クエスト82 勇者の困惑と決意#2
「懸念......?」
幸音から告げられた言葉に、天子は思わず身構える。
彼女の口からその単語が使われる程度には、確率の高い心配事が起こるということだ。
そして今の流れで言えば、確実に天子の告白に関すること。
「どういう意味ですか?」
自分の中で一度気持ちを落ち着けて、改めてその言葉について尋ねた。
そんな天子の変化を見届けた幸音がコクリと頷くと、
「まず前提として、犬甘様は告白を受ける準備が出来ていません。
もっと言えば、これから大撫様を恋人として見る目と言いましょうか」
「私はそれほどまでに女の子としての魅力がないということでしょうか?」
「いいえ、そういうわけではありません。
大撫様は私の目から見ても十分に可愛らしく、魅力に溢れた人物です。
そしてそのことは犬甘様も承知でしょうが、それでも考え方は違う。
もとより犬甘様がそういった恋愛に積極的とはあまり思えないのです」
その言葉に天子は思わず首を傾げる。言葉の意味が正確に分かりかねたのだ。
相手に好意があるのに、それが恋愛に直結しない。それが友達としての好意ならわかる。
しかし、今までの話の流れで言うと、たぶんその単語は相応しくない。
だからこそ、幸音の意図していることがわからず、天子は困惑した。
それに対し、幸音は「そうですね」と呟くと、
「犬甘様は誰かと一緒に楽しくやるのは好きだと思われます。
ですが、そこにそれ以上の意味を持たせたくない。
言うなれば、『友達という関係から発展させたくない』という意思を感じます」
「.......」
「大撫様も全く感じたことない――とは思わないはずです」
幸音が言っていたことは、以前敬の妹である幸が言っていたことにも似ている。
そして、今言った幸音の言葉も、それこそなんとなくだがわかる気がした。
なぜなら、時折敬は自分とは違う温度感の瞳をしていたからだ。
考えてみれば、最近敬との接触も少なくなってきたような気さえした。
最初こそ、自分が京華達との関わりが増えたと思っていたが、それが誘導されていたものとしたら?
それに、翔と遊びに行くことを敬に相談した時の敬の反応もそうだ。
あれも実は自分の気持ちを理解した上で、あんなことを言われたとしたら――、
「敬さんは私のことが嫌いなんでしょうか......」
「それだけはないわ」「それだけはないですよ」
天子がボソッと呟いた言葉に対し、百合と幸音が同時に反応した。
あまりに同時のセリフに一瞬何言ってるかわからなかったが、先の自分の考えを否定してるのはわかる。
とはいえ、そのフォローを受けたとしても、事態が変わるわけではない。
なら、なぜ敬は自分を好意的に見ていながら、それでも恋人関係は望まないのか。
それはもはや自分をそういう対象として見ていないしかないのではなかろうか。
そう考える度に自分の心が暗く沈んでいき、視線がすぐ近くにあるテーブルを見つめる。
そのテーブルに置かれた紅茶の入ったカップ、その水面に映る自分の顔は酷いものだ。
確かに、こんなんじゃ受け入れて貰えるはずがない。
というか、もっと言えば、もはやこの相談自体よくわからなくなってきた。
自分は敬との友達以上の関係を求めていて、その恋心の相談をすれば、敬は自分の好意を受け止めない可能性があると知り、しかし自分のことはしっかりと女の子として見ているという。
なら、結局どっちの敬が正解なのか。
まるで仮面を被っているように敬の姿が分からなくなってくる。
それこそ、あのポーカーフェイスと一緒だ。全く感情が読めない。
「わたくしから言えることがあるとすれば、まずあの仮面を剥がすことね」
「――っ」
あまりにタイムリーな言葉に、天子はバッと顔を上げた。
目の前にいる淑女は丁寧な所作で一口カップに口をつけ、唇を湿らせると、
「わたくしとてあの方の真意は読み取れません。
それこそ、表情がないせいで人間らしさを感じないのですもの。
人間、あそこまで徹底的に感情を殺せるのかってぐらいには。
しかし、人間全く表情に現れないというのはありえないと思うの」
「それはつまり......敬さんもちゃんと表情が変化するということですか?」
「えぇ、わたくしはそう考えているわ。
あいにく、わたくしは見た事はないけれど。
