クエスト76 勇者と新たな人物#3
「なるほど、大撫天子ちゃんって言うんだね。
俺の名前は、日坂翔っていうんだ。
名字で呼れるの距離を感じてあまり好きじゃないんだ。
だから、良かったら下の名前の方で呼んでくれたら嬉しいな」
「わかりました。翔先輩でいいですか?」
「うん、バッチリ。じゃあ、代わりになんだけど、俺の方からも天子ちゃんって呼ばせて欲しいな」
自動販売機で会話を始めてすぐに、翔からそんな提案を持ちかけられる天子。
これまで感じた事の無い距離感の近かづけ方に、天子は若干戸惑いながらも頷く。
そんな天子に対し、翔は温和な笑みを浮かべながら再び口を開いた。
「良かった。ごめんね、なんか距離感が急に近くなるって怖がられることが多いんだけど、俺的にこっちの方が早く仲良くなれるって感じがするんだ。
これ、俺がこの人生の中で見つけたメソッドってやつかな」
「そ、それは......凄いですね。私はあんまり友達がいないので。
だから、そうやってすぐに誰かと仲良くなれるのは凄いと思います」
「ありがとう、そう言ってくれるとこれまでの頑張りが報われる感じがするよ。
なんだろうね、あんまり初対面の人にそう感じたことはないんだけど。
天子ちゃんからは不思議とそんな気分になるよ」
甘いマスクにさらに手厚く優しさで包み込んだような声色。
向けられる視線は温かさそのもので、初対面相手の天子でも話しやすいと感じた。
実際、話している内容はどれも大したことがなく、他愛もないものだ。
(なのに、どうして......)
そう思いながらも、絶えず天子の心中には別の気持ちが渦巻いていた。
それを一言で表すなら――胡散臭い、だ。
とても初対面に相手に考えていい感想ではないし、失礼にも程がある。
しかし、先ほどから妙に纏わりつく気持ち悪さというのがあるのだ。
いや、気持ち悪いという表現は、さすがに言い過ぎかもしれない。
しかし、それに近い感情があるのは確かで、あまり気分はよくない。
もちろん、初対面での第一印象であり、ましてや自己紹介しかしていない。
早計な考えと言えばそうでしかないが、第一印象が大事という考え方もある。
だからこそ、少しだけ、少しだけ様子を見てみることにしよう。
「そ、そうですか......」
カラカラと軽快に笑う翔に対し、天子は縮こまるようにして返事をする。
そんな天子の姿を横目で見た翔は、続けて天子に質問を投げかけた。
「もしかして緊張してる?」
「え.......?」
「なんというかさ、反応が少し硬い気がして。
ごめん、やっぱりグイグイと行き過ぎたよね。
相手の......なんというか、こう距離感? をよく履き違えるんだ。
だから、上手くいった人もいれば、そうじゃない人も多くて......不快にさせたなら謝るよ」
「い、いえ! 別に不快に思ったとかそういうことは全然なくてですね!
その、なんといいますか、少し考え事をしてて、それで返事がおざなりになってしまったと言いますか......」
「そっか、なら良かった。やっぱり不仲ふより仲良くしたいって思うしね。
なら、良かったらその悩み事の相談に乗ってあげようか?」
「え?」
「ほら、第三者の客観的な意見ってやつ。
自分が見えてない側面が見えるから結構大事だと思うんだ。
それに、悩みごと程関係性の薄い相手の方が言いやすいと思うし。
こう見えても、俺は聞き上手って家族でも評判なんだ......なんちゃって」
相変わらずグイグイと距離感の詰めはあるものの、しかし人は良さそうな態度が続く。
いや、実際、距離感の詰め方が早いだけで、良い人であることには変わりないのかもしれない。
こちらを不快に思わせるような言動をせず、悪いと思ったらすぐに引く。
少なくとも、現状でこの人を悪い人と認定することは難しいだろう。
