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パーティを追放された俺、実は異世界帰りの魔王の愛犬だった~凶悪な魔物に懐かれ、世間は大騒ぎ~  作者: ささかま


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1話 追放された魔王の愛犬

神谷が石板へ足を乗せる直前、錆びた鉄と乾いた血の匂いが鼻を刺した。

見た目は周囲と変わらない。だが、その一枚だけは明らかに匂いが違う。



「止まれ。そこを踏むな」



神谷は寸前で足を止め、苛立たしげに振り返った。



「……またかよ」


「下に仕掛けがある。踏めば壁から刃が出る」


「何も見えねえだろ。適当なことを言うな」


「見て分かったんじゃない。匂いだ」



斥候役の宮本が、呆れたように小石を拾った。



「また匂いか。便利な言葉だな」



小石が石板へ落ちた瞬間、床が沈んだ。


左右の壁から無数の刃が飛び出し、通路を切り裂く。

あと半歩進んでいれば、神谷の身体は串刺しになっていた。



「だから言った」



神谷の顔から血の気が引いた。それでも感謝の匂いはなく、濃い苛立ちだけが漂ってくる。



「……たまたまだ」



罠を避けて進むと、右の通路から湿った獣臭が流れてきた。

汗、唾液、興奮した魔力。三体。距離は近い。



「右から三体。九秒後に来る」



三人は顔を見合わせたが、武器を構えた。


九秒後、緑色の小鬼が三体飛び出してくる。

先頭の一体が短剣を掲げ、神谷へ跳びかかった。


 肩の筋肉が引き絞られ、殺気の匂いが上から下へ流れる。



「上段。受けたあと左へ薙ぐ」



 神谷が短剣を剣で受けた。


小鬼は予告どおり左へ刃を振る。

神谷は反応が遅れ、頬を浅く切られた。


後方の一体が杖を掲げる。

焦げた木と熱を帯びた魔力の匂いが膨らんだ。



「火だ。狙いは水野」



僧侶の水野が横へ跳ぶ。


直後、火球が彼女のいた場所へ着弾した。俺は炎の脇を抜け、魔法を放った小鬼の懐へ入る。

杖が振り下ろされる前に腹へ拳を叩き込む。小鬼の身体が宙を舞い、石壁へ激突した。


背後から棍棒が迫る。

半歩だけ横へずれ、空振りした腕を掴んで床へ叩きつけた。


石板に亀裂が走り、小鬼は動かなくなる。

魔王城の兵士たちと比べれば遅すぎる。

これでも地球の人間に合わせ、かなり力を抑えていた。



「お前……その力、今まで隠してたのか?」



宮本の声には、感心より恐怖が混じっていた。



「隠していない。必要がなかっただけだ」


「攻撃も魔法も、全部分かってたよな」


「鼻が利くだけだ」


「そんな鼻があるかよ」



床へ倒れた小鬼の一体が身じろぎした。

まだ生きている。

牙を剥いているが、漂うのは敵意より濃い恐怖だった。


俺が近づくと、小鬼は震えながら棍棒へ手を伸ばす。

もう戦える状態ではない。



「もう追わない。巣へ戻れ」



俺が道を空けると、小鬼は戸惑いながら立ち上がった。

こちらを何度も振り返り、やがて通路の奥へ消えていく。



「今、魔物と話してたよな?」



水野が一歩後ずさった。


異世界では、魔物へ声をかけることなど珍しくなかった。

魔王城には、人の言葉を話す者も大勢いた。



「殺す必要がなかっただけだ」


「敵を逃がしたんだぞ!」


「もう襲ってこない」


「どうして分かる!」


「匂いだ」



神谷の顔が怒りで歪んだ。

俺たちはそれ以上話さず、地上へ戻った。


ダンジョンの外には、装備を整えた探索者が行き交っている。

巨大な電光掲示板には、攻略情報や配信者の広告が流れていた。


20年前、俺が地球から消えた頃には、ダンジョンも探索者も存在しなかった。


異世界から戻ったら、魔物を倒して稼ぐことが職業になっていた。

力を使えるから探索者になったものの、今でもこの社会には馴染めない。


探索者協会で素材を換金すると、受付の女性が神谷へ笑顔を向けた。



「今回も三体討伐ですね。神谷さんのパーティは安定しています」



神谷は当然のように胸を張った。



「まあ、俺が指示を出してますから。罠も戦闘も全部、俺が判断しました」



俺が口を開くより先に、神谷が肩へ手を置いた。 笑顔のまま、指先だけに力を込めてくる。



「余計なことを言うな。低ランクのお前を連れてやってるのが誰か、忘れたのか?」



