25・内封浄化
美和が目を開けるとそこは草原のような空間で、目の前に少女がいた。
「巻物に書いてあった、お前が羅刹…?」
言い終わらないうちに、少女が飛び掛かってきて美和を黒い煙が包み込んだ。
苦しい。 倒れたまま、思うように動けない。目が開かない。
「あああああ…」声にならない声が口から出た。
煙を掴んで剥がそうとするが、どうにもならない。羅刹が首を絞めてきて
意識が遠くなる。
「美和、聞こえるか?約束しただろ?終わったらクレープだぞ。
冬休みは村でスキーしよう。雪山登山でもいいぞ。
戸隠さんが甘酒作ってくれる。ついでにお汁粉も食べよう!
この村ってもち米作ってたっけ? きな粉餅もいいな。
だから負けんな、羅刹を倒せ」
「大和の声が聞こえる…。
食べ物の話しが多いなぁ。でも楽しそうだよね。
沙織も早池峰さんに会いたいだろうから、みんなで合宿…」
意識が途切れて、大和に噛みついたような気がした。
腕に肩に、あちこち傷つけている自覚があるのだが、どうにも止まらない。
「聞いているか?羅刹。俺はお前のせいで今までの人生を
よくわからない状態で過ごしたんだ。 許さないからな。
お前を倒した鬼の末裔を舐めんなよ」と、言ったらまた噛まれた。
「美和、俺さぁ美和とか沙織とか、村の人たちと知り合えて
凄く嬉しかったよ。 それまでは羅刹の人生みたいだったのに
みんなが家族みたいに迎えてくれた。師匠や戸隠さんは兄貴みたいだし
先生もいるし、梓ちゃんや早瀬は妹と弟みたいだし、美和もそうだろ?
だから、そいつ消し去って元の生活に戻ろう」
ピクンと大和の腕の中で美和の身体がはねて、両手を縛った紐がほどけ
自分で自分の首を締める。
大和はその手を押さえて美和をしっかり抱きしめる。
「初めて会ったとき、羅刹が美和の事をすっげータイプだって言っただろ?
あれ、嘘じゃないから。俺がそう思ったから!
…あ、今のは聞かなかった事に。ぜひ、なかった事でよろしく」
遠い意識の中、美和はついクスリと笑ってしまった。
「そうだ、やられっぱなしじゃイヤだ。みんなが待っている。戻らなくちゃ
戻ってクレープとか、いろいろ食べに行くんだ。
わたしは戻って、また元通りになる!」
胸元の勝守りを握ると、村の皆の姿が浮かんだ。
『勝守り』はその名の通り、勝負に勝つための守りだ。
さらに梓がくれた災難除けの結界が美和を包む。
「わたしがしっかりしなければ、守りは効果を出せない。
起きろ。起きて羅刹と向かい合え」そう、自分に言い聞かせた。
「…お前、ずっと長い間人を喰う事しか考えてこなかったの?暇なの?
何百年も他にすることなかったの?暗いなぁ。
友達いないの?仲間もいないの?
同じ鬼でも霧島さんはたくさんの人に愛されて、幸せそうだったよ?
お前は違うの? 性格悪いから誰も相手にしてくれないんじゃないの?」
言いたい放題言ったら、羅刹の動きが一瞬止まった。
身体を起こしてよろよろだったが、立ち上がることができた。
「霧島にやられて悔しかった?仕返ししたかった?
でもできなかったんでしょ? またやられるのが怖かった?
弱くてどうしようもないから、他のアヤカシの力が欲しかったの?
でも取れなかったんだよね? お前は本当はとっても弱いんだね」
自分を取り巻く煙のようなものを掴んだら、今度は払えて
目の前に少女がいた。
「いじわるぅ」と少女は泣きながら飛び掛かってくる。
押し倒されて噛まれそうになるが、「きゃんっ」と少女が離れた。
河童族の結界が守ってくれている。
それでも羅刹は諦めず、何度も飛び掛かってくるのだが
そのたびに美和は振り払って羅刹を転ばせた。
「ひとりが好きな人だって、帰る場所はあるよ?心配してくれる人もいるよ。
でもお前はないよね!?何もない。空っぽだよね。
お前は何をしたかったの? お前はなぜ生まれてきたの?
誰から生まれたの?どうしてここに来たの?」
美和が言葉を発するたびに、羅刹の怒りを感じたが
そこには悲しみのようなものが混ざっている事もわかった。
何度飛び掛かってくる羅刹を避けたことか。
さすがに疲労して結界が崩れ始める。
そしてとうとう、羅刹に右の肩を噛みつかれて転んだ。
「がっああああ…あう…」激痛にひるむが、ここで諦めるわけにはいかなかった。
羅刹を剥がして蹴り飛ばした。
「痛いよう…」と転んで泣く少女に一瞬迷うが
これは羅刹だ。騙されない。美和は転んだまま羅刹ににじり寄って
動く左手で羅刹の頭を押さえた。
「お前は消えるの。わたしの中で消えて…わたしになる」
羅刹はもがきながらも少しずつ小さくなっていく。
最後の抵抗なのか、頭を押さえた左の掌が焼けたように熱くなる。
「う…くっ…ここはわたしの場所だ。わたしの世界だ。
お前のモノにはならない。渡さない。これから美味しいものを食べて、
友達といろんな楽しい事をするんだ。だから邪魔するな。
わたしがイヤだという事をするな。一緒に…いていいから。遊んであげるから。
あ…うっ…う…」
羅刹だったモノは少しずつ黒い小さな塊になって、
やがて美和の手のひらから消えた。
消える時、羅刹が笑ったような気がした。
それは悪意のある笑いではなく、楽しみにしている笑いだった。
*
美和の左の掌が火傷のようにただれて、右肩が外れたように下がっている。
「おい、美和。生きてる…な」
「大和…。ごめん。殴ったり噛みついたりした。血だらけだね」
うっすらと目を開けた美和が左手の甲で大和の顔をなでた。
「慣れてるから気にすんな。手、大丈夫か?」
「うん、痛い。羅刹の痕…みたい」そして気を失った。
ほっとした大和が美和を抱いて蔵から出たのは
入ってから3時間ほど経ってからだった。
「終わりました。美和、無事です。
…左手に火傷して右の肩も痛めたみたい…」
戸隠が美和を受け取って家に運び、藤子が手当をするためについて行く。
「大和も血まみれだな。お疲れ。よくやった。支えるから倒れていいぞ」
愛鷹に言われて大和は安心してぶっ倒れ、担がれて運ばれていった。
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