しかし、同時に感じる――纏わりつくような気持ち悪さ。
不快かと言えばそうではなく、些細なので気にしないこともできる。
しかし時折、視界に入って気が散るというか、ちょっと寒気を感じるというか。
体の暑いと寒いを交互に感じ、妙に体が落ち着かないのと一緒だ。
冷房をかければ寒いと感じるし、だけどかけかねれば暑いと感じる微妙な温度。
合間を縫うような絶妙なストレスが、天子の精神に負荷をかけ続ける。
その居心地の悪さが、これまで一緒に過ごしてきた友達との決定的な違いだ。
それこそ、同じ男子である敬とは違う、妙なねっとりとした質感。
いや、逆に言えば、敬の方がサッパリし過ぎてもどかしいという感じか。
ともあれ――、
「い、いえ、そんな悩みなんて......それに、そういうことを話しても重いかもしれませんし......」
「大丈夫、大丈夫。僕は聞いてもなんとも思わないし、壁打ちしてると思えばいいから。
その壁がしゃべりかけてくるってだけの話。話した方が楽になれることもあるよ」
「そ、そうですか......」
相変わらずグイグイと来る姿勢に気圧され、天子は目線を彷徨わせ、やがて顔を下に向ける。
この場ですぐに敬のアドバイスを求めてしまうのは、自分の悪い癖なのだろうか。
ここ最近、何かと敬に頼っている自覚はある。
しかし、そうでないと、自分の人生経験値上敵にどうしようもなかったのは確か。
結局、前の百合と宗次の問題も敬に解決してもらったようなもので。
『――ピエロは好きかい?』
その時、ふと脳裏に過ったのはパーティーの時のアンドリューの言葉だ。
どうして今この瞬間に記憶が流れたのかはわからない。
しかし、思い返してしまえば、妙にそのテーマが気になるというか。
そう言えば、宗次も敬のことを「ジョーカー」とあだ名をつけていた。
そのあだ名の由来は、同じく「ピエロ」であり、だとすればあの質問は何か関係があるのか。
ふと沸いただけの疑問のはずなのに、なんだか無性に気になってしまう。
だとすれば、思い切って聞いてしまうのもありだろうか?
いや、急にこんな質問をしても変と思われてしまう――
(......あれ? 案外そこまで気にしてない?)
意外なほどに、自分の心はそれほど揺らいでいないことに気付く天子。
これがどういう心境によるものなのかはわからないが、案外どうでもいいと思っているのか。
いや、初対面相手にそこまでは.......
「あの、ピエロって好きですか?」
「え?」
唐突に、天子から投げかけられた質問に翔は目をパチクリさせた。
それはそうだろう、普通に初対面の相手に「ピエロは好きか」と尋ねない。
ましてや、質問が質問だ。頭がおかしいと思われても仕方ない。
それこそ、天子が聞かれたとしても戸惑う質問だ。
そんな質問に対し、翔は「あ~、ピエロねぇ」と鷹揚に頷きつつ、答える前に質問した。
「えーっと、それってどういう意味の質問?
単純に、ピエロが好き勝手意味?」
「そのですね、私は普段小説を読んでいるのですが、そこで出てきたキャラクターで。
普段は全然キャラじゃないのに、よそ向けにはわざとおどけてると言いますか。
その人のことを、作中では度々『ピエロ』と呼んでいたんです」
もちろん、今の言葉は天子の単なる作り話である。
もっと言えば、そのたとえ話を通して特定の一人のことを聞いてる。
どうしてこんな質問をしようとしたか、実は自分でもよくわかっていない。
気づいたら口から漏れ出ていて、ペラペラと設定まで作っていた。
こんな口滑らかに嘘をつく感じは、敬そっくりだ。
いや、敬が嘘つきというわけではないのだが、彼はよく舌が回るという意味で。
そんな天子の質問をどう捉えたか定かではないが、翔は「なるほど」と呟くと、
「要するに、中身が薄っぺらい奴ってことでしょ?」
「薄っぺらい......?」
「だって、そうじゃない?
