継承されし呪い~テロリズム~
森の中——、地面にある地下への鉄扉。その奥の、さらに奥にある監禁部屋で、デイビット・ジェファーソン大統領は女性SPと顔を見合わせる。
どちらも軽く負傷し包帯も巻いてはいるが、動けなくなるほどではなく、同時に地上で起こり始めた混乱に気がついていた。
「大統領……」
「ああ……、どうも救出部隊が来た様子だな……」
二人は小声でそうやり取りする。
——不意に強固な鉄扉が開かれた。
「……!」
部屋の扉を開けて入ってきたのはテロ組織【オルデン・ディヴィナ】のメンバーであり……、
「お、おい……、ペドロ……。大丈夫なのか?! アルベルト様は大統領に手を出すな……って……」
「そ、そんな悠長なことしてられるかよ! このままじゃ俺等……」
女性SPは、その二人の混乱した様子に小さく笑って大統領と目配せする。
大統領は、自身の腕時計を気づかれないように外すと、それを女性SPに向かって渡す。
女性SPは受け取って頷き——、
ドン!
その拳を部屋に入ってきたテロリストの一人に放った。
「ぐ……!」
「な?!」
女性SPが手に持つ大統領の腕時計が、独特の駆動音と小さな光を放っている。それは——、
「……な?! アーツデバイス……ってやつか?!」
「ふ……、そのとおりよ!」
女性SPは拳を振るってもう一人も吹き飛ばす。
そして、そのまま昏倒したその二人を見下ろして女性SPは安堵した表情で笑った。
その手に持つアーツデバイス【クラス:護衛拳士(Guardian Pugilist)】による能力バフは、女性SPに銃を持つ兵士すらある程度制圧可能な能力を与えている。
ある程度の隙が出来れば逃走が可能になるだろうと、大統領と共に状況を伺っていたのである。
大統領はれっきとした【一般人】。まさか、その大統領の腕時計が、緊急時のためのアーツデバイスとは、テロリストたちも気がついてはいなかった。
「ふん……。自分たちの超能力者の能力を阻害しないように、瞬間転移と精神感応のみにこの施設のカウンターPSIユニットを機能限定していたのが仇になったわね……」
アーツデバイスは一旦超能力を万能エネルギーに変換したうえで再構成する仕組み、それゆえに限定効果のカウンターPSIユニットに阻害されにくい性質を持つ。
もちろん、完全に阻害されていないわけでもなく、最大出力よりは効果が低下してはいるが……、救出部隊が到着するであろうその時までは、持ちこたえられるだろうことは確信があった。
「後続が来る気配がありませんね。おそらく、迎撃に出払っていたのが彼らの勝手な行動の原因なのでしょう」
「……ならば、一旦この場を脱出して……森に身を潜めよう」
「分かりました大統領……」
そうして——、大統領はその地下施設から脱出するべく動き始めた。
地上の混乱と桃華のTRAによる強襲で、敵の包囲線は穴だらけになっており、その隙を縫って大統領と女性SPは森へ消えていった。
——彼らが友軍の赤外線誘導灯を視認するのは、およそ一時間後のことだった。
◆◇◆
そして——、
大統領が動き出すしばらく前の地上では、
その動きを成功させた要因である、【藤原 桃華】の90式が車両部隊相手に大立ち回りを繰り広げていた。
ドン!!
——三台目の『86A式』主力戦車が砲塔各所から火を吹いて吹き飛ぶ。
「お……おい……。噓だろ……」
友軍を離れて支援する『RCV-M8』偵察車の乗員が、驚きに満ちた表情で戦場を見つめる。
「……あれ……、狙撃銃だろ? なんであのTRAは近接距離でこっちの主力戦車を撃墜してんだよ……」
そうして驚くのは無理もない話であった。
目前の90式戦術機装義体は、日本製最新TRA狙撃銃『90㎜狙撃銃』を狙撃姿勢ではなく普通に走り回りながら、近接距離で放ち——、走行する『86A式』主力戦車を一撃のもとに撃墜しているのだ。そもそもこういった狙撃銃は、中近距離用火器のごとく使用できる代物ではないはずである。だから、中距離での主力である固定武装を牽制するつもりで戦車として高速機動しながら、戦車砲で撃墜しようと『86A式』主力戦車部隊は比較的近い間合いで陣形を組み包囲したのである。
しかし——、
ドン!!
さらに四台目の『86A式』主力戦車が爆発とともに沈黙する。
——そうして、余りにも一方的な戦況になりつつあった。
狙撃銃の弾倉内の弾薬数を確認しつつ、桃華の90式は戦場を駆け抜けてゆく。
「さて……、もうそろそろ帰ってくるかな?」
そうつぶやいた瞬間——、
ドンドンドン!!
独特の衝撃波をまといながら弾丸が90式を掠めていった。
桃華の90式は、装甲板に細かな傷を受けただけで命中弾はなかった。
「TRA4S専用ウエポンシステム……。電磁速射砲……か」
桃華はそうつぶやきつつ、その弾丸を放った敵TRAに視線を送る。
森をかき分けながら、いつの間にかアルベルトのTRA4Sが迫って来ていた。
「ち……、日本製90式……。桃華とかいう日本人か……」
そうして外部スピーカーで言い放つTRA4Sに、桃華は狙撃銃を構えながら不敵に笑った。
「そうよ……、その日本人……ってね!」
ガン!!
