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風林火山、中原を翔ける ~武田勝頼、三国志異聞~  作者: チャプタさん


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第十三話『勝頼奮戦、龍虎の咆哮』

彭城ほうじょうでの野戦で、曹操そうそう軍という圧倒的な力の前に惨敗を喫した呂布りょふ軍は、多くの血を流し、兵員の半数を失い、士気も地に落ちた状態で、敗走の末、最後の砦である下邳かひ城へと逃げ込んだ。追撃してきた曹操の大軍は、寸刻の猶予も与えず、城を幾重にも、蟻の子一匹通さぬほど厳重に包囲し、外部との連絡を完全に遮断した。城壁の外には、地平線まで埋め尽くす曹操軍の軍勢が、不気味な沈黙をもって布陣している。


曹操は、城を囲むと同時に、降伏を勧告する使者を送ってきた。その言葉は、恭しくも、圧倒的な力の差を背景にした無言の圧力を含んでいた。しかし、呂布は、屈辱的な敗北を喫したばかりの怒りと、天下無双を名乗るプライドから、これを即座に拒否した。


「降伏など、ありえぬ! この呂布奉先が、曹操ごときに頭を下げるとでも思ったか! 笑止! この堅固な城がある限り、負けぬわ! 最後まで戦い抜いてくれる!」


徹底抗戦の構えを見せた呂布であったが、城内の兵糧は、彼の贅沢な暮らしや、先の野戦での消耗、そして陳宮ちんきゅうたちが懸命に訴えても備蓄が進まなかった現実により、長期の籠城戦に耐えうるほど十分ではなかった。兵士たちの顔には、度重なる敗北と、飢えと、そして出口の見えない絶望の色が、すでに深く刻まれていた。


包囲を完成させた曹操軍は、翌日から直ちに城への猛攻を開始した。雲梯うんていが高く立てかけられ、城壁には無数の鉤縄かぎなわが投げかけられる。高く組まれた移動式のやぐらからは、絶え間なく無数の矢が、まるで雨のように射掛けられ、城壁を守る兵士たちを次々と射倒していく。巨大な衝車しょうしゃが轟音と共に城門に打ち付けられ、太い梁が軋む。投石機からは、成人男性の頭ほどもある巨大な石弾が、うなりを上げて城壁の上や城内に降り注ぎ、建物を破壊し、人々を圧殺する。城壁の各所で、地獄のような激しい攻防戦が繰り広げられた。


城壁の一角、特に敵の攻撃が激しい東門の守りを任されたのは、武田勝頼たけだかつよりと、彼が育て上げた精鋭部隊「風林火山組」であった。彼らは、この籠城戦のために、勝頼が陳宮と共に研究し、中原の城郭防衛術に応用した日本の城郭防衛の知恵を駆使して、巧みに敵の攻撃を防いでいた。城壁に設けられた狭間さまからは、狙いを定めた正確な弓矢が、城壁に取り付こうとする敵兵の弱点を的確に射抜く。城壁を登ってくる敵兵には、上から煮え立つ熱湯や、巨大な石、あるいは鋸刃を付けた木材などが浴びせかけられる。


「怯むな! 敵の動きをよく見て、的確に狙え! 我らは民を守る壁となるのだ!」


勝頼は、血と硝煙の匂いが立ち込める城壁に立ち、愛用の日本の太刀を抜き放ち、時には自ら城壁に取り付いた敵兵を斬り伏せて兵士たちを鼓舞する。その姿は、誰よりも身を挺して戦う異国の将として、絶望的な状況下にあっても、兵士たちにわずかな勇気と希望を与えた。


さらに、勝頼は「風林火山組」の中から選抜した、身軽で隠密行動を得意とする者たちに命じ、夜陰に乗じて城外へ繰り出させた。彼らは、「忍び」のように曹操軍の陣営に潜入し、攻城兵器の足に火を放ったり、兵糧庫に火をつけようとしたり、あるいは敵の伝令を襲って偽情報を流したりと、ゲリラ的な撹乱戦術を展開させた。これらは、曹操軍に決定的な損害を与えるまでには至らなかったが、敵の神経を苛み、夜も安心して眠れぬようにし、攻勢をわずかに鈍らせる効果はあった。


呂布軍の他の将、張遼ちょうりょう高順こうじゅんらもまた、自らの持ち場で死力を尽くして奮戦していた。張遼は、西門の守りを堅め、曹操軍の波状攻撃を退ける。特に、高順が率いる「陥陣営かんじんえい」と呼ばれる精鋭部隊は、数百名という寡兵ながらも、高順の厳格な指揮の下、驚くべき結束力と粘り強さを見せ、曹操軍の攻撃を何度も、何度も血を吐きながら跳ね返した。彼らの獅子奮迅の働きにより、曹操軍は、当初の予想に反して、この堅固な下邳城を容易には攻略できずにいた。


