クエスト84 勇者と魔王の対峙#1
天子に迫っていた密かな脅威もとい身勝手な逆恨みは無事に解決した。
調査していた段階からロクでもない人間とは思っていたが、まかここまでとは。
そしてその取り巻きにも漏れなくロクでもない人間の集まりだった。
そんなゴミ処理をこっそり終わらせたつもりだったが、どうやら宗次には筒抜けだったらしい。
挙句自分の方がもっと上手く隠密に処理できるとか言い出し、結果自分はその処理を任せると同時に一つの上限を出された。
その条件というのが――、
「夏祭りへの参加か」
そう呟きながら洗面所の鏡の前にて、顔を洗ったまま拭わずにいる敬。
学校も夏休みに入り、今日はその夏祭りが行われる日。
集合時間は夕方であるためまだまだ時間はあるが、だからといって気分転換する気分でもない。
鏡の前に移る水が滴る自分の顔を見れば、相変わらず仮面を張り付けたような自分がいる。
幸の父親を殺してしまった以来、笑うことが出来なくなってしまった顔だ。
その顔であるが、長年見れいれば自分にはわかる――少し顔色が悪いぐらい。
どうして顔色が悪いのかは言わずもがな。夏祭りに起きることを予測してだ。
夏祭りの今日、きっと自分にとって何か良くないことが起こる。
そんな気がして仕方が無いのだ。
最初は漠然とした不安だったが、一日一日と近づいていく度にそう感じる。
そして今ではもはや確信に近くなっていた。
一体どうしてこんなことになってしまったのか。もはや考えるだけ無駄か。
「僕がやることはきっと変わらない」
自分に深く関われば、命を落とす。そうでなくても大怪我をする。
それに例外はなく、自分の周りでは既に三人が死んでいる。
そして幸もまた一度は右手と右足を同時に骨折するという怪我をしている。
今でこそピンピンしているが、それでも自分が妹に向ける申し訳なさは病まない。
妹の希望で出来る限りいつも通りに接しているが、この心は生涯変わることはないだろう。
つまり、自分には真に関わってはいけないのだ。
「この先、もうずっと関わることが無くなったとしても。
それは死ぬよりも絶対に良いことのはずだから」
「お兄ちゃん、なーに朝からカッコつけてんの?」
その声に横を振り向くと、小さくあくびをしながら寝ぼけ眼をこする幸がいた。
その幸は手に持っていたタオルを敬に投げると、敬が立っていた洗面台の前を奪い、
「この先、もうずっと関わることが無くなったとしても。
それは死ぬよりも絶対に良いことのはずだから......どう? 似てた?」
「.......」
「お兄ちゃん、中二病は中学の時に卒業しておかないと。
それをたまたまとはいえ、見てしまったこっちが恥ずかしいんだからね。
あと、それ使っていいからはよ顔拭け」
脈絡もなくシリアスブレイクされ、敬は複雑な心境がさらに複雑となった。
なんだったら妹に茶化されたせいで戸惑うのやら恥ずかしいのやら。
一先ず、言われた通りに顔を拭くが、ここからどう気持ちを軌道修正すればいいのか。
「ほうひは、おひいはんははふはふりいふんはっへ?」
「なんて?」
「ペッ......そういや、お兄ちゃんは夏祭り行くんだっけ?」
歯を磨く際に溜まった唾を洗面器に吐き出し、幸はもう一度質問する。
その内容をようやく理解した敬は「あぁ、そういうことか」と納得すると、
「その予定だよ。なんだったら仮を作ったせいで強制連行って感じだよ。
ま、もともと夏祭り自体はこっちから誘う予定だったけどさ」
「なら、なんでそんな浮かない顔してるのさ」
「そのメンバーが本来なら男だけだったからだよ」
天子が以前のような距離感であれば、誘うこともしただろう。
しかし、天子はもう京華達という素敵な友達が出来、そちらと行動することが多くなった。
つまり、自然と男女としての住み分けが出来上がったというわけだ。
ましてや、今の天子は.......自分と関わるには少々感情が大きくなり過ぎた。
だからこそ、こちらは積極的にその関わりを薄くしているというのに。
どうやら自分を囲う外堀は想像以上に深かったらしい。
「いいじゃん、それって一緒に女子がいるってことでしょ?
普通、グループとはいえ男女一緒に行動することってないんだよ?