ま、だからこそ『おもしれー男』と思ったのだけどね」
「でも、それはどうやって......」
思考が暗く沈んでいるせいで、全ての行動が消極的になる天子。
思考回路も鈍行運転となり、それに対する自分なりの考えすら思い浮かばない。
もはや相手の考えに依存しているとも言える行動だ。
しかし、百合はその言葉を咎めることはせず、むしろハッキリと答えを告げた。
「告白すればいいと思うわ」
「........へ?」
ガツンと頭を殴られたような衝撃に、天子の目が点になる。
言った言葉はわかるのに、純粋に言っている意味がわからなかった。
告白しても敬にフラれるといった話の流れで、どうすれば敬に振り向いてもらえるかの手段が「告白」......まるでとんちでも聞かされている気分だ。
そんな固まる天子に対し、百合の説明を捕捉するように幸音がしゃべる。
「大撫様、驚くのも無理はないですが、落ち着いて話を聞いてください。
先程のお嬢様の発言は、告白を「結果」として用いるのではなく、「手段」として用いるという意味です。
つまり、その告白において求めている勝利条件が違う」
「勝利条件.......」
「通常の告白での勝利条件......当然、告白した相手との恋人関係の成立です。
しかし、これから大撫様がしようとしている告白は『相手を意識させる』ための告白です」
「要するに、どんなに鈍感な奴でもハッキリと好意を示せば反応せざるを得ないということよ。
悟ってもらうだけではただ時間が過ぎて、ぐずぐずしている間に誰かに奪われる。
だったら、自分に意識を釘付けにするための駆け引き.......先人の恋する乙女の戦術ね」
「相手を意識するための告白......」
それはつまり、答えを求めない告白ということだろうか。
ただ一方的に自分の好きを伝え、それによって相手の心境変化を待つ。
確かに、自分ではまず思いつかないハードな戦術だと思える。
なぜなら、「告白」という時点で普通はゴール前のラストシュートのはずだから。
「ということは、私はどっちにしろ告白するべきなんですね?」
「そうですね。さすがの犬甘様でもそこまでストレートに来れば逃げ場はありません。
とはいえ、犬甘様の中で何か強い意思が垣間見える以上、一度目の告白はまず失敗するものと思ってください」
「失敗するんですか!?」
「別に失敗したっていいじゃない。
回数制限があるわけでも、その時点でゲームーバーなわけじゃないし。
先程も言ったように目的が違うから気にする必要はないわ。
といっても、乙女的にはかなりのダメージは覚悟しておくべきだけど」
「今の犬甘様に必要なのは顔につけた仮面を壊すことです。
あそこまで強固ですと、もはや自分で壊すことすら困難でしょう。
ですから、大撫様の強烈な攻撃でその仮面を壊すのです。最低でもヒビぐらいは」
「......なるほど」
理屈は理解した。そして、自分がやるべきことも。
とはいえ、その次のやるべきことが「告白」とは......さすがにハードルが上がり過ぎやなかろうか。
いきなりそんなことをやれと言われたって、ぶっちゃけ出来る気がしない。
「大撫様には性格的にも酷な選択かと思いますが、ここは大撫様の意思次第です。
ましてや相手はあの私でも本心が分かりかねる犬甘様です。
かなりの苦戦を要する相手かと思いますが、それでも大撫様が望む未来がその先にあるのであれば――挑むべきかと」
「敬さんは幸音さん相手にそこまで言わせるんですね」
そこら辺の人よりも酸いも甘いも知っていそうな幸音が苦言を吐くほどの人物。
その人物こそが自分が好きになった相手であり、同時に挑むべき相手。
なんだか本当に戦いに挑むような気分になって来た。
散々信用していた相手から「勇者」と言われ、そしていざ信頼関係をより強固にしようとしたら、まさかのラスボスだった的な感じで。
これでは本当の意味で「勇者」になってしまいそうで、なんだかおかしな話だ。
とはいえ、当然このままでいいとは思っていない。
実行に移すかどうかは自分次第であるが、実質取るべき手段が一つしかないような感じだ。
だからこそ、次なる問題はどこで告白するか。
「あの、告白ってどういう場所でどういうタイミングでやったらいいんでしょうか?
