クエスト75 勇者と新たな人物#2
それはとある休み時間の時だった。
天子が通う学校には移動教室があり、特定の授業に関しては別の教室で行うのだ。
それに伴い、天子もいつものメンバーである京華、夕妃、那智とおしゃべりしながら移動していく。
その時、先ほどお手洗いに行き、中途半端にポケットに入れていたハンカチがポロッと落ちた。
それに気づかず天子が移動していると、丁度すれ違った一人の男子がそれに気づき、
「すいません」
そう声をかけたのだ。
咄嗟に後ろから聞こえた声に天子が振り返ると、そこにいたのは一人の男子生徒。
敬と同じぐらいの高身長であり、敬よりも人当たりが良さそうな爽やかな顔をした人物だ。
髪色はこげ茶で、襟足が少し長いぐらいの髪型。
制服は少し着崩しているが、それでも他の男子生徒と比べれば十分許容範囲内だ。
そして、特徴すべきはネクタイの色で、青色は三年生のカラーだ。
「落としたよ」
「え......」
提示されたハンカチを見て、どうにも見覚えがあると思った天子。
素早く自分のポケットに触れてみれば、ハンカチらしき感触が無いことに気付く。
そして、それがすぐに「自分が落ちしたんだ」と直結すると、
「あ、ありがとうございます」
少しどもりながらも、それでも確実に聞き取れる声量と流暢さで感謝を述べた。
瞬間、敬やいつものメンバーと違う初対面相手にちゃんとしゃべれたことに天子は気づく。
同時に、まるでこれまでの自分とは違う、確実にレベルアップした実感を感じ、ふと笑顔が浮かんだ。
それもこれも、敬や皆と一緒に過ごしてきたおかげだ。
「.......」
そんな笑顔を浮かべながら、天子は両手で丁寧にハンカチを受け取った。
そして、そんな天子は気が付かなかった。
その表情が目の前の男子生徒にどう映っていたのかを。
無事ハンカチを受け取った後、天子は何事もなく皆と一緒に移動を再開する。
その時、流し目で先程の男を見ていた京華が狂犬のように牙をむき出しにして吠える。
「姫、今の男......姫を見てる時の目がヤバかった。
アレは気を付けた方がいい。クソ野郎のニオイがする」
「もう、京華ちゃん......また初対面の人に意味もなく噛みついてますよ。
どうせ噛みつくなら敬さん相手じゃないと......」
「ワンコちゃんにとってキョンキョンが犬甘君に噛みついてるの、戯れだと思ってたんだ。
いや、実際それに近い感じはあるんだけども」
「とはいえ、今回ばかりはそこの厄介ユニコーンの言葉は信じていいかもしれないわ」
相変わらず誰にでも吠える犬であると京華を諫める天子。
そんな天子の言葉に、那智と夕妃が順に反応した。
その中でとりわけ気になる反応をしたのが夕妃である。
それもそのはず、普段なら真っ先に友の角を折に行くはじの人物が、まさかの擁護したのだ。
これを異常事態と呼ばす何と呼ぶだろうか――と、すぐに発想に思い浮かぶのがだいぶ敬に毒されている証拠か。
ともあれ――、
「夕妃ちゃんまでどうしたですか?
