2・珠世
翌朝、教室で黒部珠世が珍しく一人でいた。
「おはよう」と美和に声をかけてくる。
「おはよう…」と、とりあえず返事はした。
「あのね、穂積さんにお願いがあるの。沙織と話してほしいの。
わたしはもう、ダメだから」
そう言い残して教室を出て行ったきり、黒部は欠席になった。
「何?一体何だったんだろう?」
ぽかんとする美和だった。
その日は放課後になっても、橘は絡んでこなかった。
親友の黒部珠世がいないと、とても大人しいみたいだ。
『沙織と話して。わたしはもう、ダメだから』という黒部の言葉が気になって
思い切って話しかけてみた。
「あの、黒部さんはどうしたの?今朝、ちょっと変だったよ?」
ビクッ。
美和が声をかけると橘の身体が飛び跳ねたように動いた。
ゆら…り…。
橘の向こうに、黒部珠世が現れた。
教室に入って来たのではなく、何もない空間から現れたのだ。
彼女はこの世の人ではないと、すぐにわかった。
「黒部さん…、亡くなったの?」
「わかるの?」
「変だと思われているついでだから言うけど、そこにいる」
橘の後ろを指さすが、橘には視えない。
「本当は視えるスイッチと切り替えるんだけど、しなくても視えるってことは
それだけ相手の想いが強いってこと」
と、珠世から二股に分かれた尻尾が生えているのが美和には視えた。
「猫又?」 つい言葉に出てしまった。
「なんでわかるの?本当に視えているの?死者と話せるの?」
「うん」と、この際だからはっきりと答えた。
「珠世が言ってた。穂積さんの話をちゃんと聞いて、
わからないことは穂積さんに聞きなさいって。
…珠ちゃんは珠ちゃんじゃなくて、もうずっと前に亡くなってたの」
ぽつりぽつりと橘が話し始めた。
*
*
*
キキキキーッ ウニャアア…。
「珠ちゃん大変、猫さんがはねられた」
小学校3年生。学校の帰りにバイクのタイヤに猫が挟まれて
苦しそうにしているを見つけた。
「助けよう」
白い猫は血まみれで、橘は母親に頼んで病院へ連れていき、
そのまま飼い猫にした。
「沙織ちゃん、猫さん見に行っていい?」
「いいよー。来て、来て。 名前はシロにしたんだよ。すごくかわいくて
とっても頭がいいの」
「あのね、沙織ちゃん。実はうち引っ越すんだって。
富山県っている遠い所へ行くんだって。お手紙書くね」
「珠ちゃんがいなくなるの、つまんないな。たくさんお手紙書くね」
そんな会話をシロはじっと聞いていて、悲しむ橘にすり寄って慰めた。
*
珠世が引っ越した時から、シロの姿が見えなくなった。
どこを探しても見つからない。
珠世への手紙にも書いたが、珠世からの返事はなかなか来なかった。
「珠ちゃんもどうしたんだろう…」 寂しくて、悲しくて
楽しくない日が続いたある日、やっと珠世から返事がきた。
『ごめんね。ちょっと怪我をして入院していたの。でももう大丈夫。
元気になったよ。シロは残念だね。でもきっと誰かに可愛がられているよ。
だってとってもいい子だもの』とあった。
珠ちゃんが元気でよかった。
けれど寂しさは消えなくて、毎日珠世とシロに会いたいと思っていた。
クラスでは友達ができなくて、大人しくて目立たない子になっていた。
*
*
*
「4年生になった時からの話しは穂積さんも知っての通り。
みんなに囲まれて話しがウケて、嬉しくてエスカレートしてしまった。
…ごめんなさい」
まさか謝罪があると思わなかったので、美和はまじまじと橘を見つめた。
「穂積さんはいつも一人で平気でいて、本を読んだり、外をぼんやり見たり。
一人なのに寂しそうな感じがしなくて、とても不思議だった。
不思議で、穂積さんに興味があって、でも見ていると何かイライラして
自分が分からなくなった」
「6年の終わり頃に珠ちゃんが帰ってきて、また仲良くなって
穂積さんとも高校で再会して同じクラスになって、現在に至ってる」
珠世はうんうんと、頷いている。
「いつだったか、珠ちゃんと寄り道した時に言われた事がある」
*
「沙織はさ、穂積さんと友達になりたいんじゃない?」
クレープを食べに行った時、珠世は橘にそう言った。
「え…。まさか、違うよ」
「でもね、もし機会があるなら、穂積さんと話をしたらいいよ。
多分、沙織のためになる」
「え?そうなの?なんで?」
「彼女は死者と話せる比十というアヤカシの血を引いている」
「は?何それ?珠ちゃんヘンだよ?」
「わたしからのお願い。」 珠世は寂しそうに笑った。
それから珠世は学校を休みがちになった。
お見舞いに家へ行ってもとても具合が悪そうで、一気に年をとったように
怠そうにしていた。
読んでくださってありがとうございました。
次回もよろしくお願いいたします。




