クエスト86 魔王討伐#1
「敬さん、お話があります」
そう言葉に出したのは天子だ。
今、体が酷く小刻みに震えている。手先は痺れ、喉が渇く。
それぐらい緊張しており、もはや次の言葉すらまともに分からない状況だ。
言う前から散々緊張していたのだ、本番が怖くないはずがないだろう。
しかし、言葉にしてしまった以上、もう後戻りはできない。するつもりもない。
相手がどんな考えを持っているかなんとなくわかっていることに悲しさを感じるも、だからといってここで日寄っていたら結局何も変わらないままだ。
だから、相手から進んでくることが望めない以上、こちらから歩み寄らねば。
どうかこの気持ちが相手の芯に届くことを祈りつつ、自分は言葉を握る。
「話って?」
「私達の関係性についてです」
敬の表情は先程からピクリとも変わらない。
それぐらいの表情変化の無さであり、相変わらずの仮面をつけたみたいな顔である。
だから、自分がこれから紡ぐ言葉が相手にどれだけ通じているかわからない。
しかし、それでも自分が出来るのは言葉をかけ続けることだけ。
「私達の関係は今年の二月から始まりました。
図書室で敬さんが私が読みたい本を取ってくださって......キッカケこそ些細ですが、それが私達を繋いだ最初の出来事だと思います」
「そうだね。それは間違いない。あの時、僕がたまたま図書室に立ち寄って、そしてたまたま天子もその場に居合わせて、その結果僕達は今もこうして仲良くしてる。
といっても、そのキッカケをちゃんとものにしたのは天子の功績だけどね」
「そうですね。四月になり、同じクラスであることを知って私は勇気を出して声をかけました。
いえ、声はかけれていませんでしたね。
ストーカーみたいな行動をしていて......それに関しては自分でも少し恥ずかしいです」
「あの時はさすがに驚いたね。終始誰かから視線が来ていると思えば、可愛い小動物なんだから」
「小動物ではないですが、可愛いと思ってくださったんですね」
「......そして僕が天子を捕まえ、君が対人に関して悩みを抱えているということで相談に乗った。
もっとも、僕もそこまで対人コミュニケーションが上手かったわけじゃないけどね。
それでも天子は僕のアドバイスを聞き、飛躍的に成長した」
「敬さんが私にお友達を紹介してくれたのも大きかったと思います。
あの紹介が、敬さん以外と関わったことが、また私の成長を大きくしたと思います。
なので、これまでの全ては敬さんのおかげと言っても過言ではありません」
「それは過言だよ、さすがに。
いくら僕が言ったところでそれを実践しなければ意味がない。
そしてそれを実践したのは、天子の勇気あってこそ。君は間違いなく勇者だ」
敬から発せられた「勇者」という言葉に、天子はピクッと反応した。
敬は自分のことを散々「勇者」と讃えてくれるが、あいにく自分にその意識はない。
そうやって行動できるのは、敬という安心できる後ろ盾があるからだ。
自分が成功しても失敗しても彼はそばにいてくれる。
自分の挑戦したことを褒めてくれ、さらに次の挑戦へと導いてくれる。
隣にずっといてくれるのがわかっていたからこそ、ここまで行動できたのだ。
だからこそ、今は怖い。ずっと怖い。
関係性を変えたいと願ったのは自分なのに、その自分が怯えている。
今だって敬と思い出話に花を咲かせているのもそうだ。
ただ告白するだけならきっとすぐにでも終わる。
でも、終わらない。終われない。あと一歩が中々踏み出せないのだ。
いつもなら押してくれた手が目の前にある。それが恐怖を倍増させる。
静まらない心臓の音。胸の前で重ねる手で感じた鼓動は百を優に超えただろう。
もはや自分の耳元で心音が聞こえているみたいだ。
それが相手にも聞こえてるかもと考えると、なんだか無性に恥ずかしい。
落ち着こう。自分は変わった。もう過去の人と話すこと怯えていた自分とは違う。
だから――、
「天子、あまりここに長居するのも危ないからね。
