうな声が聞こえる。
この声はあれだ、朝聞いたあの人に違いない。
でも、その姿はどこにも見えない。
「キョロキョロしちゃってかわいいな〜。こっちだよっ!」
ガサッと音のする方を見ると、そいつは芝生に座り込んでいた。
頭や制服に葉っぱ付いてるから、たぶんここで寝てたんだろう。まだ朝なのに。
座るように言われ、仕方ないから芝生に腰を下ろす。
「何してたの〜?」
「別になにもしてません」
「何もしてないのに高等部に来るのは危ないよ〜。悪いオオカミさんに、食べられちゃうかもよ?」
「あはは……」
そいつは顔の横で手を構える。
オオカミのマネでもしているつもりなんだろうけど……。
正直、こういうノリは苦手だ。
こんな見た目してるからって、あーしは別に軽い女じゃないのに。
それなら髪を黒くしろとか、巻くなとか散々言われたなぁ。
でもさ、自分が持ってる物を使って、自分の好きな姿でいる。
それってそんなに悪いことなの?
「そういえば、ちゃんと自己紹介してなかったね〜。俺はソキウスだよ、よろしくね〜」
「どうも。あーしはユイです」
「やっぱり改めて見てもかわいいね! タイガの婚約者には勿体無いくらいだ〜!」
キラキラとした、眩しい笑顔が向けられる。
この人モテるんだろうな。
両手いっぱいに女子抱えて、足組んで座ってそう。
てか今、この人タイガのこと呼び捨てにした?
昔からの知り合いかなんかなのかな?
「あの、ソキウスさん」
「ダメダメ! ソキウスって呼んで?」
「え、でも歳上だし……」
「俺そういうの気にしないから大丈夫! 呼び捨てで呼んでくれたら、なんでも答えるよん!」
ぱちんとウィンクされた。
遊び慣れてんだろうな、この人。
ずっと余裕あるし、楽しんでるようにも見える。
タイガと真逆そうなのに、なんであんなに仲良さそうだったんだろ……。
「ねぇユイちゃん、そんなに警戒しないでよ〜! 俺をソキウスって呼ぶだけで良いんだよ? 難しいこと何もお願いしてないよ?」
「……まぁ、そうなんですけど」
「それにその余所余所しい感じ〜! タイガにはあんな素直に言葉をぶつけるのに、どうして俺にはそうなのかな〜?」
試すような言葉と視線。
あーしはこれを、現実で散々されてきた。
——これ以上関わったらまずい。
なんとなくそう思い、立ち上がる。
「じゃあ、あーしは——」
「行かせるわけないでしょ〜?」
腕を引っ張られ、座っていたソキウスに抱き留められる。
あまりに突然のことで、頭が全く回らない。
おまけに心臓がバクバクして、頭も痛くなってきた。
「あれ、かわいいピアスしてるね〜! リボンとお揃いなのかな〜?」
——やめて、それに触らないで!
それは、タイガがあーしに買ってくれた物なのに……!
「やめ——」
「おい、お前!! ユイに触るな!!」
——あ、この声は。
でも、あーしの身体は限界だったようで……。
「タイガ……」
「おい、ユイ!! ユイ!! しっかりしろ!!」
……タイガのそんな顔、初めて見た。
あーしの意識はここで途切れた。
あらま(・8・)




