クエスト85 勇者と魔王の対峙#2
夏祭り――それは大抵の人にとって楽しい催しだろう。
家族で行くのも良し、恋人と行くのも良し、友達と行くのもよし、一人で行くのも良し。
とにかく、そのイベントとは本来楽しいはずだ。楽しむべきはずだ。
だからこそ――、
「わぁ、今は色んな屋台があるんですね」
(この状況は不味い......)
そう敬は心の内でそっと思った。「楽しい」とはポジティブな感情だ。
そしてポジティブな感情というのは、人を調子づかせ大胆な行動を取らせる。
気が大きくなっているとでも言うのだろうか。
ともかく、自分にとって何かと不都合な展開が来る気がしてならないのだ。
加えて、その不都合を起こそうという人物が――自分の傍らにいる天子である。
最近の彼女はイケイケだ。といっても、派手は目立ち方をしているわけではない。
言い換えるならば、「ガンガン行こうぜ」であり、「ダメージが入るなら倒せる」理論なのだ。
つまり、現状の天子は酷く危険ということである。
「そうだね。俺も去年に宗次と悠馬の二人で来たけど、相変わらず色々なものがあるよ。
全部制覇しようとすると、それこそいくらあっても足りないぐらいにはね。
夏祭りといったら最初に何する? それとも食べる?」
「う~ん、そうですね。昔の話ですけど、私の場合は家族と一緒に来ていたので、家に何かを残すっていう発想はあまりなくてですね......なので、気になったものを食べることが多かったです」
「当ててあげよう。焼きそば、チョコバナナ、かき氷あたりだろ?」
「それもありましたが、初手はケバブか肉巻きおにぎりです」
「意外過ぎるチョイス。てか、ガッツリ行くね」
天子の話を聞きながら、敬は彼女の機微を注意深く観察する。
何がトリガーになって動き出すかわからない......それほどの危うさが彼女にある。
自分にとっても天子は大切な友達だ。
これ以上、自分のせいで傷つくことがあってはならない。
とはいえ、それを意識しすぎたせいで天子が夏祭りを楽しめないのも違うだろう。
だから、今の自分に求められているのは、「天子からのアクションを回避する」と「天子を楽しませる」というのを両方やることだ。
それが今の自分に出来る天子に対してのせめてもの罪滅ぼしであり、救護活動でもある。
そして何よりも、自分がやろうとしていることを天子に悟られてはいけない。
「なら、丁度見つけた肉巻きおにぎりでも食べてみる?」
「あ、本当ですね。でも、他の屋台よりも......その、値段が高いですよ?」
「問題ないよ。どうせならこの僕が奢ってあげよう。
今宵の夏祭りを彩る素敵なレディーに対して、ささやかなカッコつけとして最初ぐらいはね」
「す、素敵なレディーだなんて......」
「う~ん、一部を切り取ってしまっては困るなぁ」
これは敬と天子の間にあるお決まりのやり取りみたいなものだ。
ものなのだが......天子は所謂「お世辞」をまともに捉えてしまっているようである。
もちろん、天子が喜んでいるのは嬉しいのだが、それを本気にされては困る。
なんだか自分の発想がホストのキャストみたいにも感じるが、遠くはないだろう。
自分は相手を楽しませるためなら、どれだけでもお膳立てはする。
しかし、それ以上のことはない。あってはならない。あったら困るから。
何事も死ぬよりはマシだろう。
そのためにも余計な事は言わない方がいいかもしれない。
「肉巻きおにぎり二つお願いします」
「あいよ。ちょっと待ちな」
屋台を訪れ、敬はそこにいたおじさんに肉巻きおにぎりを注文。
少ししてプラスチックのパックに肉巻きおにぎりが入ったものが渡されたのだが――、
「あの、これ小さいの一つ入ってませんか?」
「妹さんへのサービスってやつだ。律儀に受け取ろうとするな。貰えるものは貰っておけ」
「そうですか。ありがとうございます」
屋台のおじさんからの心意気を敬はありがたく受け取り、そのまま道端に移動していく。
その際にチラッと隣を見てみれば、「妹.....」とショックを受けている天子の姿があった。
