舞い踊る天使~アズラーイール~
反政府テロ組織【オルデン・ディヴィナ】のTRAパイロットは、歩兵としての優れた技量を持つものが選別されている。
ゲリラ戦による襲撃テロが基本の【オルデン・ディヴィナ】は、優秀なゲリラ兵士が育っており、当然、そういった意味でTRAパイロットに適した人材が存在していたのである。
そして、フラメス共和国製TRA4系列機動装甲歩兵は、彼らの能力を十二分に発揮させうる機体であり、その素早い包囲戦術はかの【魔人・十河 遥】との戦いで自身の持つ【高度戦場適応】を十全に機能させられていない、スランプ中の桃華を確実に追い詰めていった。
(……何の思惑があって、取り回しのいいアサルトライフル系ではなく、スナイパーライフル何ぞもってきたのだ?)
TRA4Sを駆って桃華へと迫るアルベルトは考える。
対戦車戦闘ならば、肩に装備した日本製【90式電磁速射砲】でも十分のはずだ。
まあ、電磁砲はあくまで中距離兵器——、遠距離から車両兵器を殲滅する役には立っただろうが、自分たちTRAに対しては明らかに不利な武装である。
(……あるいは、それしか用意できなかった……か?)
アメリカで日本製TRA装備を集めるならば、その可能性もありうる話ではある。
そして、目の前の【藤原桃華】はたしか——、日本最強TRAパイロットと名高い人物である。
——ならば……、
(……こちらを侮って、不利な狙撃銃でもいいだろう……と、甘い判断をした……と言ったところか?)
それならばこちらの有利だ……。そもそも、狙撃銃は片手で扱えるものではなく、例えば片腕が機能低下しただけで使用不能になるだろう。
——そう、あの左肩ハードポイントに設置されたミサイルユニットを誘爆させられれば……。
アルベルトはジョゼの機体に肩を触れて直通回線で言葉をかわす。
——ジョゼは静かに頷いた。
一方、桃華は——。
「……あのTRA4S以外のTRAもなかなか動きがいいね。そこそこいいパイロットを揃えているみたい……」
包囲が急速に狭まってゆくのを感じながら、その狙撃銃を放つ——。
それが迫るTRA4Aの一機が装備している【三連装多目的ミサイルコンテナ】を脱落させた。
その機体は、それに構わずアサルトライフルを構えて迫ってくる。
それが断続的に放つ銃弾が桃華の90式の装甲を掠めつつ削っていった。
「狙撃銃の弾倉にある銃弾の残りは……、十発の弾倉を持ってきたから残り四発……か」
そして、桃華は機体の腰部に設置されている予備弾倉も意識して、これからどう動くべきかを考えた。
しかし、桃華の思考は——以前のようにうまくは働かない。何かが引っかかって思考が止まってしまう。
今の桃華は機能不全な戦術眼を卓越した歩兵としての動きでカバーしているだけであった。
——まあ、それでもかのアンヘリタらに負けなしなのは、彼女のポテンシャルが高すぎるゆえだが……。
それでも、アンヘリタ隊に追い詰められ始めたのと同じく、目の前のアルベルトたちにも追い詰められようとしていた。
「……でも!」
桃華は、もはや長い付き合いである90式を、その機動性を最大限に活かして縦横無尽に走らせる。
敵側、ジョゼを除くTRA4A二機は、それにうまく追いつけずに包囲を乱し始める。
「獲った!!」
包囲から抜けられる可能性を考えた一機がなりふり構わぬ高速機動で走る。
桃華はその動きを読んで、逆に急速反転して——そして、至近距離で空中をドリフトしながら『90式電磁速射砲』を叩き込んだ。
ドン!!
その弾丸が連続で叩き込まれて、そのまま地面に転倒して動かなくなる。
それに反応を示したもう一機のTRA4Aが、手にしたアサルトライフルと肩装備の105mm速射砲を放ちながら、桃華に追いすがってきた。
桃華は空中で反転して——、そして弾丸を避けつつ、左肩の『四連装多目的誘導弾』を一発放つ。
ドン!
それはアサルトライフルの嵐に突入して、敵機に到達することなく爆発する。
——それが敵機と桃華の視界を遮り。
桃華はそのまま地面に接地した瞬間、横に走り抜けつつ『四連装多目的誘導弾』の二発目を放った。
ドン!!
それは確実にTRA4Aに命中して、その機体を地面に倒して沈黙させた。
「やってくれる!!」
ジョゼのTRA4Aがアサルトライフルを放ちつつ迫ってくる。その動きは先程の二機など比べ物にならないほど素早く、桃華に全力の回避運動を強制した。
——そこに、敵の電磁砲弾が襲いかかった。
「く!!」
桃華の90式の胴部端を貫通しながら弾丸が連続で飛んでゆく。そして——、
ドン!!
