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桃華の戦機~トウカノセンキ~  作者: 武無由乃
西暦2091年
39/42

荒ぶる神獣~アラブルベヒモス~

 光がちらつく濃い煙の只中を、アンヘリタとエマのTRAは走り抜ける。

 即座に追撃をかけると思われた敵TRAが、追ってこない事に疑問はあったが、アンヘリタは幸運だったと思うことにした。


「……隊長……」


 エマの機体の手がアンヘリタの機体の肩に触れて直通通信が送られてくる。


「……お願いですから……、あのようなマネはもう、……やめて下さい……」


 それはいつもの声音ではなかった。まるで懇願するかのような言葉——それは、アンヘリタの心に痛みを与えた。


「すまん……、それとありがとう……」

 

 その通信に返事は帰ってこなかった。その代わりに——、


「く! アンヘリタ!! 無事?!」


 TRAの曲がった脚を、金属のような棒で固定したジュリエットの機体が近づいてくる。

 その背後には周囲を警戒するジョフィエの機体もあった。


「……よかった……二人とも……。いつもと違ってエマまで後退が遅れてるから……どうなるかと……」


 ジョフィエはいつもの明るい感じとはうってかわって、泣きそうな声音で言った。


「……ここで待ってたのか? もう少し後退したほうが……」

「そんな事出来ないよ……、今回はヤバかったんでしょ?」

「……!」


 そのジュリエットの言葉にアンヘリタは驚きの表情を作る。

 ジュリエットは静かに、そして悲しげに言葉を放つ。


「ジョフィエに聞いたよ……。アンヘリタの事……」


 そのジュリエットの言葉に、アンヘリタだけでなくエマも驚きを隠せなかった。

 エマはジョフィエに向かって言う。


「まさか……、ジョフィエ……こ(・)の(・)事(・)昔から知っていたのですか?!」

「……。うん……、知ってた……」


 静かに消え入りそうな言葉で答えるジョフィエに、エマが食って掛かる。


「貴方! アンヘリタのいつもの突出が……、状(・)況(・)の(・)極(・)端(・)な(・)悪(・)化(・)か(・)ら(・)友(・)軍(・)を(・)逃(・)が(・)す(・)た(・)め(・)に(・)ワ(・)ザ(・)と(・)し(・)て(・)い(・)た(・)事(・)だと……、なぜ言ってくれなかったのです?!」


 その強い語気にジョフィエは悲しそうな声音で答える。


「ごめん……、本当にごめん……」

「……謝って済むことじゃ……、私だって知っていたら……。知って……」


 エマはそこに来て言葉をつまらせる。

 果たして本当に——その話を聞いて正しく認識できただろうか?

 自分は、常に友軍を——そして敵軍を、盤上の駒としてしか見てこなかった。

 あらかじめデータを調べ上げてそれを元に戦術を構成し、そして今まで戦ってきた。


 それによって今まで生き残ってきた自負もあった。

 ——しかし、今思い返すと……、アンヘリタが突出した作戦に采配の甘さが見えてくる。

 そもそも、自分はジュリエットの狙撃能力の高さを全く知らなかった。

 そして——、明るい笑顔しかしないジョフィエが、これほどまでに悲しげに言葉を放つのだと知らなかった。

 ——アンヘリタが……、仇を前にあそこまでの行動をできる事を知らなかった。


 情報が古かった……、仲間は変わっていないと、変(・)わ(・)ら(・)な(・)い(・)と情報更新を怠った。

 ——まさに戦術家としては致命的なミス。

 その理由は——、


(……私は……、いや私たちは……)


 互いを理解するということにあまりに不器用だった。

 ——でもそれは、ある意味で仕方がない部分もあった。


 アンヘリタは自分の悪名が広まりすぎて、それを正しく訂正することも出来ずに現状を利用する方向に向かった。

 エマは、元々、他人との交流を面倒と考える傾向があり、相手の心を理解するという事が苦手だった。

 ジュリエットは、自分が望む場所に居ないと感じつつひたすら流されて、チームメイトの心情を慮る余裕がなかった。

 ジョフィエは、生まれつきの天才ゆえに周りから特別視され続け、今までも正しい友人関係を築く事ができずに、ただ心を誤魔化す作(・)っ(・)た(・)笑(・)顔(・)しか出せなくなっていた。


