21・藤子と永介
「あら、このお茶美味しい。きれいなグリーン」
お土産の知覧茶を飲みながら、帰宅した美和が母と話している。
「鬼の霧島さんにギリ会えた。おじいちゃんだったけど、
とっても優しそうな鬼だった。でね、巻物を渡してくれて、これなんだ…」
「鎌倉時代くらいのものだね。これを書いた人、比十の末裔だったみたい
人間で…って書いてある」
「お母さん、読めるの?」
「ちょっとだけね。 永介のとこにも戸隠くんのとこにも参考なるような
文献がなかったから助かるね」
「それ、霧島さんの奥さんが書いたって言ってた」
「あら、いつの時代もアヤカシと人間の恋愛はあるのね」
「沙織と早池峰さんみたいに?」 「そうだね」
「それと霧島さんがわたしの事、末裔にしては血が濃いって言ってた。
何の事だろう」
「あらま」
「羅刹は封印する手もあるって。で、特にわたしが…って。
わたしが封印できるの?」
「ふううん…。まいったな」母が頭をポリポリ掻いた。
「何?」
意味ありげな母の言葉と態度が気になってしかたない。
「…とにかく、今は解読しましょう。うん」
「何かごまかした?」 「いえ、何も。お風呂入っちゃいなさい」
「むー?」 「いいからほれ。村へはわたしも行くから」
納得はいかなかったが、お風呂も入りたかったので
その疑問は心にしまった。
*
金曜の夕方、藤子は美和と一緒に放課後に沙織と大和を拾い、
村を目指して車を走らせた。三連休になるので、月曜まで休みだ。
「車、助かります。ありがとう、藤子さん」大和が遠足気分で
ウキウキしている。
「どういたしまして~」
4人で乗る車は賑やかで、普通にドライブになった。
「羅刹のせいでいろんな事があったね。みんな、その後は何ともない?」
「わたしは特にはないです」
「俺も。何だかんだ言っても、愛鷹師匠も戸隠さんも優しいし、多嘉良さんの
ご飯はうまいし」
「そうだね。永介、料理が得意なのよ」
「でもまだ終わってないよね…」美和が呟く。
「美和はたまーに、こうなるのよ。乗っ取られて羅刹になったらどうしようって
心配らしいの」
「あー、俺は一度経験したから、わかるかも。でもさ…。
うん。その時は何とかしようぜ。俺はそれまでに強くなる。…多分…」
「多分?」 「きっと…だといいな」
「何ですかそれは。あははは」と美和が大笑いした。
「大和はね、鍛えれば美和に勝てるのよ。
美和はどんなに鍛えても愛鷹や戸隠くんに勝てないでしょ?」
「うん」
「男女では身体の造りも筋肉の付きかたも違うからね。
だから大和が鍛えればもしかしたら二人に勝てなくても
対等くらいにはなれる…かもしれない」
「それ、凄くない?俺、頑張っちゃおう」
「そう言えば以前、愛鷹にわたしは力が劣るけれど
素早く動けるって言われた」
「美和の有利なところはそこね」
そんな話しをしながら。バス停のある山小屋に着いたのは夜中近くだった。
ここからさらに2時間歩く。
*
「こんばんはー」やたら元気な大和の声で、多嘉良がねぼけた顔で出てきた。
「晩ごはんは?」 「いただきたいっす」 「簡単におにぎりな」
「夜遊びして帰宅した息子と親父の会話?いや、母親?」
「やかましい」
藤子の言葉に多嘉良が答えたが、まんざらでもないようだ。
その夜はおにぎりの夜食を食べて、そのまま眠った。
*
「藤子さんが一緒とは珍しいな」
翌日の朝食後、みんなで社務所の奥の部屋で
修学旅行のお土産やお茶菓子を囲んでまったりしているところへ
多嘉良が話しかけた。
「まあ、いろいろあって美和に話そうと思うの」
「は?」
「何?お母さん、何かあるの?この前も何かごまかしてた。
あとね、ずっと思っていたんだけど、戸隠山に愛鷹山に早池峰山に
梓川に早瀬川…。アヤカシが住む山や川はいろいろあるけど
日本一と謳われる富士山にアヤカシはいないの?」
「…えーっと…。何のためにわたしは内緒にしてたんだっけ?
