クエスト81 勇者の困惑と決意#1
「恋」――その言葉を知ってしまったからには、もう逃げられない。
今まで無知のフリをしていたが、その感情を認知したら止められない。
そんな感情を抱えた天子の朝は不思議とスッキリしていた。
「......朝ですね」
その人のことを想い、ドキドキして眠れないなんてことはなく。
むしろ、その存在をようやく自覚出来て落ち着くことが出来たとでも言うべきか。
最初からこっちの方が正常だったかのように意識が歪む。
しかし、しっかりと「恋をした」という感覚はあるようだ。
なぜなら、その人のことを思い浮かべる度に自然と口角が上がり、胸が熱くなる。
その熱ぼったさが甘く蕩けてそれでいてじんわり心に染みていく。
気持ちがいい――というと、さすがに変だろうか。
しかし、この気持ちがあるから落ち着くというのが正直な理由。
とはいえ、それはそれとして、
「最低なことをしてしまったでしょうか......」
思い返すのは水族館での翔の告白だ。
「告白」とは、内容が何であれ勇気が伴う行動だ。
それこそ、自分の胸の内を開き好意を伝えることがどれだけの勇気か。
そんな行動に対し、自分はあろうことか別の人への恋を自覚した。
人からの告白を受けて、その人ではない誰かを好きになる自分。
なんというか字面だけで見れば最低な人のようにも感じなくもない。
ましてや――、
「これって二度振るってことですよね」
一度目、それは翔に告白された時に「恋」という存在を自覚した時。
あの告白では天子は正式な答えは出していないが、それでも違う人を思い浮かべた。
となれば、それは精神的に既に振っているといっても過言ではない。
しかし当然、そんなことは相手は知らないわけであって。
となれば、天子は今度は正式に振らなければいけないわけで。
つまり、その精神回数も含めれば、自分は翔を二度も振ることになるというわけだ。
もちろん、一回目のことなど相手からすれば知る由もないことだ。
故に、天子は二回目の正式時に正直な告白を告げればいいだけの話。
しかし、天子は考えすぎる節があるため、またこういった経験が皆無のため余計に気を回してしまう。
そんな時に頼りになるのが敬なのだが、想い人にそんなことを言えるのか。
いや、言えない。断る理由を述べようものなら、実質それが告白になる。
たとえ自覚なく前から「好き」だったとしても、それを伝える勇気はまた別だ。
その勇気を持つには、「恋」を知ってからじゃ早すぎる。
せめて一週間、いや二週間......一か月ぐらい? は必要である。
「なら、京華ちゃんに......いえ、それは危ないような......」
京華は天子厄介ユニコーンである――と夕妃と那智が言っていた。
そして、「ユニコーン」とは「処女性」を意味し、言うなれば「純潔でいて欲しい」という願いだ。
もっと噛み砕いていえば――天子に彼氏は必要ない、という意である。
そんな相手に自分に好きな人が出来たと知れば、ユニコーンは大暴れ。
自分の想い人に向かって容赦なく殺意を向ける可能性がある。
ただでさえ、最近の京華は自分の言葉でも若干制御が効かない場合があるのだ。
そこに核爆弾並みの衝撃を落とせば、いよいよもって何するかわからない。
であれば、京華抜きで話す分ならどうか。
全然アリかもしれないが、あの二人は思ったよりもおしゃべりである。
誰かに積極的に言いふらすことはないが、口からポロッと何気なく漏らすことはある。
それを京華が聞いてしまったのなら結果は先程の想像通り。
となれば、そのリスクも防ぐという意味では、二人は適任ではない。
しかし、一人では重すぎるのでどうにかして気持ちを分散させたいところだ。
それと、告白の拗れない断り方についても。
「男鹿さんはあまり話さないですし、適任とすれば相沢さん?」
想い人の友達である相沢宗次、確かに彼なら適任かもしれない。
なぜなら、現在の彼は彼女持ちであり、その恋を自分は見届けた人間だ。
となれば、この恋についてもう少し言語化できるかもしれない。
「そうと決まれば――」
全くもって朝起きて一番に考えることではない。
しかし、考えてしまうのだから仕方ない。
その気持ちを胸に、天子は学校に向かう準備を始めるのだった。
―――学校