どういう関係性で見られたいのかなんとなく想像するが、それを口にすることはない。
逆に言えば、この状況で付け入るのは天子との溝。
「あの人、僕達を兄妹だと勘違いしていたね」
「そう、ですね......」
「なるほどなるほど、つまりそれだけ僕達の距離感が近いということじゃないか。
これでも僕はリアル兄でもあるしね、兄として妹をエスコートしてあげようじゃ――」
「それは嫌です!」
突然の天子からの叫びに、敬は思わずビクリとして固まった。
そしてなぜか言った本人も口に手を抑えて顔を真っ赤にしている。
察するに、言おうとしていなかった言葉が漏れてしまった感じだろうか。
ましてや、この流れでのその否定......本人は何を言うのか――、
「私は......敬さんとは兄妹と思われたくありません。
そして、ただの友達とも――」
言い切った――その変化に、静かに驚愕したのは敬の方だ。
これまでの天子なら間違いなく何か取り繕ったように言葉を並べ言い訳していた。
しかし、今の天子は大胆にも咄嗟に出た言葉を肯定したのだ。
それこそ、これ以上の聞き間違いがないぐらいにハッキリと。
「あの――」
「う~ん、美味いね。この肉巻きおにぎり。ほら、天子も食べなよ」
空気感を壊すように、敬はわざと大袈裟に肉巻きおにぎりを食べ始める。
それからもう片方の手でプラスチックのトレイを差し出した。
このまま流れで主導権を握られるのは不味い。
なぜなら、今のは完全に核弾頭の発射一歩手前だったからだ。
完全に言い切られれば、今のぬるま湯の関係が壊れるのは必然。
やがて壊れるとしても、それでも出来る限り維持したいと思うのは自分のエゴか。
「あ、はい........」
完全に勢いを殺されたようで、天子の言葉が小さくなる。
そして眉尻を下げた様子で、そっと肉巻きおにぎりを食べ始めた。
その表情で「美味しい」と言うため、なんだか不味いものを無理して食べてるみたいである。
「他に何か食べたいものはある? この際に、少しお腹を満たしたいなって思って」
「敬さんの行きたいとこにお任せしますよ。あ、でも、チョコバナナは食べたいです」
「了解。なら、デザート系のそれは一旦後にして、まずは普通にガッツリとしたの行こうか」
そして敬と天子は再び歩きだし、次なる腹ごしらえを求めに周囲を見渡した。
そこで目を付けたのが「焼きそば」であり、敬は早速二人分を購入。
さすがに驕りは気が引けるということなので、途中天子から一つ分の値段を貰い、再び通りの端へと移動していいく。
「さすがにこの時間帯になると人も増えてきましたね。
道にも特有の人の流れが出来てますし、周囲を見るのも大変でした」
「そうだね。確かに、天子の身長だとほとんどの人が障害だろうからね」
そんなことを話しながら、敬は焼きそばを箸で掴んで口に運ぶ。
少し濃いめのソースであるが、それがキャベツと肉とよく絡んでいて美味い。
当然、焼き焼きそば自体も美味いと思うが、どっちかって言うとキャベツとかの方が美味く感じる。
「あと三十分で花火の時間帯ですね。でも、迷子になりそうで心配です」
「みたいだね。なら、早めに皆と合流しておく?」
「あ、いえ、そうではなくて.......」
そう言い淀むと、天子は途端に顔を赤くした。
そんな横顔を見ながら、敬は天子の言いたいことのおおよそを既に察している。
その「おおよそ」とは――恐らく天子は手を繋ぎたいのだろう、ということだ。
先程の迷子の臭わせ然り、道中での天子の本当の視線然り、天子は手を繋ぎたいのだ。
しかし、友達という距離感でいきなり手を繋ぐのは「おかしい」という判断のもと、その行動に至るための布石を巻いているのが現状。
だからこそ、その狙いがバレていることを悟られず、されどその行動をされないように回避しなければいけない。
ここで下手に手でも繋ごうものなら、天子に必殺技コマンドを押される可能性があるのだ。
そうなれば、天子との関係性は本当の意味で終わりを迎える。
だから、回避しなければいけないが、狙いがバレていてその結果大胆な行動を取られるのも防ぎたい。
(残り三十分か......)
