第33話 メイニー王国、戴冠式前日の鍵師 後編 帰ってこいよ
十四歳ぶりの北海道は、変わってなんかいなかった。
「味がしないな」
スタバで注文した久しぶりのアイスカフェラテ。オレもがっかりするしかない。ハリボテでも再現はして欲しかったよ。
「それで、この夢魔法で来たということは――」
味がしないアイスカフェラテのグラスから突き出る、ストローを抜き取ってエッカに向ける。
「オレの帰り方が、……分かったということなんだよな?」
ごくりと、ホットレモネードを飲む彼女を見た。
彼女の顔が上がると、真っ直ぐにオレを見て微笑みを浮かべる。
「オレは帰れるんだな!」
バン! テーブルに両手を乗せて力強く立ち上がった。
念願が、ついに叶うのか。やっと帰れるのか。
「師匠は帰るということはタイラーさんやメアリー・アンさんも、……まぁ、成人していますし! 大丈夫ですよねー」
彼女の口から出た子どもたちの名前に、腰が椅子の上にどかりと落ちてしまった。
子どもたちは成人して、とっくに親離れが出来ているというのに、親であるオレ自身、子ども離れが出来ていない。
情けないったらない話しだ。
「手紙を残して、帰るよ。子どもたちは親離れがとっくに出来ているからね。分かってくれるさ」
「師匠っ」
眉間にしわを寄せてホットレモネードを飲み干して大きくゲップをする。
「あたしと一緒に暮らしましょう!」
懸命に告白を受けている。これは、そういう意味合いってことでいいんだろうか。
彼女の頬も真っ赤で、鼻息も荒いったらない。
「じゃあ、帰り方を教えてもらおうかな」
オレの言葉に「では、お教えしますね!」と彼女は人差し指を立てた。
「頼むよっ」
スタバから出てイオンの中を一緒に歩いてみる。三階建てで、二階と三階、四階と五階、屋上が駐車場。
歩く客人はモブ顔ばかり。だから、現実味がないことは残念だよな。
「よくも、帰り方を思いついたね」
「えっへん! 褒めて下さいー」
「それで、教えてもらってもいいかな?」
オレたちは恋人繋ぎで指先を絡めて一緒に歩いた。
こうして懐かしい場所にオレの心も弾んでいるのが分かるぞ。
「来た路を戻る、いえ、帰るんです。決して振り向かずに」
「え? 来た道をって、あの女神が創った扉は――」
「いいえ。そうではないです」
顔を横に振る彼女へ「新しく扉を構築するって、ことなのかな?」と確認に聞く。
ぎゅっと手を強く握られたことで、そうだと教えてもらう。
「師匠が来たときの年齢から今のお歳を引いた数だけ、扉の開け閉めをし続けるんです」
「……最後の扉が、最初の女神の門になるのか!」
「はい! そうですー」
十四歳だったオレも、今では初老間近の三十八歳。
「……二十四回。同じことを振り向かずに行えばいいってことか!」
解決策に声が弾んだ。目から鱗とは、まさに、このことなのか。
「マルチバースを起こすんです」
「っま? まるち、なんだって?」
「要は逆輸入バージョンの異世界転移です! がんばってください!」
身体を掏り寄せるエッカに「誰かからか、何か聞いたからわかったのか?」と尋ねた。
だが、質問には応えはなかった。思いついてくれた人には、帰れた際には感謝を言いに行きたいくらいだ。
「やってみるよ」
「師匠なら出来ますー」
それからオレたちは他愛もない世間話しをし合って、イ〇ンの中を歩き回った。
服とか雑貨、本屋なんかを足が疲れない夢だからこそ楽しめたんだろうな。
どれくらい経ったのか、彼女が手を解いてオレの正面に立ち塞いだ。
手には杖があった。尖がった耳も低く下げられて、強張った表情がオレを見据えている。
「師匠、待ってますよ!」
「ああ」
その言葉を最期にオレの視界は真っ暗になる。
懐かしい旭川とも、また、少しの間――お別れだな。
◇◆
「ンんん……った、ぃたたたっ!」
目が醒めたオレの頭には激痛が走った。どれくらいの馬鹿力で殴ったんだ。
「っこ、……ここは」
「お目覚めかな? お姫様?」
この声には聞き覚えがある。だが、辺りは暗くて、何も見えない。
「どこにいるんだ。ダ・カポネ三兄弟の長男ジョイ!」
「暗くて見えませんとさ。宰相殿、光りを点けてやってくれやしませんか」
宰相だって? まさか、オレを拉致することを命令した黒幕の宰相ミューズ=アルヂレがいるのか。
「メイニー王国の、宰相ミューズ=アルヂレ?」
「《光りを》」
彼の言葉から一斉に辺りが点灯をする。
「我が国はクボヤショータ鍵師を歓迎する」
メイニー王国宰相のミューズ=アルヂレ、四十八歳。幼少の新王に代わり国を動かしてきた男。
ブブルブ王みたいに容姿端麗。宰相の衣装なのか、真っ白い生地に褐色肌が濃くも見栄えがいい。健康的な肌だ。道民を思い出すな。
身長はオレくらいで白毛の長髪をひとまとめに縛っている。親近感はあるが、そうはいくか。
彼からの言葉に「よくもーまぁあア!」と言いたかったが、ここは飲み込んだ。
「最近では。かのエルフ族をも凌駕させ王族直属の鍵師資格も得たとか」
「はい、そうです」
「そのせいで我が国の一大事と依頼した仕事にも気がつかなかったのだとか?」
打ち震えた口調がオレを責めている。よな? これは。
「それで、もう一人。ジョイさんはどこに……ぇ」
周りを見渡すとオレは絶句をしてしまう。
目の前に大きな鳥かごがある。その中に……ジョイの頭部だ。驚く以上の何かを、人間は出来るだろうか。
「ジョイさ、ん?」
「喜べ、鍵師。私がダンジョンの案内役だ」
案内役以前の話だ。
胴体がないのに、どうしてこんなに平然としていられるんだろうか。