だから、決着をつけよう」
「――っ」
先制して敬から言われた言葉に、天子はドキッと胸が跳ねた。
しかし、それは驚きというより嬉しさに近いのかもしれない。
なぜなら、見方を変えれば、彼はまた自分の背中を押してくれたのだ。
もちろん、言葉通りの意味でもあるのだろう。
しかし、ずっと敬と関わってきた自分にはわかる。
これが敬の立場から出せる精一杯の優しさであると。
だとすれば、この先の結果が見えていようとも、自分は行動しなければなるまい。
それが敬の優しさに応えることにもなるのだから。
「.......そうですね。これが一度目の決着です」
そう呟くと、天子は一度瞑目する。
そして胸の前で重ねた手から改めて激しく高まる心音に耳を傾けた。
緊張、恐怖、興奮、喜び、悲しみ......色々な感情が乗った心の叫び。
それを自分の思考で汲み取り、気持ちを整理させていく。
それからその告白の全てにその気持ちを乗せて、
「私は――」
****
敬への告白から数分後、天子は一人夏祭り会場を後にして帰路を歩いていた。
華やかに輝いていた着物は夜の暗さに覆われ、今や少し物悲しさもある。
加えて、その雰囲気は着物だけではなく、当人からも漏れ出ていた。
「......」
今の天子は心ここにあらずと言った様子で放心状態だ。
それもそのはず、たった数分前の告白にて天子は振られたからだ。
とはいえ、そのこと自体はわかっていた。
周りからもそう言われていたことだし、自分自身でも薄々勘づいていた。
言うなれば、保険をかけていたのだ。だから、ダメージも少ないはず。
それに、告白は何も一回で終わりじゃない。何回でもトライできる。
そう、わかっている......なのに――、
「.......」
この感情、もはやどうやって口にしたらいいものか。
この世の終わりみたいなとてつもない悲しさ。何も頭が回らない。
これはただの布石だったはずなのに......悲しくて苦しくて辛い。
「勇者先輩、女の子が一人で公園は危ないですよ?」
その時、背後から肩を叩かれると同時に聞こえた声に、天子はビクッと反応する。
その声に咄嗟に振り返ると、そこにいたのは敬の妹である幸だ。
どうやら浴衣は来ていないようで、タンクトップに短パンととてもラフな格好をしている。
そんな敬に最も近い人物に自分の今の顔を見られてしまったことに、一瞬羞恥心を抱く。
しかし、もはや咄嗟に隠すような動作は出来ず、結局見られてしまった。
されど、幸はそのことには触れず、一人自分の先を歩くと、
「勇者先輩、少し歩きませんか?」
そんな声をかけられ、天子はコクリと頷く。
それから二人並んで公園の中を歩き始めた。夏の夜だけあって公園の中であっても割と明るい。
その代わり、吹く風は生温く、ジトッとした汗が首に張り付いて少し気持ち悪いのが気になるが。
「いや~今年の花火も盛大でしたね。
ずっと見上げるのは首が痛いですけど、それでも見る価値はあったと思いますよ」
「......幸さんはお友達と行ったんですか?」
「そうだね。余計な行動をしかねない友人がいたからその牽制。
おかげで、勇者先輩も随分と動きやすかったんじゃないんですか?」
「それは......はい」
幸にどう答えるか迷った挙句短く返事をする天子。
すると、それ表情から何かを察した幸が天子の前に立ち塞がり、そして端的に聞いた。
「先輩、うちのお兄ちゃんにフラれましたね?」
「――っ!?」
「その反応だけで確認は十分ですよ。全く、うちの兄がすみませんね。
こんなにも可愛い勇者先輩をフるなんて正直人間としてどうかしてますよ」
「ですが、幸さんにはこの結果が見えてたのではないですか?」
「見えてたよ。もっと言えば、誰がやっても必ず一度はそうなる」
一瞬、幸から断言された言葉に落ち込んだ天子であったが、すぐに次の言葉で疑問が浮かぶ。
「誰がやっても必ず一度はそうなる」とはどういう意味なのだろうか?
