第十七話『旗揚げの地、臥龍の棲家』
下邳城の陥落という大嵐を乗り越え、武田勝頼と陳宮は、この異郷の地の辺境で、運命的な再会を果たした。それは、絶望の淵にあった一行に、失いかけていた希望を呼び覚まし、彼らの心に、再び生きるための、戦うための活気をもたらした。しかし、彼らは、いつまでもこの寂れた寺に身を隠しているわけにはいかない。曹操軍の追撃は止まぬだろうし、何よりも、陳宮と勝頼の心には、この乱世に新たな旗を立て、自らの理念に基づく国を築くという、固い決意が芽生えていた。再起を果たすための、新たな本拠地を見つけねばならなかった。
「公台…改めて問う。我らが…我らの旗揚げするに…相応しい場所は…どこであろうか…?」
勝頼は、焚き火の炎を見つめながら、傍らに侍る陳宮に問うた。陳宮は、数日の休息の間に、長年培ってきた知識と、細々とではあるが維持してきた情報網を駆使し、この周辺の地理や情勢、有力者の動向について、昼夜を問わず調べていた。彼の憔悴した顔には、疲労と共に、新たな希望を見出した軍師の鋭い光が宿っていた。
「御館様(陳宮は、勝頼を新たな主君と定めてからは、敬意を込めてこう呼ぶようになった)。中原の中心部…許都や兗州は、今や曹操の牙城と化し、我らがごく僅かな兵力で割って入る隙など、砂粒ほどもございませぬ。また、北には袁紹、南には劉表殿が荊州を、そして江東には孫権殿が勢力を固めております。これらの大勢力の力が、まだ十分に及んでいない、しかし将来性のある辺境の地を狙うべきかと存じます」
陳宮は、旅の間に手に入れた、一枚の粗末な地図を広げた。それは、手書きで、正確とは言えない代物であったが、彼の指が、ある一点を指し示す。
「この…荊州南部…長沙、零陵、桂陽の三郡あたりは、土地は肥沃で、開発の余地はございますが、劉表殿の支配も緩く、地元の豪族たちが自らの縄張りを守ることに精一杯で、中央の統制が利きにくい土地柄にございます。また、山深くには山越などの異民族も多く住んでおり、彼らを味方につけることができれば、強力な戦力にもなり得ましょう。開発は遅れておりますが、逆に言えば、大勢力から目立ちにくく、我らが根を張り、着実に勢力を築くには、格好の地とも言えましょう」
陳宮は、言葉を探しながら、しかし確信を持って語った。
「荊州南部…」
勝頼は、陳宮の言葉を反芻しながら、地図を覗き込んだ。見慣れぬ地名だが、そこには、何か惹きつけられるものを感じた。
陳宮の提案に従い、一行は荊州南部を目指して、厳しい山越えを重ね、さらに南へと旅を続けた。そして、零陵郡の北東部、深い森に覆われた険しい山々に囲まれ、城砦を築けば、天然の断崖や、川の流れを天然の堀とするような、まさに要害中の要害とも言うべき地を見つけ出した。
「ここだ…! 公台…ここだ…!」
勝頼は、その地形を、疲労困憊の身でありながらも、一目見て、全身を駆け巡るような強い直感を得た。故郷・甲斐の、あの険しい山城を築くのに適した地形と、驚くほどよく似ている。山の稜線、谷筋、川の流れ…それらが全て、防御に適した構造を持っている。
「この地に…我らの…我ら、武田勝頼の…新たな城を…築こう…小さくとも…決して…決して落ちぬ…我らの…我らが民と…共に生きる…拠点を!」
勝頼の言葉に、陳宮も、張遼も、そして厳しい逃避行を生き抜いてきた数十名の兵士たちも、未来への希望をその目に宿らせ、力強く頷いた。
こうして、勝頼軍の新たな拠点作りが、この辺境の山中で始まった。勝頼は、かつて父・信玄の傍らで学んだ日本の築城術の全てを思い出し、自ら縄張りを引き、設計図を描いた。それは、中原の、平地に巨大な城壁を巡らせる都市型の城とは全く異なり、山の地形を巧みに利用し、複数の段郭や曲輪を連ね、自然の地形を最大限に生かした石垣や、敵の侵入を阻む空堀、そして敵兵が一度に押し寄せても容易に突破できぬよう、わざと狭く、そして屈曲させた虎口といった防御施設を、最も重視した、日本の山城の築城術に基づいたものであった。