そんなことを可能に出来る交友関係だってのに、なんてもったいない感想」
「今はとにかくそっちの方がありがたいんだよ。
そういう幸だって誘われたりしなかったか?」
「したけど、パスした。たぶんそういう気分じゃないだろうし、目的もあったし」
「目的って?」
「屋台の全制覇!」
「絶対に胃袋もお金も足りねぇ」
敬の知る限りじゃ、ここら辺でやる夏祭りは確かにローカルなものだが、それでも規模は割と大きい。
特に大通りなんかは端から端まで飲食店でごった返すはずだ。
ましてや、幸はそこまで食欲旺盛ではない絶対に途中でお腹いっぱいになる。
それに、夏祭りの屋台の値段というのは、実は意外と高い。
普通に飲み物だけで下手すれば二百円近くしたり、肉巻きおにぎりやケバブ、マスの塩焼きなんかはもっと高かったりするのだ。
本気で屋台全制覇を目指すとしたら、一万円じゃとてもじゃないが足りない。
それ以外にも、屋台で撃っている景品を家に持ち帰られても普通にスペースを取るのでやめて欲しい。
とはいえ、幸は冗談を言うのが好きなのであって、それを本気で実行することはまずないだろう。
なので、今回の言葉もただの冗談と受け取るべき。
もしくは、そう言っておいて裏で別の目的が存在しているとか。
「......幸、本当に友達と一緒に屋台を回るんだな?」
「え、それ以外に何があるの?
実は彼氏とデートで、そのまま一緒に夜を過ごして朝に帰ってきますって?
それだったら事前にお兄ちゃんに言って脳破壊しておくし、その上で帰ってきたら情事の詳細伝えるよ」
「鬼か己は。自分の兄を二回も殺そうとするんじゃない。
というか、それだったら普通に隠せよ。むしろ、隠し通してくれ」
誰が妹の情事の詳細を聞きたいというのか。
こっちがエロ漫画家でそういうネタを求めてるなら未だしも、普通で聞く奴がいるだろうか。
いや、エロ漫画家でも聞きたくないだろう......妹の情事など。
「ともかく、お兄ちゃんもしっかりと楽しんでくること。わかった?
それから、下手に思い詰めるぐらいなら、本当の自分の気持ちに素直になった方がいいよ」
そう言って幸は一人先に歯磨きを終えて、顔を洗って敬からタオルを回収。
そのタオルで顔の水気を拭いながら、先に洗面所から出て行った。
そんな後ろ姿を、敬はただ眺めることしか出来なかった。
*****
夕刻の夏祭り、より多くの人でごった返す時間帯だ。
加えて、夕刻といっても集合時間である18時台では大して日は傾いていない。
そのためか人の顔がよく見え、その場に誰がいるかもよくわかる。
「来たか」
「よぉ、遅かったな」
「時間ピッタリぐらいを狙ったんだけど、思ったより人が多くて迷った」
敬が待ち合わせ場所の神社の入り口辺りにやってくれば、そこには既に宗次と悠馬の姿があった。
その二人はラフな格好をしており、正しく休日の二人と言えるか。
もっとも、宗次に限ってはラフな格好すら珍しいのだが。
「あれ? 今日はキンタローの相手しなくていいのか?