「ああああ!!」
桃華自身に激しい衝撃が加わり、90式が空中で大きくゆれて体勢が崩れる。
——機体に警告音が響いて、左肩の大幅な機能不全を示した。
「……ち、ミサイルの誘爆か!」
桃華は即座に、左肩ハードポイントが狙撃された事実を理解する。
機能低下によって狙撃銃を正しく固定できなくなった事実を理解した。
「……でも、この程度なら……」
桃華は狙撃銃の両手支持をやめて肩に担ぐ形にする。それは明確にこれ以降狙撃銃を使わない……と見える意思表示にも見えて、アルベルト達は満足そうにほくそ笑んだ。
——アルベルトは考える。
桃華の武装は、あと——、
右肩ハードポイントの『90式電磁速射砲』と、ほぼ役には立たないであろう基本装備である予備ハンドガン『15mm拳銃』のみ。
——今回で狙撃銃を正しく扱えなくなったからである。
(終わりだ……日本人……。かのS級超能力者を退けたとか言う話も……、ただ運が良かっただけなのだろう……)
そうしてアルベルトは笑い、桃華は苦しげに顔を歪めた。
戦場が——決着へと向かってゆく。
◆◇◆
数日前——、ファンダム基地の休憩所。
「これは……」
桃華は藤原が持ってきた資料に目を通して驚きの表情を作っていた。
「モモがいまいち自分の現状を理解していないふうだったんで……、データで持ってきたよ」
「うん……、それはいいけど。これって、やっぱり……」
「そうだよ……、君の動きが……、回復し始めている」
そう言って藤原は資料に示された各種数値をなぞってゆく。
「モモが……力が発揮できない……と、感じていた原因は……。間違いなく『恐怖』だったんだよ……」
「そう……、やっぱり……」
——藤原は説明する。
桃華の能力の本質は『戦場の素早い掌握』である。
各種機器から得られるデータ、そして経験やデータベースから得られる情報を、素早く的確に自身の戦術へと反映させて最適化する。
戦場の地形、環境、戦闘による変化、さらに味方の各種状況、敵の各種状況、を把握して人間離れした思考速度で、自分が戦術を組み立てるための情報へとパッケージ化するのが【高度戦場適応】なのである。
——しかし、かの【魔人・十河 遥】は、敵の情報を把握するための認識に【恐怖】という本能的な壁を生み出してしまった。
そこから、正確な情報の構成ができなくなって……、そしてスランプに陥ったのである。
——藤原は言う。
「アンヘリタらを仮想敵として演習を繰り返すのが、壁を崩す役に立ったようだね……。それを、本当の敵に対しても出来れば……」
「……それに……、なるほど……。アンヘリタたち、私の動きに引っ張られて、異常な速度で動きが成長してるね……」
「……ああ、彼女らは、このままいけばもしかしたら……」
——世界最強のTRAチームに成長するかもしれないね。
その藤原の言葉に——、桃華は、自分がスランプを克服しつつあることよりも、嬉しそうに笑ったのである。
◆◇◆
桃華は一息深呼吸すると、目前に迫るアルベルトのTRA4Sを睨みつける。
その機体の動きをその目視だけで、細かく分解して情報として取り込んでゆく。
「終わりだ!!」
アルベルトがわざわざ外部スピーカーで嘲笑するような言葉を放つ。
桃華はそれに構わずに、緩急を大きくつけて機体を駆動させた。
ドンドンドン!!
電磁砲の弾丸が連続で桃華へと叩き込まれる。しかし、それを桃華は機体に掠らせることもなく回避し、森を駆け抜けてゆく。
アルベルトはここぞとばかりに桃華に迫ってゆき——、それが原因でジョゼのTRA4Aから大きく離れることになった。
「アルベルト! 深追いはよせ!!」
ジョゼが叫ぶが、アルベルトの耳には届かない。
逃げる桃華を追うアルベルト——、そのままジョゼから引き離された状態での一騎打ちになった。
アルベルトは機動しながら強引に電磁速射砲を放ち、同時にアサルトライフルを放って桃華を追い詰める。
しかし——、桃華の機体にはアサルトライフルの弾丸は掠るものの、電磁砲の弾丸は掠りもしなかった。
(く?! なんだ?!)
そのあまりに低い命中率に、疑問が浮かび始めるアルベルト。
目の前の桃華は——、明らかにこちらの電磁速射砲の射線を避ける軌道で戦場を駆け抜けていた。
(どういうことだ?! どうやって?!)