受付から離れたあと、神谷が渡してきた取り分は他の三人の半分にも満たなかった。



「少なくないか?」


「お前は後ろから口を出しただけだ。同じ額をもらえると思うな」


「罠を見つけた。二体は俺が倒した」


「あれは俺たちが削った魔物だ。最後だけ横取りしたくせに、図々しいんだよ」



事実とは違う。

俺が倒した魔物の素材まで神谷の功績として記録され、俺の働きは最初からなかったことにされている。



「その金も返してもらう。装備の修理代だ」


「罠には触れていない」


「お前が探索を止めたせいで予定が狂った。迷惑料も込みだ」



神谷は俺の手から金を奪い取った。

宮本は目を逸らし、水野は当然だと言わんばかりに腕を組んでいる。

三人が俺を仲間だと思っていないことだけは、匂いを嗅がなくても分かった。



「それから、今日限りでお前には抜けてもらう」



神谷は奪った金を懐へしまい、勝ち誇ったように言った。



「理由は?」


「本気で分からないのか? 根拠も説明せず指図する。勝手に魔物を逃がす。何を考えてるか分からない」


「俺の警告がなければ、最初の罠で死んでいた」


「たまたま当てただけだ」


「小鬼の攻撃も魔法も当てた」


「魔物と通じてるから分かったんじゃないのか?」



水野が神谷の言葉へ重ねた。



「あなたが魔物を呼び寄せて、自分で倒しているように見せていた可能性もあるよね」



根拠のない疑いだ。

俺が何度助けても、この三人は理解できないものを認める気がない。



「お前みたいな気味の悪い奴に、命は預けられない」



その言葉を聞き、胸の奥で何かが静かに冷えた。

魔王城では違った。


俺が唸れば、魔王様は必ず足を止めた。

四天王たちも、理由を聞く前に武器を構えた。


犬の姿で床を駆け回っても、誰も俺を気味悪がらなかった。

失敗すれば慰め、上手くできれば笑って頭を撫でてくれた。



「分かった。今日で抜ける」


「……謝れば残してやってもいいぞ」


「何を謝る?」


「二度と勝手な指示をしない。魔物にも話しかけない。俺たちの命令だけ聞くと約束しろ」



匂いを信じることも、魔物へ声をかけることも、俺にとっては生き方そのものだった。

それを捨てろと言うなら、俺自身を捨てろと言われているのと同じだ。



「断る。俺は俺の鼻を捨てない」



俺は背を向けた。

神谷が何か叫んでいたが、振り返らなかった。


仲間を失った寂しさより、もう理解してもらおうとしなくていい安堵のほうが大きい。

帰り道、屋台から焼いた肉の匂いが流れてきた。


腹は減っていなかった。

それでも匂いを追ってしまい、店の前まで来てから自分の足が止まっていることに気づいた。



「兄ちゃん、一本どうだ?」



店主に声をかけられ、我に返る。

犬の姿なら、きっと尻尾まで振っていた。人の姿に尻尾がなくてよかった。



「一本くれ」



香ばしい肉を噛むと、魔王城の食堂を思い出した。

落ち込んだ俺へ肉を差し出し、魔王様はいつも頭を撫でてくれた。


――よい子だね。

その声を思い出すたび、胸の奥が締めつけられる。


勇者に討たれた魔王様も、四天王も、魔王城のみんなもいない。

最後まで守れなかった俺だけが、地球へ戻ってきた。


もう誰も失いたくない。

そう願っても、守る相手はどこにも残っていなかった。



「これからは一人で潜ろう。目立たず、普通に暮らせばいい」



少なくとも、そのときの俺は本気でそう思っていた。

古いアパートの階段を上り、二階へ着いた瞬間、足が止まる。


自分の部屋の前から、知らない少女の匂いがした。

その奥に、懐かしい魔力が混ざっている。

優しく、深く、俺の身体に今も加護として残っている匂い。


あり得ない。

その人は勇者に殺された。消えていく魔力を、俺はすぐそばで感じていた。

それでも鼻は、目の前にいると告げている。


インターホンが鳴った。

一度、息を吸う。

間違いない。


俺は震える手で扉を開けた。

そこには、小学生くらいの少女が立っていた。


見覚えのない顔。かつての面影など、どこにもない。


けれど、少女から漂う魂の匂いは、二十年間ずっと俺を包んでくれたものと同じだった。

少女は人間の姿をした俺を見るなり、迷うことなく笑った。



「ただいま、ワンちゃん」



懐かしい匂いだった。

息が止まる。



「…………魔王様?」

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