 ——誰もがコミュニケーションに難を持っていたのだ。

 そして誰もが……、それを直すことを半ば諦めていた。あの桃華に、演習で立ち向かうことになるまでは。


「……これは……帰ったら反省会ですね隊長……」


 そのエマの言葉に、アンヘリタは苦笑いで答えた。


「そうだな……、もう何かを誤魔化して、相手に期待を押し付けるのはヤメだ……」


 その言葉に周囲の皆が笑顔を作る。

 ——多分、自分たちはこれからだと想えた。


 ——と……、


「……! 隊長!!」

「どうしたエマ?」

「敵TRAが追ってこない理由を調べていましたが……。どうも日本製TRA——『90式戦術機装義体』が大統領のビーコンのある付近で動いているみたいです」

「日本製TRA? ……! まさか……桃華?!」


 それを聞いた時、アンヘリタとエマは一つの思いに行き当たる。


「……桃華……、TRAが用意できなかったとアタシたちに任せて……。90式での奇襲を考えていた?」


 ——ようはアンヘリタたちを囮に使った?


「隊長……」

「……ち、何だよそれ……。でも……本当に?」


 それが本当なのかは正直わからない。でも……事実、アンヘリタ隊が囮の役割をこなして90式が奇襲できたのは事実。


「……後で問い詰めねえと……」

「……アンヘリタ!!」


 苦しげにそう呟くアンヘリタの機体に、焦った様子のジョフィエからの通信が届く。


「……?!」


 不意に周囲に地響きのような音が響き始める。

 ——と、不意にエマの機体のモニターにノイズが走った。


「なに? これは……? 気の所為……じゃない?」

「どうした? エマ……」


 エマの様子がおかしいことに気がついたアンヘリタが声をかけてくる。エマは少し考えてからアンヘリタに問うた。


「今……モニターにノイズが走りませんでした?」

「ん? お前の機体……調子が悪いのか?」

(……? 私の機体だけ? いや……これは……)


 エマは、何かに思考が至りそうになるが、それよりも周囲に響く地響きこそがまず優先すべきと考え直した。

 ——そして……、


 ゴゴゴゴ……、ドン!!


 森を……樹木をなぎ倒して巨大な何かが目前に姿を表す。

 それを見て——、エマを除いた者たちは困惑と驚きに顔を染め、エマは苦しげに呻きながら言葉を放った。


「……アイツらはなぜここまで?! なぜこんなものまで所有してるの?!」


 目前に現れたのは——、報告にあった部族が目撃したとされる多脚戦車の、その正体。

 アメリカ軍『M22スパイダー』多脚戦車に外見が酷似した、しかしながら大きさは明確に違う——ある国の試(・)作(・)多(・)脚(・)戦(・)車(・)。


「な……多脚……戦車?! いや……鋼鉄の蜘蛛……?」


 それは戦車というにはかなり特殊な形をしている。

 車体は全長7.3mほどと思われる四対脚の多脚戦車。

 胴体上部前方付近に搭載された、主力戦車より小型に見える——おそらく120mm砲あたり——の砲塔。

 胴体後方に設置された不自然に大きいコンテナのような部分。追加重装甲で鎧われたそれが、まさしくその多脚戦車を蜘蛛の姿に変えている。

 さらに、胴体周囲には幾つか追加装甲板が見えており——、


「これは……、動(・)画(・)で(・)見(・)た(・)機(・)体(・)……、試作モデルに補強の装甲板を設置したもの?」


 エマの言葉に、アンヘリタが他の皆にハンドサインで後退を指示しつつ声を放つ。


「こいつ……分かるのか?!」

「……こいつの名は通称『ベヒモス』……。多用途コンテナ装換式試作型重支援多脚戦車……。フラメス共和国製『LT-X3』……」

「フ(・)ラ(・)メ(・)ス(・)共(・)和(・)国(・)?!」


 その場の皆が呆然とする中でその砲塔が旋回を始める。

 アンヘリタらは素早く間合いを取ろうと奔り始める。

 ——そして……、


 ガン!!