まさか京華さんと同じように......!」
「いや、それはない。それだけなはい。死んでも嫌だ」
「なんだとお前! 同じ姫を守るための存在になれんだぞ! 誉だろうが!」
「キョンキョン、自分のことそう思ってたんだ......割とプライドを持ってたんだね」
全力で拒否する夕妃に対し、狂犬が再び吠え始める。
そして、それを第三者目線からツッコミのような感想を述べる那智。
相変わらずのトリオコントに、一瞬にして蚊帳の外になった天子は気にせずほっこりとした顔をする。
とはいえ、だからと言って先程の発言を流せるはずはなく、
「それでさっきの言葉はどういう意味ですか?」
「そのままの意味よ。私もあの男からは少しだけ危険な感じがした。
あくまで勘だけど......それでも、この勘はなんだか当たりそうな気がする」
「夕妃ちゃんまで.....那智ちゃんはどう思いますか?」
「う~ん、那智はそうだな......」
天子からの質問に対し、那智は後ろを振り返って先程の人物を見る。
もうかなり遠くまで行っているのか頭ぐらいしか見えず、その視界を邪魔するように廊下で多くの生徒が往来している。
それでも見えるとしたら男子顔負けの180センチ以上ある身長の那智ぐらいだろう。
そして、そんな姿を見ながら、天子の質問に答えるように口を開くと、
「正直、那智にはあんまりわかんないかな。
ただまぁ、感覚的に言うなら、悠馬より単純じゃなくて面白くなさそう」
「それは嫌ってことですか......?」
「う~ん、そうなるかも」
そんな那智の回答に対し、天子は静かに瞠目する。
天子が知る那智という人物は、割と言葉がハッキリしていて、そこの裏表はない。
天子が嫌なのかと聞いた質問に対して肯定した時点で、那智にはそう見えてるのだ。
つまり、この意見をまとめれば、三人中三人が先程の男子生徒を警戒すべきと言ったのだ。
そんなことこれまで一度もなかった。
大抵、京華が発した意見を突っぱねる二人が、揃って同意する。
ということは、先ほどの男子生徒はそういう人物ということなのだろうか。
(正直、とてもそんな風には見えない......)
見た目からしても爽やかで、女性ウケしそうな甘めのルックスだ。
着崩した服装も一見だらしなく見えるが、それでも話しかけやすい雰囲気を放っている。
言うなれば、「陽キャ」と呼ばれる人種に該当するだろう。
陽キャだからといって、自分には合わないと思うのは早計だ。
確かに、自分とはタイプが異なり、空気感に馴染むのは難しいだろう。
しかし、陽キャと言うなら今関わっている京華達も端から見れば十分陽キャ側である。
そして、そんな彼女達と自分は今も良好な関係を続けている。嫌なことをされたことはない。
「ま、もっとも、今後関わる機会はねぇだろうけどな。
つーか、このまま突っ立ってると遅れるぞ。
特に、今の担任は遅れるとネチネチとウゼェんだ」
「それ、去年からキョンキョンがダラダラして送れてたからでしょ。
なんだったら、ワンコちゃんと会うまでは日常やる気ナッシングだったし」
「そういう単純な女なのよ。さ、送れる前に早く行きましょ」
―――二日後
とある放課後、天子は一人体育館近くにある自動販売機へとやってきていた。
そこに来たのは一つ、その自動販売機にしか売っていないイチゴミルクを買うためだ。
最初に敬と一緒に飲んで以来、すっかりハマってしまって定期的には摂取している。
そして、今日がその定期的な日に当たり、自動販売機の前で立っている。
「......京華ちゃんを連れて来れば良かったです」
そんな天子は現在、自動販売機を前にしてそう呟く。
というのも、目の前に念願のイチゴミルクがあるにもかかわらず、その位置が高いのだ。
自動販売機にいくつかある段の中でも、最上位に位置し、自分の低身長のせいで届かない。
考えてみれば、いつも手に入れられたのは、率先して京華がボタンを押してくれてたからだ。
それが今はどうだ? ただ飲み物を買ってくるという理由で京華を置いて来てしまった。
その結果がこのザマ。手に入れるためには周りの人に手伝ってもらうか、一度教室まで戻るか。
自分の身長が引くことをこんなにも恨んだことは無い。
それこそ、敬と一緒に飲んだ思い出の味を味わいたいとうだけの話なのに。
その時、立ち尽くす天子の背後から一人の男が声をかけた。
「何か取ろうとしてるの?」
その声に一瞬ビクッと肩を震わせた天子。
上がった肩をそのままに振り返ると、そこには見覚えのある男子生徒が立っていた。
そう、つい最近自分が落としたハンカチを拾ってくれた先輩である。
そんな先輩が自分に対して尋ねている。
状況から推測するに、先輩も飲み物を買いに来て、その時に困ったように立っている自分に気付いて声をかけたのだろう。