っていうか、こういう時こそ本来一緒にデートするもんだろ」
「その予定だったのだんんだがな。あいにくお嬢様の体調が優れなくてな。
かといって、私が世話すると鬱陶しいらしい。
幸音曰く、『女であっても弱った姿は見せたくない』とのことだ」
「ふ~ん、そんなもんなんだな。那智の奴は弱ったら全力で甘えてきて鬱陶しいけど」
「だ~れがお前なんかに甘えるか」
「痛っ!」
後ろ手を組む頭にポカンと一発の拳が振り下ろされる。
その拳に悠馬が痛がり後ろを振り向けば、そこには那智の姿があった。
加えて、その恰好はピンクを基調とした花柄の浴衣姿。
那智の大きさと相まって浴衣の魅力を最大限に表現しているようだ。
「わぁお、お似合いな格好で。もちろん、そちらのお二人さんもね」
「ありがと」
「お前の言葉はどうにも軽いんだよな~」
綺麗な那智を見ていた敬が視線を後ろに移せば、そこから同じように水色の浴衣を着た夕妃と赤色の浴衣を着た京華が現れた。
特に、京華に限ってはそういう動きずらい格好は嫌煙しがちと思ったのだが、
「なんだよ、そんなに珍しいか?」
「珍しい」
「それ普通、ハッキリ言う奴がいるかよ......まぁ、実際自分でも珍しいけどさ。
だけど、姫に頼まれちゃ断る方がおかしいだろ。
それに、那智も夕妃も着てくるってんなら合わせなきゃ浮くだろうし」
「安心してよ。似合ってるぜ」
「それはアタシじゃなくて本人に言うべきだ」
そう言って京華がその場から横にズレると、彼女の影に隠れて小柄な少女が合わられる。天子だ。
黄色を基調とした明るい色が天子の太陽のような明るさと合致して似合っている。
加えて、人に見せるのが恥ずかしいのか、赤らめた頬も相まって余計に映えていた。
そんな天子に見惚れていると、気が付けば周囲の五人がさながら場を整えるようにのけ者にして話し込んでいるではないか。
一緒にいるはずなのに、まるで天子と二人でいるような空気感に敬は困惑する。
同時に、この流れはあまり良くない気がした。
もっとも、まだ気のせいの段階を抜け出せたわけではないが。
「ど、どうですか......?」
そんな周囲に目を向けていると、目の前で天子がおずおずとした様子で尋ねてくる。
自分から催促したのが恥ずかしいのか、頬が発火しそうなほど真っ赤だ。
そこまで恥ずかしがられると、それを言うこっち側も恥ずかしくなってくるが、
「似合ってるよ、その恰好。さすが我が勇者」
「あ、ありがとうございます」
敬が率直に述べた褒め言葉に、天子はさらに頬を赤くする。
しかし、すぐに「ですが」と逆接を挟むと、
「私は勇者じゃありません。天子です。大撫天子。
なので、今日は天子として私を見てください」
「――っ!」
事実上の宣戦布告――敬はそう捉えた。
確かに、自分が天子を「勇者」と表現しているのは、ある意味防波堤のようなものだ。
自分達の関係を主と従者に見立て、あくまでそれだけの距離感でやり取りする。
人間は役割を与えられれば、おのずと役割通りに動くものだ。
だからこそ、天子との距離感を履き違えないように、言葉にして何度も何度も刷り込んだ。
......いや、だからこそなのか?
その言葉が正しいのであれば、天子は無事に「勇者」としての勇気を見せている。
もともとその片鱗はあったが、この半年で飛躍的に成長したように思えた。
だからこその今なのだろうか――天子がこのような態度を見せるのは。
(いやいや、だとすれば完全な自業自得になってしまう。
あれはあくまで天子の自己肯定感を上げるための一要素に過ぎなかった。それだけだ)
それを認めてしまえば、自分は最初から自分の首を絞める行動を取っていたことになる。
それほど愚かで無様な行為はないだろう。故に、これはあくまで治療のためだ。
加えて、天子が意外と大胆な行動を取るからこそ「勇者」と言い始めたわけで。
そこにそれ以上でもそれ以下でも理由はない。あってはならない。
「どうしたんですか? なんだか浮かない顔をしてますけど」
「え......あぁ、いや、何でもない。
強いて言うなら、見たかった番組が録画予約出来ているか不安になっただけだ」
「そうでしたか.....ってもう! 今はここで楽しむことに集中してください!
でないと、せっかくの夏祭りが勿体なく感じてしまいますよ?」
突然起こって来たかと思えば、天子はそっと敬に手を差し出す。
掌を上に向け、それを見せつけるように伸ばされた小さな手。
しかし、何が乗っているわけでもなく、本当にただの右手である。
「えーっと、この手は......?」
「は、はぐれないようにです!」
「な、なるほど.....」
という建前で本当は手を繋ぐための口実なのだろう。なんともわかりやすい。
しかし、そんなこと昔妹にせがまれた以降やっていなければ、やる機会も無かった。
ましてや、今は宗次達もいて――
「あれ?」
ふと視線を向ければ、先ほどまでいた五人の姿がパッと消えている。
その瞬間、敬は確信に至った――どうやらあの五人は自分と天子の仲を深めたいらしい、と。
そのこと自体は問題ない。だが、それに伴う代償を五人はしらないのだ。
だから、この結果もある意味仕方ないというべきなのか。
「では、エスコートさせていただきます。姫様」
「あ、ありがとうございます......ってそのノリはやめてください!」
となれば、自分がやるべきことは――やはり「現状の破壊」しかあるまい。
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