10・天城山
空気の悪い都会は歩けないために、山や山里を歩いてくる早池峰とは
登山口で待ち合わせた。
「お疲れー」手を振って早池峰が待っていた。
「俺の標準語、うまくなった?」
「はやちゃん、すごい。上手」
「たくさん練習しました」
仲のいい二人を見ていると、幸せな気持ちになるけれど
ほどほどにと、お願いする美和だった。
2時間と少しで万三郎岳へ。
「ちょっと集中してみるね」山の中で『視えるスイッチ』を入れるが
変わった様子はなかった。
「万三郎さんは伝説になっていて、奥さんがいたってネットで見たから、
継いだ者もいると思ったけど何の気配もないや」
まわりを見回した美和はがっかりした。
「ここら辺は登山者も増えて、木も切られてしまったから
他へ移動したかな?ちと、声をかけてみるか。
…おーい、山の主殿よ、俺は北の山から来た早池峰と申す。
主殿はおらんかー?」
早池峰の呼びかけにも返事はなかった。
「もし霊になっているなら、呼んでみようか。やったことないけどダメ元で」
美和は座って目を閉じて、集中しはじめた。
*
ユラリ
空気が揺れた。
目の前に人間の老人が立っていた。
「…万三郎さんの関係の方ですか?」
一人で話し始める美和に、「誰か来たんだ」と沙織と早池峰は
邪魔をしないように少し距離を取った。
老人は万三郎の子孫だと名乗った。着物なので、古い時代の人のようだ。
他に血縁の者はここにはいないらしい。
「鬼と戦った話しを知りませんか?」と聞くと
「この近くにある大きな木の根元に書き残した物があると
言い伝えがあるから、それを見なさい」と、
「大きな木?」
「ついてきなさい」
美和に続いて、沙織と早池峰が歩いて行く。
*
そこには紙垂の名残が下がった注連縄が巻かれた
巨大な切り株があった。
長い年月で木が倒れ、切り株だけが残ったようだ。
「よかった。誰にも見られずに朽ち果てるよりずっといい」と、
案内が終わると、老人は静かに消えていった。
「この下だって」
切り株の周りを見るが、変わったところは何もない。
「よっと」沙織が根っこを持ち上げる。
「壊したら悪いよね!?はやちゃん、ちょっとずつ持ち上げてみようよ」
「よし。美和はちょっと離れていて。根をちぎらないように、そっと…」
切り株の下の隙間から木くずのような、ボロボロになった紙が出てきた。
「時間が経ちすぎたけど、読めるかな?ちょっと待ってて」
美和はリュックからビニールを取り出して、
ギリギリで紙の状態の物を全部入れ、切り株を元にもどして
礼をすると下山して行った。
*
「すごいな比十の能力。死人と話せると嘘もごまかしもできないよね」
沙織が感心した。
「昔は文字が無かったろ?必要なかったからさ。
比十がいて、死者からでも話しが聞けたから、文字で残す必要が
なかったんだ」
「え、そうなんだ」美和と沙織が同時に声を出した。
「アヤカシの歴史だば、そうなってらど」
早池峰が思わず故郷の言葉になっていた。
「だが、死者にも限界があって、時間が経ちすぎると
いなくなってしまうんだ。なのでやっぱり文字が必要になったとさ」
「それと詐欺には気を付けないとね。ありもしない事を言うのがいるって、
以前母が言ってた」
「なるほどー」
そんな話をしながら、紙は早池峰が持って帰って解読する事になった。
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