「そういうことならお嬢様に聞くのが一番だな」
昼休み、宗次を連れ出して人気のない廊下の奥にて相談する天子。
すると、率直な意見として返って来たのがそれだった。
加えて、宗次は「なるほどな」と一人納得した表情を示すと、
「どうりで朝から挙動がおかしかったようだな」
「え、そんなに様子がおかしかったですか?」
「いや、見た感じは些細な変化だったが、恐らく気付く奴は気づく。
例えば、ジョーカーをずっと愛おしそうに見つめていたり、やたら声色が高かったり、何でもないのにニコニコしていたり、常に頬が紅潮していたり、かと思ったらジョーカーとの接近で顔をやたら赤くしたり、他にも――」
「いいです、いいです! もういいですから!」
宗次から告げられる衝撃的な事実に、敬は顔から火が出るほど熱くなった。
「羞恥心」という名のバーナーで炙られ、今にも顔面が真っ黒に焦げそうだ。
にしても、まさか自分がそんなにもバレバレな行動をしていたとは。
出来る限り自然を装っていたというのに。
「天子......わかるぞ、その気持ち。好きな人が近くに居るとドキドキするもんな」
「同情は余計にはずかしいですぅ......」
顔を手で覆いしゃがみ込む天子に対し、宗次もそっとしゃがんで肩にポンと手を置いた。
そのあまりにも優しい同情心に天子の恥ずかしさがさらに加速する。
もはや顔の火が全身を包み込んでいるような気分だ。恥ずかしすぎて死にたい。
とはいえ、先ほどの宗次の言い方であれば、彼も似たような経験をしたということだ。
つまり、今自分が通っている道を既に通った先駆者であり、その対処法も知っているということ。
であるならば、その先駆者に倣って自分も進まねば。
「ちなみに、相沢さんはどうやってその気持ちを乗り越えたんですか?」
「決まっているだろう――慣れだ」
「うぅ、対処法がないということじゃないですかぁ」
「これが惚れた弱みというやつさ。諦めろ」
なんという甘く残酷な言葉だろうか。これほどまでの苦悶は味わったことがない。
ともあれ、ハッキリしたことは宗次ではあまり相談相手とは不適格ということだ。
天子は大きく深呼吸を繰り返し、なんとか顔の火照りを基準値内に戻す。
それから立ち上がると、改めて宗次にお願いした。
「では、百合さんに相談させていただいてもよいですか?」
―――放課後
「忘れれば?」
小鳥遊邸に訪れ、小さなガゼボにて机を挟んで向かい合い天子と百合。
そして、百合に朝の悩みのことを話せば、一言で言い返してきた。
実にハッキリとした百合らしい答えである。
とはいえ、余りにも切れ味が鋭すぎて天子までダメージを受けてしまっった。
それが出来たら苦労しないのだ。
「考えても実に無駄でしょう。
だって、その思考に至って結果は変わらないのでしょう?
むしろ、そう考えて可哀そうだからって付き合うの?」
「いえ、それはさすがにないですが......」
「当然よね、他に好きな人が出来ていながら、全く別の人と付き合う。
字面で見ても頭おかしい人としか思えないですもの」
百合の言葉、一字一句が正論であるために天子は微塵も言い返せない。
確かに、こんなことは本来考えることすらバカらしいぐらいの悩みなのだ。
フラれない人がいて、フラれる人がいる。
この世界が多夫一妻でなければ、この認識は覆らない以上、天子は選択しなければいけない。
ならば、いい加減自分もその試練に向き合わなければいけない――即ち、断る勇気を。
「あ、あの、でしたら......その、どうやって断ればいいのでしょうか?」
誰かの勇気のある告白に、その誠意をもって答える。
それこそ、相手の気持ちが真剣であればあるほど、それを自分の意思で否定するのは怖いものだ。
ましてや、天子にとってはこれが初めて告白されたのだ。
ただでさえ人間関係が狭い天子にとって、こういう経験はまずない。
というか、大抵の人がないだろうことを天子は経験することになった。
だからこそ、余計に穏便に済む方法が知りたいのだ。
そんな天子の気持ちを汲み取っているのいか否か。
表情からは読み取れない百合が紅茶を一口飲むと、
「そんなの正直に言うんじゃないかしら? 他に好きな人がいるからって。
え、逆にそれ以外にあるの? もしかして、キープしたいってこと?」
