第十話 俺の婚約者だ。―episode タイガ―
――そうだよね、ごめん。
あの時あいつは、何故あんな顔をしたんだ?
――じゃああーしが婚約者じゃなかったら、しないってことね!?
そんなの当たり前だろ。
婚約者でもない女のエスコートなどしない。
婚約者でもない女と手など繋がない。
婚約者でもない女に贈り物などしない。
婚約者でもない女と生活を共になどしない。
全部、ユイが婚約者だからしたことだ。
カーンカーンと鐘が鳴り始める。始業の合図だ。
「どこに行ったんだあのバカは……」
殿下やリーンも共に探すと申し出てくれたが、いずれ国の頂点に立つ方々だ。
そんな二人から学ぶ機会を奪うなど、俺にはできない。
走り回って中等部を探したが、どこにもユイの姿はない。
「くそっ……高等部か初等部か?」
どこまで行ったんだ。
すぐ追いかけたというのに見つからない。
本当に手のかかる女だ……。
辺りを見渡していると、高等部の女生徒が通りがかった。
「ねぇ見た?」
「見た見た! 確か昨日、中等部に入った子よね?」
「そうそう、妹が言ってたもの」
「でも見た目通り、不埒な子なのね。高等部にわざわざ来るなんて」
「しかもお相手見た? ソキウス様だったわ」
「本当に、身の程を教えてあげないといけないわよねぇ」
――まさか
「おい! その話、詳しく聞かせろ」
俺の存在に気づいていなかったのか、二人は驚いた表情をする。
互いに目を見合わせたり、ヒソヒソと話すばかりで質問には答えない。
「おい、聞いているのか?」
「あっ……その……」
「私たち、貴方様に憧れていまして」
「貴様らの話はどうでもいい。今話していた中等部の女の特徴を教えろ!」
思わず語気が強くなる。
こんなとこで無駄な時間を過ごすわけにはいかない。
だが、高等部はあまりにも広過ぎる。情報が得られるならその方が早い。
「えっと、淡い茶髪の女の子でした。髪を後ろで一つに結っていて、緑のリボンをしておりましたわ」
「……どこで見た」
「高等部の中庭です。芝生にソキウス様とお座りになっていて……」
「そうか……」
やはりユイだ。すぐ迎えに——
立ち去ろうとした時、女に強く腕を引かれた。
「タイガ様。そのような子は放っておいて、私たちとでも……」
「そうです。あのような不埒な子、タイガ様に相応しくありませんわ」
「……貴様らの相手をしているほど、俺は暇ではない」
掴まれていた腕を振り払うと、女がドタッと尻餅をつく。
「ユイは俺の婚約者だ。次同じような戯言を吐いてみろ、貴様らを斬り殺す」
その言葉に怯えながらも、コクコクと二人は縦に首を振った。
*
この辺りのはずなんだが……。
見渡していると、微かに声が聞こえる。
「じゃあ…………」
「…………でしょ〜?」
ユイとソキウスの声だ。
どこだ、どこにいる!?
——見つけた!!
「あれ、かわいいピアスしてるね〜! リボンとお揃いなのかな〜?」
……何故ユイが、あいつに抱きしめられてるんだ?
ユイは俺の婚約者だ。
婚約者でないお前がそいつに触るな。
いつの間にか握っていた手に、力が入る。
俺だってまだ、そんな風にユイに触れてないのに——
「やめ——」
「おい、お前!! ユイに触るな!!」
ソキウスの腕から強引に奪い去る。
咄嗟だったため、抱きしめるかのような態勢になった。
怯えている……。
一体ソキウスはユイに何をしたんだ!?
「タイガ……」
「おい、ユイ!! ユイ!! しっかりしろ!!」
強張っていた表情が緩むのと同時に、ユイは俺の腕で気を失った。
*
「あ〜、ユイちゃん気失っちゃったの〜?」
ソキウスが悪びれもせず発する。
誰のせいでこうなったと思ってるんだ?
お前がユイに……いや、俺のせいか?
ユイが謝ったあの時、俺は無意識に傷つけていた?
だからユイは、俺から逃げたのか?
「ねぇ〜、タイガ〜」
「話しかけるな。お前はしばらく家を出禁にする」
「えぇ〜!? それじゃあ誰がタイガの面倒見るの〜?」
「そもそもお前、言うほど何もしていないだろ。カミヌスに頼むから問題ない」
「ユイちゃんのこと、怒ってる?」
「当たり前だろ。こいつは俺の婚約者だ」
ソキウスのことだ。ユイを揶揄って遊んでいたんだろう。
軽薄に見えるが、問題になるようなことまではしない。
そのあたりは徹底している奴だ。
やれやれとでも言いたげな顔で、ソキウスが口を開く。
「婚約者だから、そんなにユイちゃんに執着してるの〜?」
「執着? 意味のわからないことを言うな。護るのは当たり前のことだろ」
「じゃあさ、ユイちゃんを俺に頂戴? そしたらタイガの——」
そこまで言いかけて、奴が口を閉じた。
「冗談だって〜! だからそんな殺気出すの止めてよ〜! 怖いじゃん!」
「……次同じような戯言を吐いたら斬り捨てる」
「ごめんって! でも婚約者だからなの? ユイちゃんだからなの?」
「質問の意味がわからない」
「そっか〜! じゃあわかるようになるといいね〜!」
こいつは昔からそうだ。
何か思うところがあっても、答えは言わない。
自分で探せとでも言いたいのか、俺に問いだけを置いていく。
「ユイちゃん、早く寝かせてあげた方がいいと思うよ〜」
「誰のせいでこうなったと思っている」
「ごめんって! 起きたらユイちゃんにも謝るからさ〜」
「会わせるはずがないだろ。お前は二度とユイと口を利くな、二度とユイに姿を見せるな」
「いやそれは無理だよ〜。俺一応、タイガの側近なんだからさ〜」
「なら側近らしくしろ」
まだ何か言いたげなソキウスを置いて、俺はユイを抱えて保健室へと向かった。
一人称固定、普段はやらない書き方なので、
episodeで視点変更したのも初めてです。
感情同時多発の高速視点移動よりは読みやすいですよね。
書いていてもそう思いました(・8・)