最早それすら忘れた」
「人間と一緒になりたいって言って、村のみんなを巻き込んだんだろ!?」
「あ、そうだった。美和が大人になって、独り立ちするまで
内緒にするつもりだったけど、そこまで疑問に思うなら教える」
少し間があって、藤子が口を開いた。
「霊峰富士山のアヤカシ…不二はわたしよ」
「……」何を聞いたのか理解できなくて美和も沙織も、もちろん大和も
固まった。
「……えーっと…。多嘉良さん、今夜は山女魚釣ってこようか…?」
「美和、現実逃避しないの」 「ううう…」
「…つまり、お母さんは生粋のアヤカシ…?末裔ではない?」
「です」ニコニコ笑って頷く母を見て、美和も笑うしかなかった。
「多嘉良さんは…?」
「たから=宝。永介の永は宝永の永。昔からの相方よ。
わたしの事情に付き合ってもらったの」
「宝永山…?」
「そう。先代の時代に噴火して、その時に彼の名前を付けたの」
「村の皆は知っているの?」
「うん。協力してもらってた。それにしても美和がこんな話しを聞いても
わりと冷静なのが助かるわ」
「屋敷の柱を壊したときや大和を助けた時、人間離れしていて
ただ者じゃないって思ったもん」
もう半笑いで納得するしかない美和だった。
「あ、でも待って。生粋のアヤカシは都会で暮らせないんじゃなかった?」
「うち、植物がたくさんあったでしょ?空気清浄機も。
それで空気を綺麗にしてたの。それでも具合が悪くなった時は
自分で治してた。」
「あと、免許とか結婚するのに戸籍とかは…まさか」
「図画工作です!」
母と多嘉良から答えが飛んできた。
「やっぱり」
「その辺の事は深く考えちゃダメよ」
「それとお父さんは…?人間?」
「うん。村の近くの山を登っていて滑落したのをわたしが助けたの。
ビビッてきたから結婚した。今は事情を知っている」
「でも変わらずに家族でいるんだよね?」
「そうよ。カッコいいでしょ」
「わー、いい。それいい。わたしもはやちゃんとそうなるぅ」
「うん。応援するわよ~」
「…俺はこの話題についていかなくもいいよな?」
大和はひとり取り残されて、多嘉良──宝永が作った団子を頬張って
多嘉良に慰められるように頭をポンポンされていた。
「でもさ、こういう話しって、もっとこう…ドラマチックにしないか?
何しれっと言ってんだか」
「しれっと言うしかないじゃない。しれっときてしまったんだし」
大和の疑問にしれっと答える藤子…いや不二だった。
「霧島さんが言ってた、血が濃いってこのことだったんだ」
「すまんな。騙したみたいだからな。でもな、美和が産まれた時は
村中が大喜びで一週間くらい祭り状態だったぞ」
「うん」
村の人たちがいつも優しくしてくれたのは確かだった。
「多嘉良さんの呼び方は、今まで通りでいい?」
「あ、俺も」 「わたしもそう呼びたい」
「もちろんだよ」
大和も沙織も今まで通りにいこうと決めたらしい。
「巻物を大江先生に渡してくる。ついでにお土産配ってくるね」
「あー、俺らは後で行くよ。なっ」と大和が気をきかせて沙織と残った。
*
美和が村を回って土産を渡しながら母の事を知ったと言った時、
戸隠はほほ笑んで、愛鷹は頭をなでて、梓と早瀬とはハイタッチして
大江先生や早池峰や他の村の住民たちは──留守だった者は除いて
みんな頷いて、何も変わらないのだと知って安心した。
*
神社に戻った美和は素朴な疑問を口にした。
「もしかして、霊峰のアヤカシって…お母さんって偉いの?」
「さあ?でも皆に丁重に扱っていただいてるわね」と、笑う藤子。
「アヤカシの頂点…に近いかな」
美和の疑問に多嘉良がストレートに答える。
「そうか、わたしはそういう霊峰不二の娘。きっと羅刹と戦える」と
自信を持った。
そして、もうひとつの覚悟も──。
読んでくださってありがとうございました。
次回もよろしくお願いいたします。