そのまま誰が告白しても必ず一度振られるという意味なのか。
そんな疑問に答えるように幸は背を向け、ゆっくり歩き出すと、
「気にしなくてもいいですよ、勇者先輩。これは負けイベですから」
「負けイベ......?」
「知りませんか? 負けイベント。
ゲームとかでストーリーの都合上、強制的に敗北させられる展開のことです。
そして勇者先輩が魔王である我が愚兄に告白した――これそのものが負けイベなんです」
「だから、先ほど幸さんは『見えてた』って......」
「そゆこと。魔王の無敵バリアを剥がすためとはいえ、一度は告白しなきゃいけないってんだから酷ですよね。
効き目があれば私でも良かったんですが、どうにも一緒に過ごした年月が長いようで。
耐性がついちゃってまともに効きやしないんですよ。悲しくなりますよね」
「そうなんですか.......って、え?」
一瞬あまりにも自然に話すために聞き流しそうになった。
しかし今、確実に幸は大胆な発言をしていた。
「効き目があれば私でも良かった」って、それじゃまるで――、
「あの......幸さんは敬さんのことが異性として好きなんですか?」
「そりゃそうだよ。血が繋がってない男女二人だよ? 意識しないはずがないじゃん。
もっとも、そんな男女が一つ屋根の下で暮らしておきながら本当に何事もなく。
これを健全と評価すべきか、不健全と評価すべきか......勇者先輩はどっちだと思う?」
「え、いや、健全では.......」
「いいね、その純粋さ、嫌いじゃないよ。
もっとも、場合によっては不健全でも全然良かったけどね。
それでお兄ちゃんの心が満たされるなら、私的にも全然問題なかった」
随分なカミングアウトに驚く天子だが、真に驚いたのは幸の表情だ。
今の彼女はまるで不幸が重なったかのような影を落とした表情をしている。
言ってしまえば、とても好きな人を思い浮かべている顔ではない。
だからこそ、天子はその言葉に対して反応できなかった。
「でも、私じゃダメだったんだよ。私じゃお兄ちゃんを安心させられないんだ。
今までも、そしてこれからもお兄ちゃんが真に笑顔を向けることはない」
「それはどういう.......」
「実はお兄ちゃんって昔はとっても笑う人だったんだよ? 今しか知らないと意外って思うでしょ。
でも、その証拠に昔私が『ニヤニヤして気持ち悪い』って言った以来、取るような行動があるの。
見た事あるかな。こうするんだけど」
そう言って幸は左手で口を覆うと、視線を斜め下に投げた。
瞬間、その姿を見た天子の記憶の中に、いくつも該当する記憶が思い浮かぶ。
頻度はあまり多くないが、確かに敬はそのようは行動を取っていた。
「これがお兄ちゃんに感情がある証拠。同時に、未だ心までは死んでないとわかる証。
そして私の願いは、お兄ちゃんがまた昔見たいに笑ってくれること」
「どうして......敬さんは笑わなくなったのですか?」
「それを聞くってことは、勇者先輩にはお兄ちゃんを助ける義務が発生するけど.......どうする?」
質問に対して質問で返す幸。しかし、その表情はいつになく真剣だった。
それこそ、半端な覚悟で踏み込んで来ようものなら、今後一切の関係を絶つような意思すら感じる。
つまり、それほどまでに敬に尽くせるかと問われているのだ。
だとすれば、簡単だ。自分は既に身も心もあの愛しき道化師に染まっている。
誰もがあの人を「おかしい」と断言しようとも、私だけはそれで笑顔になる。
それほどまでに好きになったのだ。でなければ、臆病な自分が告白なんて真似はしない。
「いいですよ、私ははなからそのつもりですので」
「良い返事だね。それじゃ、少し長くなるからベンチで話すよ」
天子の覚悟ある返事を聞き、幸は表情を柔らかくして返答した。
それからベンチで聞かされたのは、敬が辿った不幸の歴史である。
自分が関わった人が、大切にしていた人が次々と大怪我や死に繋がっていく。
自分に不幸が落ちるなら未だしも、自分以外に不幸が落ちるのだ。
そんな自分を疫病神と呪い、それでも恩人の言葉を律儀に守ろうとした結果出来た怪人――それが犬甘敬と知った時、天子はあまりにも悲しく感じた。
もちろん、その不幸は敬が意図的に起こしたものではない。
故に、敬に責任はないが、必ず自分の周りで起きてしまっているのなら、自分がその不幸をばらまいていると思ってしまっても仕方がないのかもしれない。
そんな自分を罰し続けた結果出来たのが今の姿とすれば、それは正しく「道化師」だ。
笑えないのに笑っているかのようなメイクをする道化師と同じ。
だからこそ、そのメイクを自分が拭ってあげたいと真に思えた。
「敬さんが今まで私を避けていた理由がなんだか腑に落ちた気がします。
敬さんなりに私を守ろうとした結果なんですね」
「そゆこと。そして、お兄ちゃんが先輩をフッたのも同じ理由。
でも、お兄ちゃんにとっても誰かに告白されたことは初めてだろうし、未だって動揺したままだと思う。
だから、防御が薄くなった今のお兄ちゃんに届く言葉をかけてあげれば、きっと上手くいくよ。
ただ時間をかけすぎれば、またバリアが形成されると思うし、早めにね」
「どうしてそこまで応援してくれるんですか?」
ずっと鼓舞してくる幸に対し、天子は率直な疑問をぶつけた。
すると、幸は「そうだね」と呟くと、
「私の願いが『お兄ちゃんの幸せ』だからかな。
私の幸せよりも、大好きなお兄ちゃんが幸せになってくれた方が嬉しいの。
お兄ちゃんが幸せなら私は負けヒロインでもいい。
だから、私は確定負けヒロインなのだ!」
ベンチから立ち上がった幸がポージングしながら告げる。
数秒のやや静かな時間が流れた後、幸は一つ咳払いして、
「だから、お兄ちゃんのことは任せたよ。頑張ってね」
「はい! 必ずやり遂げてみせます!」
幸のお願いに、天子は力強く返事した。
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