「石垣は…ただ積むのではない…こう…石の形を…組み合わせて…『乱積み(らんづみ)』にしていくのだ…敵が…取り付こうとしても…足場が…見つけにくく…登りにくくなる…」
「虎口は…真っ直ぐではない…わざと…狭く…そして…曲がらせる…敵兵が…勢いをつけて…一度に…侵入できぬように…」
勝頼は、言葉はまだ不自由ながらも、土に簡単な模型を作り、図を描き、身振り手振りを交えながら、中原の職人や兵士たちに、その特殊な、しかし合理的な技術を懸命に伝えた。最初は、見たこともない築城術に戸惑っていた彼らも、勝頼の熱意と、その設計が、いかに防御に優れているかという合理性に気づき、次第に積極的に作業に取り組むようになっていった。陳宮も、勝頼の意図を正確に汲み取り、限られた資材と人員の中で、的確な指示を与え、資材の調達や人員の配置に奔走した。張遼も、兵士たちを率いて石を運び、木材を切り出す作業に汗を流した。
城(というよりは、まだ砦に近い、素朴な規模であったが)の建設と並行して、陳宮は人材の募集を開始した。彼は、筆を執り、勝頼の理念を反映した檄文を作成し、周辺の村々や町へ、密かに送った。
「告ぐ! 乱世の飢えと戦乱に苦しむ民よ! 志ある者よ! 我ら、武田勝頼・陳宮は、この辺境の地に、力ではなく、仁義に基づき、民が安らかに、安心して暮らせる新たな国を築かんとす! 我が『風林火山』の旗の下へ集え! ここには、身分や出自を問わず、志と実力次第で、誰もが活躍できる場がある! 我らと共に、新たな世を築こうではないか!」
その檄文は、既存の支配者の悪政に苦しみ、戦乱に疲弊し、希望を見出せずにいた人々の心に、かすかな灯火を灯した。噂を聞きつけ、少しずつ、様々な人々が勝頼たちの元へ、険しい山道を越えて集まり始めた。
下邳で呂布軍が滅亡し、張遼を慕って辛うじて落ち延びてきた、呂布軍の元兵士たち。
戦乱で故郷と家族を失い、新たな安住の地と、生きる意味を求める流民たち。
劉表の緩い支配や、地元の腐敗した役人、そして豪族たちの横暴に反感を抱く、少数ながらも気骨のある庶民や、小豪族たち。
そして、かつて黄巾の乱に参加したが、今は改心し、勝頼の掲げる「仁」の世に、かすかな、しかし確かな希望を見出した、黄巾崩れの者たち。
さらに、周辺に住む山越族などの異民族も、最初はその異様な一団に警戒しながらも、勝頼たちの動向を、興味深げに窺っていた。
勝頼は、集まってきた、顔立ちも服装も様々な人々を、決して身分や出自で分け隔てることなく、真心をもって迎え入れた。彼は、一人一人と、陳宮の助けを借りながら、訥々と、しかし真摯な言葉で語り合った。その身の上や、この乱世で何を目指したいのか、その志を聞き、一人一人の人柄と才能を見極めようとした。そして、陳宮と共に、彼らの能力と志に応じて適材適所に配置し、寄せ集めの集団を、一つのまとまった新たな組織として作り上げていった。
軍律も、改めて厳格に定められた。その基本となるのは、勝頼が故郷で学び、そして陳宮も深く共感した、武田家の軍法と、彼が何よりも重んじる「仁」の精神。特に、民衆への略奪や暴行は、いかなる理由があっても厳禁とされ、違反した者は、たとえ風林火山組や張遼配下の古参の兵であっても、一切の容赦なく、厳罰に処せられた。その公平さと厳格さは、城砦建設に協力する周辺の民や、新しく加わった兵士たちの間で、勝頼への畏敬と信頼を生み、次第に軍全体の規律を高めていった。
しかし、この辺境の山中に突如として現れた新興勢力の台頭を、快く思わない者たちもいた。拠点の近隣を縄張りとする、古くからの賊徒の集団や、勝頼たちの力が自分たちの支配を脅かすことを恐れた一部の小豪族が、徒党を組んで、まだ完成していない勝頼たちの城砦へと、その牙を剥いてきたのである。その数は、勝頼軍の兵力を上回っていた。
「敵襲! 敵襲!」
物見櫓からの、切羽詰まった声が、山間に響き渡る。城砦の建設はまだ道半ば、集まってきたばかりの兵の訓練も十分とは言えない。寄せ集めの勝頼軍にとって、これはあまりにも早い、そして厳しい最初の試練であった。だが、この試練を乗り越えなければ、彼らの掲げた旗は、すぐに吹き折られてしまうだろう。