しかし、当の呂布自身は、戦況が膠着し、一向に好転しないことにいらだち、城内の自室で酒に溺れる時間が増えていた。酒に酔っては、気に入らない部下を些細なことで厳しく罰したり、逆に気まぐれに褒美を与えたりと、その場当たり的で感情的な指揮は、かえって城内の士気をさらに下げていたのである。城兵たちは、城外の敵だけでなく、城内の主君にも怯えるようになっていた。


そんな中、曹操は、下邳城攻略の新たな局面として、城壁の中で最も堅く守られているにも関わらず、将兵たちの士気が高い東門に攻撃を集中させるという、意表を突く指示を下した。狙いは、奮戦する勝頼の部隊を打ち破り、士気を挫き、そこから城内へ突入することにあった。曹操軍の中でも、特に武勇に優れた二人の猛将が、その先頭に立たされた。一人は、「虎痴こち」の異名を持ち、怪力無双で知られる許褚きょちょ。もう一人は、「悪来あくらい」と恐れられ、その剛勇は鬼神にも例えられる典韋てんいであった。


「者ども、続け! 東門を破るのだ! あの異形の鎧を着た東夷の将の首を取るぞ!」


許褚と典韋は、凄まじい雄叫びを上げながら、それぞれが愛用する巨大な刀(許褚)や、両手に持つ双戟(典韋)を振り回し、味方の兵士を薙ぎ払いながら、文字通り猪突猛進に東門へと迫る。その圧倒的な迫力と、並み居る敵兵をなぎ倒していく強さに、東門の守備兵たちは一瞬怯み、城門が破られるのも時間の問題かと思われた。


「持ちこたえよ! 城門を破らせるな! わしが行く!」


勝頼は、城壁の上から危機を察知し、「風林火山組」の精鋭数十名を引き連れて、血路を開きながら城門へと駆けつけた。彼は、城門の内側で、まさに分厚い門板を打ち破らんとする、嵐のような勢いの二人の巨漢と対峙した。


「貴様らが…曹操軍の…猛将か…! 東瀛の…武田勝頼が…相手いたす!」


勝頼は、愛用の日本の太刀を抜き放ち、まずは許褚へと、低い体勢から電光石火の斬撃を見舞う。許褚も、巨大な刀を力任せに振り回し、迎え撃つ。ガキィン! と、甲高い金属音が響き渡る。勝頼の太刀は、中原の武器にはない、研ぎ澄まされた鋭さを持つが、許褚の怪力はそれを遥かに上回り、勝頼は何度も体勢を崩されそうになる。それでも、彼は日本の剣術に培われた繊細な技と、身軽な動きで、許褚の力強い攻撃を紙一重でかわし、反撃の隙を、ただひたすらに、息詰まる集中力で窺う。


一方、張遼も駆けつけ、典韋と激しく打ち合っていた。典韋の双戟は、重さと速さを兼ね備え、変幻自在に繰り出され、張遼を翻弄する。しかし、張遼もまた、呂布軍屈指の猛将。冷静に相手の動きを見極め、隙を見つけては正確な槍捌きと刀で反撃し、互角以上に渡り合っていた。二人の間には、火花が散り、武人同士の凄まじい殺気が渦巻いていた。


周囲では、勝頼、張遼、そして風林火山組と陥陣営の一部隊が、曹操軍の圧倒的な兵力に囲まれ、文字通り死力を尽くしての激しい白兵戦が繰り広げられている。勝頼と張遼は、自らの武勇で味方を鼓舞しながら、曹操軍が誇る二人の猛将を相手に、一歩も引かずに戦い続けた。


長い、長い、息詰まるような攻防の末、ついに許褚と典韋は、東門の堅い守りと、勝頼・張遼という猛将たちの抵抗、そして風林火山組の連携に手間取ったこと、これ以上の損害は無意味と判断したか、あるいは曹操からの撤退命令が出たのか、一旦兵を引いた。城門を破るという曹操の最初の狙いは、辛うじて、阻止されたのである。勝頼と張遼もまた、全身血まみれになり、深手を負いながらも、何とか彼らを退けることに成功したのであった。


しかし、この激戦で、東門を守っていた勝頼軍も張遼軍も、少なくない、そして補充の利かない損害を出していた。城内の兵糧は、日に日に底をつき始め、兵士たちの顔には、疲労と絶望の色が、夜の闇よりも濃く、深く浮かんでいた。


下邳城は何とか持ちこたえている。しかし、それは、もはや風前の灯火であり、いつ吹き消されるか分からぬ、まさに薄氷を踏むような、危うい均衡の上で成り立っているのであった。勝頼もまた、いつまでこの絶望的な状況が続くのか、曹操が次にどんな手を打ってくるのか、強い焦りと不安を感じずにはいられなかった。果たして、この出口の見えない籠城戦に、活路を見いだすことはできるのだろうか。

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