桃華の狙撃銃が火を吹いて、その弾丸がアルベルトのTRA4Sをかすめる。
それを見て桃華は少し笑顔を押さえて言った。
「動きがいいね……。貴方がベテラン兵士ってのもあるんだろうけど……、TRA4Sの性能もあるのかな? アルベルトさん……」
その言葉に——、アルベルトは機体内で眉を歪めながら、機体が手にするアサルトライフルを構えた。
「ち……、知っているのか……。日本人……」
「まあね……、知ってるのはそれだけじゃないよ?」
「……なに?!」
桃華の90式を包囲する動きで迫るTRA4A三機から、間合いを離すよう起動しつつ、桃華はアルベルトに向かって言った。
「誰かさん達は賢明ね……、貴方と違って……」
「……」
アルベルトは、分かっていたことではあるが機体内で苦渋で顔を歪めた。
(……やはり……、息子と娘が……、私の情報を……)
アルベルトは胸を抑えながら、自分が愛する家族である二人の顔を思い浮かべた。
その思考の中で二人の声が響く。
『父さん、もうやめてくれ……』
『この戦いは私たちのものじゃないわ……』
『僕たちは……、あなたの憎しみを継ぎたくない……』
祖父の代から受け継いできた意志。それから息子と娘は明確に離れつつあった。
二人は——、愛する家族は——、テロリズムから離れる生き方を模索している。
彼らは言う——「なぜそのような事にこだわって死者を増やすの?」……と。
そんなもの『正義』に決まっている。
祖父から受け継いできた『正義』を——次の世代に継承させねばならない。
(……だから……、彼らに俺の正義を正しく示さねばならん……)
厄介ごとから離れるために——、死にたくないという逃げのために——、『正義』を放棄してアメリカに巻かれてゆくあの二人に、正しい『正義』を示さねばならない。
『父さん……治療法はあるんだよ。義体化すれば……、父さんはまだ生きられる……』
『アメリカ様の施しでか?』
『なんでそうなるんだよ……。施しなんかじゃ……』
『同じことだ!! 俺は……決してアメリカなんぞの下にはつかない!!』
アルベルトは、その時に見せた二人の困惑の顔を、アルベルトは思い出して胸を掻きむしる。
(二人を正さないと……。早く正さないと……)
そう——、アルベルトは胸に宿る消えない痛みに深い焦燥を抱いていた。
——焦っていた。
このままでは継承してきた意志は失われる。——自分の代で失われる。
もしそうなったら自分は——、
(今まで俺のしてきたことは……、何だというのか!!)
アルベルトは、全てが終わろうとしている狭間で——、ひたすら足掻いていた。
(二人を正さなければ……。俺が死ぬ前に……、俺が消える前に……、俺たちの正義が、誰にも継がれないまま腐り落ちる前に……)
だからこそ、その邪魔になろうとする桃華に向かって叫んだ。
「邪魔をするな……日本人!! 俺の正義を世に示すため!! 俺達の正義をアメリカに理解させねばならんのだ!!」
そのアルベルトの言葉に——、桃華は……、
「自殺したければ他所でやれ……。周りを……ましてや家族を巻き込むんじゃない……」
そう静かに……、そしてハッキリと言い切った。
「何だと?!」
「アンタは……、引き継いだ『正義』とやらを捨てられず、後戻りもできないのでしょう? ……でも貴方の家族はそれに殉ずる意味はない……」
「ふざけるな……俺の『正義』は……」
「そう……、貴方の『正義』……」
——それは貴方だけの『正義』。
——貴方の家族がどんな『正義』を信じるかは彼らが決めることよ。
——貴方が押し付けることじゃないわ。
「ぐ……」
「自分は……その『正義』を自分では決められなかった……、そう感じているのだとしても……」
その桃華の言葉にアルベルトは目を見開いて——そして怒りを示した。
——それはある意味でアルベルトの心を抉る言葉だった。
(……違う!! 俺は!!)
しかし、アルベルトはその痛みから目をそらして怒りを燃やす。
——自分のしている事が……、自由を選ぼうとしている子らへの嫉妬であってはならないからだ。
だから彼は——、『自分たちの闘争が間違いではなかった』と息子たちに見せつける最後の儀式を完遂しようと、目前の障害である桃華に銃を向けた。
「落ちろ!! 正義を理解せぬ悪魔が!!」
「……」
桃華への包囲陣形を形成したアルベルトら四機のTRAは、たった一機で対峙する桃華に迫ってゆく。
桃華が身につけるヘッドギアのディスプレイ上に、三方向からの射線警告表示が示される。
桃華は笑みを消して、思考をフラットにする。
ここからの戦闘は戦車部隊とは違うものになるはずだ。
そうして桃華は、迫る敵機を睨みながら、小さく——そして誰にも聞こえない呟きで言ったのである。
——次の世代に意志を残すことと……、呪いを押しつけることは違うのよ……。