だとすれば、今はその優しさに乗って速やかに相手へと番を移すべきだろう。
そう考えたはいいものの、思考とは裏腹に口があまり動かず、声も出ない。
この前の状況とは違うことに天子は目を開き、しかし今もう昔とは違う。
先日は出せて、今は出ない理由はなにか。状況とすれば、友達がいないからだろうか。
だとすれば、頭の中に友達を思い浮かべ、それを心の頼りにして――
「は、はい.......そ、そこのイチゴミルクを」
「イチゴミルクね。届かなくて困ってたんでしょ? 代わりに押してあ上げるよ」
やや吃音が残っていたが、それでもたった一人でほぼ初対面の相手に会話が成立した。
その事実に天子は胸がブワッと温かくなり、その熱で頬が紅潮する。
何かに成功すると、その達成感で体温が上がる――というの小説で読んだことがある。
しかしあいにく、これまでの天子にロクな成功体験がなかったために、その実感を知らなかった。
だけど、今体を巡る熱と、この無性に沸き上がる高揚感はそれが要因としか考えられない。
嬉しさに体がフワフワと感じ、口元は自然と角度が上がっていく。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます!」
「......っ!」
その瞬間、先輩が手に持ったイチゴミルクのペットボトルを手渡してくれた。
それに気づいたのは、天子が自分の成功体験を自覚した直後であり――つまりは、天真爛漫な笑顔を全開にしてお礼を言ったのだ。
そして、そんな自分の状態に気づいたのは、それを言い終わった後だった。
あまりに元気で溌剌と、それでいて今まで誰にも見せたことない表情で返事をしてしまった。
そのことに今度はどうしようもない羞恥心が沸き上がり、体が別の意味で熱くなる。
ましてや、それを全くの初対面の人に対して向けてしまうなんて。
「ねぇ」
そんな天子に対し、先輩は優しい声色で声をかけた。
それから続けた言葉は、天子にとって意外なもので――、
「良かったら、少し話さない? ちょうどそこにベンチもあるわけだし」
あまりに急な展開に、天子の思考がショートする。
変に思われてないかと思いきや、それを超えるような提案。
まさかの事態に、天子は当然咄嗟の反応は出来ない。
そんな天子に対し、先輩はさらに言葉を続け、
「もちろん、無理にとは言わないよ。ただ、なんか俺が話してみたいって思ってさ。
五分ぐらいだから、そんな時間を取らせるつもりはないよ」
女性ウケしそうな甘いマスクを輝かせ、しっとりとした声色で誘ってくる。
もはや世の女性なら二つ返事で答えてしまいそうな回答に天子は――、
「......(コクリ)」
ゆっくりと頷いた。しかし、それは好意的な意味とは違う。
どちらかといえば、今の状況を整理するために必要とした時間だ。
もとより、目の前の先輩をそういった好意的な目で見た事が無い。
自分の好みはもっとこう......見ていて放っておけない人だ。
ともあれ、頷いてしまった天子は促されるままにベンチへと移動する。
ベンチは1つだけなので、必然的に隣あって座るような形になった。
それでいて、先輩が気持ち近いような気がするのは気のせいだろうか。
いや、きっと気のせいだろう。なぜなら、相手はかなりの長身だ。
となれば、大きい分取り得る面積の幅も大きいだろうから。
******
「ふ~、久々に図書室に行った気がする」
そう呟きながら本を片手に図書室を出ると、大きく伸びをする敬。
図書室に行ったのは、ぶっちゃけただの気まぐれである。
これといって理由はなく、ふと頭の片隅に浮かんだ小説を探しに行っただけ。
それこそ、初めて天子と出会った時のことをなぞったように。
もっとも、あの時との違いはこれといって差し障りなく本を借りれたことか。
「......ん?」
その時、敬の視界に廊下を爆走する金髪女子の姿が見えた。
あっちへ行ったりこっちを行ったり、それでいて周りをキョロキョロと。
まるで逃げた人間を目を血走らせて追いかける山姥のようだ。
乱れた髪を振り回し、そして巡らした視界が敬の方へ向いた。
直後、視線がバチッと合い、途端に敬の背筋に怖気が走る。
そして、咄嗟に逃げ出そうと走り出せば、一瞬にしてその肩を掴まれた。
「速っ!?」
「おい、姫を見なかったか?」
「え?」
「姫を見なかったか? と聞いてんだ!」
なるほど、どうやら帰りが遅いご主人様に痺れを切らした狂犬が自ら迎えに行っているようだ。
とはいえ、これまでの自分のルートで天子を見た事が無い。
「いや、見て無いな」
「そうか」
そう言って、京華は再び走り出し、そのま風のように消えた。
その姿を見て、敬は少しだけ目つきを細め、思考を巡らせる。
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