その動きのそれまでとは裏腹の変化に驚きを隠せないアルベルト。
——どう考えてもその答えには到達できなかった。
その時の桃華は——、
(……フラメス共和国製TRAの固定装備パック……。TRAそのものが多くのパイロットが扱えるよう規格化されて……、それゆえに補助AIによる補助動作機能が組み込まれている……)
そう——、フラメス共和国製TRAは、そのメインOSに組み込まれた補助機能によって、誰しもが一律に高度な動きができるようにされている。しかし、その補助機能は半ばパイロットの思考操作命令に割り込む形で機体制御を行うために、ある一定以上の優秀なパイロットにとっては、望まない動きを一瞬挟んでしまう隙にもなっているのである。
それを具体的に説明すると、フラメス共和国製TRA用【LMCアサルトパック】——、その射撃管制に噛ませた補助AIが、一瞬、狙撃体勢への機体姿勢変更という形で隙を生み出していた、ということであった。
——まさに桃華はその隙を見抜いて、的確な回避運動へとつなげていたのである。
——だから当然のように当たらない。
そうした状況で焦ったアルベルトは、電磁速射砲の装弾数を忘れてカラにしてしまう。
慌てて腰の予備弾倉を取って、後退しつつ取り替えようとした。
「そこ!!」
桃華が——、その肩に担いだ狙撃銃を前方に向ける。
それに嫌な予感を感じたアルベルトは、弾倉交換をやめて回避運動に入った。
桃華は構わず——、後方へと機体を飛翔させつつ、脚で狙撃銃の胴をキックした。
するとバイポッドが展開して、桃華の機体はそのまま狙撃姿勢へと流れるように変化する。
ドン!! ドン!!
そうして桃華の狙撃銃が火を放ち、アルベルトの脇を掠るように狙撃銃の弾丸が飛んでゆく。
「く?!」
桃華の90式が半ば浮いた状態で横滑りしつつ、バイポッドを支点にして狙撃銃の射線を変化させてゆく。
それは——、もはや曲芸にすら見える、思いつきもしない動きであった。
ドン!! ドン!!
そのまま桃華は弾倉内の全てを撃ち尽くした。
「は! なかなかやるが……」
アルベルトは何とか回避して、その手の弾倉を電磁砲に装填する。
そうして回復させた電磁砲で桃華を狙うも——。
「……あ」
その時、起こっていた異変にやっと気がついた。
桃華の放った狙撃銃の弾丸——、それはアルベルトのTRA4Sには命中しなかったが、それを追って支援しようとしていたジョゼのTRA4Aを機能停止させていたのである。
「おい……まさか……」
アルベルトはやっと気がつく。
桃華の先ほどの射撃は——、自分ではなくジョゼを狙ったものである、と。
(……なんて……やつだ……)
あまりの事に一瞬思考停止になるアルベルト。
しかし、再び狙撃銃を肩に担いだ桃華を見て、なんとか自分を取り戻す。
(だが……これで狙撃銃は本当に無用なものになった……)
アルベルトは、狙撃銃に設置されていた弾倉を桃華が外すのに気がついていた。
今、狙撃銃には弾倉がセットされておらず、ただの棒きれと等しい存在になっているのだ。
(これ以上……好きにさせるわけにはいかない! 私にも意地がある!!)
そしてアルベルトは一気にTRA4Sを加速させる。
日本製90式戦術機装義体とフラメス共和国製TRA4S機動装甲歩兵。
両者の機動性を比べた場合、やはりTRA4Sに軍配が上がる。
その機動性を最大限駆使して桃華の90式へと迫ってゆく。
「……は! やはりそうきた?!」
桃華は——それが当然だろう……、と言うようにコックピット内で叫ぶ。
敵のTRA4Sがアサルトライフルで90式を抑え込む動きを始めたからである。
これまでの銃撃戦で、90式は機動性が大幅に削られつつあった。そして、先程の無理な機動でさらに機動性が落ちる結果になっていた。
「このまま!!」
TRA4Sの弾丸が90式の脚部に命中してその動きが一瞬停止する。
——そこに電磁砲が炸裂した。
「く!!」
その弾丸は90式のコックピットには到達しなかったが、【90式電磁速射砲】の側面を削って機能停止に追い込む。
こうして桃華はハンドガン以外の武器を喪失した形になった。
「……」
桃華は黙ってひたすら90式を後退させてゆく。
もはや逃げるしかない桃華に、アルベルトは外部スピーカーで呼びかけた。
「……諦めろ日本人……。よくやったが我らの勝ちだ……。投降するなら生かしてやるぞ? 日本政府の人質にもなろう……」
「……」
桃華は黙って手の指でサムズアップの形を取って、それを上下逆さに変える。
それを見てアルベルトは、苦笑いしてから桃華の90式へと襲いかかった。
「……?!」
桃華の機体が半ば空を飛びながら、狙撃銃を前方に倒して脚部で支えて抱える形を取る、そのまま破損した左腕で狙撃銃の予備弾倉に触れる。
弾倉を交換しようとしている事実を理解して、アルベルトは一気にTRA4Sを加速させる……が。
パンパンパン!!
狙撃銃を脚を使って胸に抱える形でフリーになった右手でハンドガンを抜き放ってTRA4Sへと乱射する桃華の90式。
不意打ちとも言えるそのハンドガンの乱射を受けて——、
アルベルトのTRA4Sはその視界を失った。
——頭部の外部カメラを撃ち抜かれたのである。
「な?!」
視界の消えた機体内でアルベルトは呆然とする。
見えていた勝利が——、手からこぼれ落ちた。
——いや? 本当に勝利できる勝負だったのか?
アルベルトは——、そうして狙撃銃の狙撃音が響くのを待つしかなかったのである。