他の人の前でふざけるってことは、その時ばかり目立ちたい奴ってことでしょ。
でも、それって逆に言えば、そういう所でしかアピールできないから一人だと静かってことだろうし。
面白い奴は普段からずっと面白いし」
「そうなんですか.....仮に、それに中身が伴っていたとすれば?」
「いや、それはありえないでしょ。
でもまぁ、もしあったとしても、そいつは絶対つまんない人間でしょ。
人のご機嫌ばっか伺うようじゃ、自分がないって言ってるようなもんだし」
そう言った最後に「もちろん、小説のキャラはそうか知らないけどね」と翔は付け足した。
そんな言葉を聞き、天子はなんだか自分の好きなものを否定されたような気分になる。
もちろん、翔の言葉はあくまで一個人の意見でしかない。
それはわかっている。わかっているはずなのに、妙に心に穴が開いたようだ。
だからか、翔の言葉に対してすぐに返答が出なかった。
自分は今の質問に対して、敬を重ねたわけだが、敬は薄っぺらい人間なのか。
時に軽薄な態度を取るが、だからといって薄っぺらい人間なのかと問われれば――違う。
ちゃんと自分と向き合ってくれて、自分のことを考えてくれて、自分を見てくれる。
ここ最近は妙に距離を感じることもあるが、それでも敬が親切にしてることは変わらない。
その気持ちは伝わってくるし、若干その距離感がもどかしく感じる時もあるが。
だからこそ、なんだか敬のことを悪く言われた気分になったのかもしれない。
「どうかな? これが俺なりの意見だけど」
「ありがとうございます。自分にない視点だったので、少し面白かったです」
そんなことは思っていない。
しかし、相手に気を遣ってか口を開けばそんな言葉が出ていた。
そんな軽薄な嘘を「気遣い」という言葉で覆って飲み込むことにする。
「あ、ごめん......思ったより時間過ぎてたね」
その時、翔が自分の腕時計を見てそんなことを呟いた。
その動きを見て、天子も同じくスマホで時間を見てみれば、予定よりも三分も過ぎている。
ということは、逆算すれば、相当な時間を教室で京華達を待たせてることになる。
そのことに天子が渋い顔を浮かべていれば、翔は勢いよく立ち上がり、
「ごめん、思ったより楽しくしゃべっていたせいで時間過ぎちゃったみたいで」
「いえ、私も変な質問をしたばっかりに、すみません」
「俺が五分だけっていったのに守らなかったから俺の責任だよ。
とはいえ、さっきの話で俄然天子ちゃんに興味出てきちゃったよ。
良かったら、これからも話したいんだけど、ラインの交換しない?」
なんという鮮やかな距離感の詰め方だっろうか。
あまりにもしゃべりが流暢すぎて、一瞬慣れているのかと邪推する天子。
しかし、そもそも友人歴が未だ半年にも満たない自分が判断できるはずもなく。
それに、それが本当の好意から来るものだとすれば、邪推で断るのも変だろう。
そんな天子の優柔不断な人の好さが表れ、挙句天子は連絡先を交換することにした。
「よし、これで完了。それじゃ、またね」
そう言って爽やかに手を振りながら、翔は足早にその場を去っていく。
その姿を見送ってから移動しようとしたところで、物凄い勢いで黒い影が通過した、否、止まった。
「姫、大丈夫ですか!?」
出会って開口一番に身を案じてくるのは、敬が最近狂犬と呼ぶ京華だ。
もちろん、それは飼い主以外には決して懐かない犬という意味で――
「姫、何があったんですか? こんな所で呆けるなんて姫にはありえない!
なら、絶対何かあったはず! そうなんでしょ!? 姫!?」
相変わらず自分の心配に対しては過保護な京華だ。
それこそ、自分の親よりもよっぽど過保護かもしれない。
そんな京華に肩を大きく揺さぶられながら、天子は答える。
「あ、ありましたけど、変なことではないです。
親切な方が私が飲みたい飲み物を代わりに押してくれて。
それで、少しだけお話していただけです」
「そ、そうですか.....で、その人は男ですか? 女ですか?」
一瞬落ち着いたかと思えば、すぐさま発火する強化に天子は苦笑いを浮かべる。
そして瞬時に、これは答えたら少し面倒なことになるだろうと察しがつき、
「ノーコメントで」
「姫、どうして隠すんですか!? 姫――あ、痛っ!」
「落ち着け、猪突猛進ユニコーン」
「那智、それじゃイノシシか馬か幻獣かわからないわ」
再びグラグラと肩を大きく揺さぶられる天子を止めてくれたのは、那智と夕妃であった。
おかげで天子の座らない首もようやく落ち着きを取り戻す。
京華は自分の言う事は聞くと言うが、その言葉は性格ではない。
なぜなら、このような場合には絶対に自分の制御下にはおけないからだ。
そんな時こそ、二人の出番である。
そして、その二人に感謝しながら、天子は京華達と教室に戻った。
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