 後退しながらジュリエットの狙撃銃が火を吹く……、が。


「え?」


 ジュリエットの狙撃が巨大な多脚戦車の追加装甲板を抉るものの、完全な命中弾にはならず飛んでゆく。


(……外した?! え?)


 ジュリエットは静かに疑問を感じて、エマもまた驚きでその光景を見た。


 『ベヒモス』からスピーカー音が響き始める。


【死にたくなくば、武装解除して投降せよ……。投降しなくば……この『120㎜速射砲』の餌食になると思え……】


 その嘲笑が見えるかのような声音が森に響く。

 それを放つ多脚戦車をエマは苦しげな表情で睨む。


(……『LT-X3ベヒモス』……『120㎜速射砲』……。最新鋭の火器管制システムによる……『三点予測射撃』……)


 それは最新式支援AIによる約0.7秒間隔の三点砲撃。

 一発ごとに弾道再予測をしながら回避を潰す高精度速射。


(TRAでもかなり回避しづらい……三点バーストにも似た砲撃機構……)


 でも——、とエマは思う。

 たしか、その砲撃機能は切り替えて扱うもの。即応砲撃のための機構が組まれたもので、再使用時間に若干難があったとも聴いている。


「エマ!!」


 アンヘリタの通信がエマの機体に届く。

 ——おそらくこいつを振り切るのは不可能。ならば……、打ち倒さねばならない。


 ——このチームで……。

 エマはそのための戦術を高速で思考し始めていた。



 ◆◇◆



 少し前——。

 アマゾン熱帯雨林の上空を、戦闘機にも似た存在が高速で飛翔してゆく。

 それは——、その身に大型の『高速移動用の追加ユニット』を装備した『90式戦術機装義体』である。

 その身にGを感じつつ目標地点上空に至った事を理解したそのパイロット【藤原 桃華】はそのユニットをパージするよう思考入力した。

 アマゾン熱帯雨林上空で軽い破裂音と共に、『90式戦術機装義体』を包ん見込んだ機構が剥がれ落ちてゆく。

 かくして、降下用の補助ユニットに動作を切り替えて、戦場へと舞い降りる桃華の90式。


 その機体の——、

 右肩ハードポイントには『90式電磁速射砲』、

 左肩ハードポイントには『四連装多目的誘導弾』、

 ——を装備して、手に日本製最新TRA狙撃銃『90㎜狙撃銃』を構えた桃華は、

 敵機として自分を包囲しつつある敵車両部隊に——、


 ——不敵な微笑を浮かべて呟いた。


「……藤原 桃華……、90式戦術機装義体……。戦闘開始……」


 かくして——戦場の支配者たる戦天使は舞い降りたのである。



 ◆◇◆



◇『ベヒモス』

形式番号:LT-X3

分類:多脚戦車

所属:テロリスト

製造:フラメス国防軍技研

生産形態:試作機

車体長:7.30m

全長、脚部展開時:9.60m

全幅、脚部展開時:5.80m

全高:4.05m

重量:33.7t

主砲:120㎜速射砲

副武装:12.7㎜重機関銃*1(主砲同軸)、対空リニアキャノン*1、攻撃型特殊ECMシステム

乗員人数:3名

機体解説:

 アメリカ軍『M22スパイダー』多脚戦車に外見が酷似した(大きさは明確に違う)フラメス共和国製試作多脚戦車。

 いわゆる現地部族が語った【巨大な鋼鉄の蜘蛛】の正体。機体全体を駆動が干渉しない範囲で増加装甲を追加されており、そこでの防御力は高い。

 ただ、主力戦車より小型の120mm速射砲が主兵装であり、あくまでも戦闘支援がメインの多脚戦車であるようだ。

 その構造上、車体後方に多用途支援コンテナ装備のために砲塔を向けられない死角が存在しており、増加装甲によって外見上強固に見えるが、増加装甲の隙間が比較的広めにされており、弱点となる方位がかなり多いのが特徴となっている(試作生産機の横流し品であるので仕方のない話ではある)。

 ※ 想定したイメージとの軋轢を修正するために、車体関連の数値を修正しました。

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