少女漫画とかでシチュエーションこそ知っていますが、あれはフィクションだからこそ成立するといいますか」
「普通に屋上で告白すればいいんじゃないの? タイミングもあなたの心が決まり次第で。
先程も言ったけれど、あなたの『告白』は告白であって告白でない。
相手の目線をこちらに引き付けるためのもの。早ければ早い方がいいと思うわ」
「基本的にはお嬢様の意見に賛成です。
しかし、大撫様がシチューエーションに拘るのであれば、7月に入りましたし、夏祭りを狙ってみるのはどうでしょうか?」
「夏祭り、ですか......」
「今しばらく期間は空きますが、その間で犬甘様の態度が変わらなければ、もはやそれ以上躊躇っている場合ではないかと思われます」
夏祭り......確かに、告白のシチューエーションとしてはバッチリな場所だ。
ただし、失敗確率の高い告白でそこを選ぶなど、もはや自傷行為でしかない気がするが。
そう考えると、変に拗らせた乙女心で場所に拘っている場合ではない気がしなくもない。
ともあれ――、
「わかりました。やってみます」
―――三週間後
「........ふへぇ」
「姫.......? 姫!? しっかりしてください、姫ぇ!!」
天子、無事撃沈。
しかし、それは告白したという意味ではなく、敬の心が全く動かない意味でだ。
それだけでこのダメージ。それで、失敗覚悟で一度告白する必要がある、地獄かな?
京華から肩を激しく揺さぶられるが、もはや反応することも出来ない。
もはや自分の心の修繕作業に必死なのだ。
なんだったら、その作業中にも自身の行動を思い返してダメージを受けているので、その治療は酷く遅い。
「ワンコちゃん、大丈夫?」
「体調が悪いなら無理しなくていいわ」
「いえ、そういうわけではないんですが.......」
心配そうに尋ねてくる那智と夕妃に対し、天子はふるふると首を横に振った。
それから少し考えると、目の前にいる三人に対して自分の行動を聞いてみることにした。
「あの......私は普段敬さんと一緒にいることが多いと思うんですけど。
その時の私って......その、客観的にどのように見えてますか?」
「客観的に......」
「どう......」
「見えて......」
その質問に対し、京華、那智、夕妃の三人が視線を合わせる。
それからその視線だけで意思疎通を済ませると、数秒後には――
「「「犬」」」
「そんなユニゾンするほどなんですか!?」
三人から返って来た言葉に対し、天子は大きく目を剥いた。
そして、まさかその言葉を狂犬・京華からも言われるほどとは。
百合や幸音からも言われていたことであったが、どんだけ自分は尻尾を振っているんだ。
「わ、私って.......そんなに、そんななんですか?」
「まぁ、ぶっちゃけワンコちゃんの動きはわかりやすいからね。
純粋というか、表裏がないからこそわかりやすいというか」
「朝とか特にわかりやすいわね。
犬甘君が教室に入ってくれば、すぐさま目の前まで移動して挨拶を返す辺り。
まるで玄関にやってきたご主人様を迎えるワンちゃんね」
「正直、敬の奴にしか見せない顔があるというのは、敬を殴ってやりたいほど憎たらしいが。
だがまぁ、二人の関係値を考えれば、そういう風な距離感になってもおかしくないというか。
むしろ、未だその距離感で落ち着いているというのがおかしいというか」
もはやそれは実質告白しているようなものにも天子は感じるが、それでも敬はノーリアクション。
ここまで来ると鈍感というより、やはり意図的に意識を向けていないようにも感じる。
それほどまでに自分との関係発展に消極的なのか。
はたまた、幸音が言っていたように全く別の問題があるのか。
なにはともあれ、ここまでして何も反応なしは一周回ってムカつくというものだ。
だからこそ、天子はいつになく怒りを心に抱えつつ、目の前の三人に告げた。
「あの、手伝って欲しいことがあります!」
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