夏祭りという楽しい時間なのに、やたらと長く感じる。
楽しい時ほど長くは続かないのだ。
だとすれば、長く感じている今は楽しめていないということなのか。
それもそれで、なんだか失礼な話のようにも感じる。
(今連絡したところで絶対反応しないだろうな。
悠馬ならワンチャンあるか? いや、それを宗次を想定してないはずがないか)
ただの可能性であるが、宗次は恐らく天子とグルである。
確証に至る証拠はないが、所々宗次による入れ知恵みたいなのが感じ取れた。
極めつけは、自分が天子のために先輩をボコった時だろう。
あの時に貸しの対価として「夏祭りに参加しろ」とは変な話である。
そして現在、自分はその夏祭りにて、強制的に天子と二人きりにさせられた。
夏祭りに呼んだのも、天子の願いを成就させるための要素の一つなのだろう。
それが悪いことだとは思わないが、それはあくまで天子が今の状態じゃなければだ。
(どうにかして上手く合流できないものか)
もう既に一度はぐれたという設定で二人キきりにさせられたのだ。
となれば、次は自分が目を離さないようにすればいい。
もっとも、それはこの人だかりで合流出来ればの話だが。
「......現実的な策じゃないか」
「何がですか?」
「っ! あ、いや、こっちの話」
考え事が口から漏れていたのか、敬は慌てて首を横に振って話を逸らす。
もう既に食べ終わった自分と違い、天子は小さい口の影響で苦戦しているようだ。
そんな彼女に「ゆっくりお食べ」と促しながら、敬は今一度心を冷静にさせる。
そして決して低くない結末に、そっと覚悟を決めた。
―――三十分後
花火が始まる数分前、敬と天子は花火が見える位置に移動していた。
そこは神社の敷地内の一角であり、聞けば穴場スポットらしい。
天子は小さい頃に見つけたと言うが、恐らくは宗次から教えてもらったのだろう。
なぜなら、おあつらえ向きなほどに人気がないからだ。
さしもの勇者天子であっても、人の気配があるところで告白は難しいだろう。
しかし、こうまでセッティングされているなら話が別だ。
「こんな場所があったんだな.......」
「私も見つけた時はビックリしました」
自然を装って周囲を見渡し、特に背後にある木陰の方に意識を飛ばす。
そこから隠れて眺めているような視線や気配も感じられない。
もちろん、暗殺者やそんなんじゃないので、息を殺されたらわからないが。
「もうすぐ花火が始まりますね」
「そうだね......」
その花火の時間がどうしても爆弾のタイムリミットのように感じてしまう。
刻一刻と進む時間が、自分の喉や手足を痺れさせ、異様なほど喉が渇く。
隣にいる天子は自然体で、まるで何が起きるかも感じさせ――
「.......」
視線がバチッとあい、一瞬恥ずかしそうに目を逸らす天子。
しかしすぐに目を合わせ直すと、そこから愛おしそうにニコッと笑うのだ。
そんな笑顔に対し、自分がこれからやるであろう残酷な選択に胸が痛む。
しかし、そうでなければ、自分は天子を守れない。
これ以上、自分に深く関わればきっと決定的な悲劇が訪れる。
死んでまで誰かがそばにいて欲しいとは思わないから。
―――ヒュ~~~~ボンッ
開幕であり「終わり」を告げる一発目が夜空を彩る。
大きく輝く赤色の火花が暗い空を背景に鮮やかな花を咲かせ、あまねく人を魅了した。
そしてその一発目を皮切りに、少しずつ少しずつ花火が打ちあがっていく。
やがて夜空に灯る明かる花が、まるで日中のように照らし始めた。
一瞬の輝きと儚い散り際、そんなわびさびに老若男女問わず酔いしれるだろう。
「綺麗ですね......」
「......だね」
やがて、最後を彩るスターマインが始まった。
空中には絶え間ない花火が打ちあがり、大きな音を轟かせる。
夜に赤、青、緑、黄色、紫などなど様々な色が大きく咲いたり、枝垂桜のように垂れたりと最後の最後まで見る人の心を掴んで放さなかった。
(タイムリミットだ.......)
心の中で敬がそっと呟いた。
その言葉と同時に、隣にいる天子が意を決したような瞳を向け――口を開くと、
「敬さん、お話があります」
そう言い切った。
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