「キープ......?」
「言うなれば、保険ね。本命が砕け散った時に、二番目に切り替えること。
私達の場合でわかりやすく例えるなら『滑り止め』ってとこかしら」
「そ、そんなことはさすがに出来ません!」
なんという恐ろしい発想だろうか、世の女性はそんなことをする人もいるのか。
あまりにも自分の性格とは不釣り合いの世界に、天子は思わず戦々恐々する。
そもそも自分にそんなキープできる能力があるとは思えないし。
「でしたら、言うしかないじゃないですか。
相手がどなたかは存じ上げませんが、告白とは恐怖が伴うもの。
ましてや、胸の内を晒して相手との関係が崩れる恐怖は言い表しようもないわ」
「正しく自分のことを語っているようですね」
百合の言葉に水を差すようにそばに控える幸音が口を挟む。
しかし実際に、百合はその恐怖を乗り越え宗次と恋人関係になれたのだ。
というか、天子に至ってはその現場をしっかりと目撃していたわけで。
もっとも、それを知るのは自分以外だと敬と宗次だけであるが。
「当然、私自身の実体験ベースで話しているわけだからね。
それを言うなら幸音の方はどうなの? 告白された経験ぐらいはあるでしょう?」
「確かに、ありますね。しかし、私的にハマらない相手でしたので、丁重に断りました。
『付き合ってから変わるかもしれない』なんて言葉でゴリ押しされた時もありませんが、好きでもない相手に時間を使うのは苦痛でしかないので、やはり断りましたね」
「なんだかカッコいいですね......」
「そうでもないですよ。ただ自分の中に確固たる意志があっただけです。
大撫様も犬甘様が好きという確固たる気持ちがあるのですから、迷う必要もないと思いますが」
「そうですね......って、なんで私が敬さんが好きなこと知っているんですか?」
あまりに自然に言われた言葉でスルーしかけたが、今の発言はさすがに天子も見逃せない。
なぜなら、百合に相談を持ち掛けた際に相手の名前は一切出していないのだ。
なんだったら、その相手と水族館デートに行き、その帰りに告白されたとしか言っていない。
しかし、そんな発言からも二人からすれば筒抜けであったようで、
「むしろ、なんでバレないと思ったのかしら?
まぁ、あの方と付き合う前に他の人と二人っきりでデートする行動力には驚きましたが」
「とはいえ、これまでの犬甘さんに尻尾振るワンちゃんみたいな大撫様が、全く何も考えずにそのような行動をしたとは考えずらいですし。
恐らく、そのことを相談した相手にそのような助言を受けたのでしょう?」
「そ、そこまでわかるんですか.......というか、『尻尾振るワンちゃん』ってどういう意味ですか?」
その言葉の真意について問い詰めれば、百合と幸音が二人して顔を一度見合わせ、それから視線を天子の方へ戻すと、
「そのままの意味だけど」「そのままの意味ですよ」
「.......」
「敬さんが現れれば、常にニコニコした笑顔でしたし。
それこそ、お出迎えする小型犬のように」
「本人に自覚があるかどうかは定かではありませんが、もはや揺れる尻尾が幻視できましたよ。
むしろ、その認識を本人が自覚するのが遅すぎるぐらいでしたし。
こちらとしては実に『じれってぇ』と思いながら観察されてました」
「うぅ、そんなわかりやすかったなんて......」
他人から明かされる事実がこれほどまでに恥ずかしいことはあっただろうか。
今までずっと一人だったからそんな経験は一度もない。
だからこそ余計に聞く。耐性がないぶん、ひたすらタコ殴りにされてる気分だ。
もはや恥ずかしすぎて顔が熱いし、その顔を向けられない。穴があったら入りたい。
両手で顔を覆い、その場で顔を伏せる天子。
もはやそこにいるのは羞恥心に悶えるうら若き乙女だ。
「純粋」という言葉が似合うほどであり、だからこそ少々危険でもある。
そんなことを感じ取った百合と幸音、そして幸音が口を開くと、
「大撫様、恥ずかしがっている所申し訳ありません。
一つ、懸念しておくべきことがあります」
「懸念......?」
「はい、犬甘様に関してです」
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)




