真なる想い~シンナルオモイ~
その時、ジュリエットは半ば折れ曲がった片足で何とか立ち上がろうともがいていた。
先程の奇襲——、要するにアルベルトの【TRA4S・LMCアサルトパック装備仕様】が装備する速射式電磁砲の弾丸の直撃を受けていたのである。
ただ、速射式電磁砲は本来対戦車用であり、重装甲を貫通するべく弾速が早く、その大きすぎる貫通性能がジュリエットのATS1A2『スカルヘッドA2』の脚部に小さい破壊を与えただけで通り抜けてしまって、逆に結果的な損害を小さくしていた。
遊撃に走っていたジョフィエの機体が、ジュリエットの機体に走り寄って肩を貸してその身を支える。
当のジュリエットは——、
「ジョフィエ……ごめん……」
「……大丈夫……一旦下がろう……」
そのまま二人で後退を始めた。
そうするうちにも、周囲から複数のTRAの歩行音が聞こえ始める。
一旦、ジュリエットのそばに走り寄ってから、再び矢面に立つアンヘリタとエマ両名の機体は、周囲から迫る他のTRA4Aを睨んで手にする各自の手持ち火器——アンヘリタはアサルトライフル、エマはサブマシンガンを構えた。
機体内でエマは苦渋の表情で迫る敵機を睨む。
(TRA4A——、一機は対空攻撃仕様だけど……、他二体は105mm速射砲……か。わざわざ対主力戦車で効果が低いそれを装備しているってことは……。対TRA用の榴散弾あたりを装備している可能性が……? いや、それより……)
そこまで高速で思考してから、エマは憎々しげにTRA4Sを睨む。
——その肩にある速射式電磁砲を。
(アレは、あまりに危険すぎる。貫通力が高すぎて損傷が小さくなるとしても……、その速射性と——そして運が悪ければ一撃でコックピットを撃ち抜かれるであろう貫通性能……)
そしてエマは理解する。
こちらの機体——、ATS-1A2『スカルヘッドA2』ではTRA4Sの相手は無理であろう事を。
(ジュリエットの歩行が困難な状況下では……、このまま全滅も……)
——と、不意にアンヘリタの機体がその身を低くしながらTRA4Sへ向かって突撃してゆく。その光景をエマは驚いた表情を作りつつも、半ば納得した表情で見つめた。
ダダダダダ……!!
アンヘリタのATS-1A2が手にするアサルトライフル『40㎜ AR/MK3』が、アルベルトのTRA4Sに向かって火を吹く。それを最新鋭の機体らしいスムーズで素早い動きで制して、その肩に設置された速射式電磁砲を放ったのである。
ドンドンドン!!
三点バーストのように連続で弾丸が撃ち出される。それはアンヘリタのATS-1A2の胴部を貫通して装甲板を吹き飛ばした。
「……?!」
だがアンヘリタのTRAはそのままの勢いで森を走り抜けながらアサルトライフルを放ってくる。
アルベルトは一回舌打ちするとそのまま回避運動に入って、手にする相手と同じアサルトライフル『40㎜ AR/MK3』の引き金を引いた。
ダダダダダ……!!
アルベルトの弾丸がアンヘリタの機体を削りながらも、その動きを止めることが出来ない。
その光景に他のTRA4Aが慌てた様子で援護に向かい始めた。
「く……アンヘリタ!!」
エマは戦場で突出して敵機に囲まれゆくアンヘリタ機へ通信を送る。
「ダメです!! 下がって!!」
そう叫ぶ声に反応はない。
思った通り——、アンヘリタは家族の仇を前に暴走を始めた。こうなったらもはや止めるすべはない。
エマはそう心に思って、背後で後退しつつあるジュリエット機とジョフィエ機を一瞥する。
(……いつもそうだ……。アンヘリタはいつも危うい場面でこういった突出した——勝手な行動を取りはじめる。今回も……以前の作戦でも……)
何度言い聞かせてもそれは治らない。
彼女は静かに「すまない」と呟くだけで……、一度たりとも直そうとしたことはなかった。
——アレはもうダメだ……。いつもの通り撤退命令を下すべきだ。
そうそれがいつもの展開。突出したアンヘリタ機は……その後、大抵はボロボロな機体で生還してきた。
——そう、今回だって多分……。
一歩、エマは下がりかけて——少し違和感を感じる。
それは以前の自分ならば気が付かなかったであろう事。
エマは——、隊長であるアンヘリタに代わって部隊の指揮をこなしてきた。
そこそこの動きが出来るジュリエット——、動きが素早く指示に正しく従ってくれる、頼りになるジョフィエ——、
そして——ある程度指示に従いつつも肝心な場面で勝手な行動を取り始めるアンヘリタ。
ジョフィエを主軸に、自分とジュリエットが支援し、——そしてアンヘリタをある程度自由にさせておく。——それがかつての連携だった。
でも桃華にはそれは通用しなかった。
ある意味ジョフィエ一人に頼っていた形だったから。
——ジョフィエ並のTRAパイロットを複数人相手取ることの出来る桃華には、一人の主力に頼る戦術では通用しなかったのだ。
だから、アレから何度も試行錯誤した結果、ジョフィエとアンヘリタのツートップへと戦術が変化していた。もちろん自分やジュリエットもただ遠距離から支援するだけではなくなった。
よく言えば——仲間の動きを以前より見るようになった。演習の録画映像を分析して……そしてその動きをよく観察するようになった。
——そして……、互いに意見を出し合って、そして演習でも桃華に食い下がれるようになった。
だからさっきもアレほどスムーズに戦場を支配できたのだ。
……だから、アンヘリタの動きの違和感にエマは気がついた。
「……アンヘリタ!!」
だから下げた脚を前にだして——、そして自機のサブマシンガン『Cal.50 SMG/MP1』を構え直したのである。
——そして……、
◆◇◆
必死の形相でアルベルトのTRA4Sに相対するアンヘリタは、それでも周囲から迫る他のTRA4Aの動きを確認しつつ機体を動かしていた。
TRA4Sは高機動時では命中しにくい固定武装——速射式電磁砲ではなく、手にしたアサルトライフルを使っている。それは他の敵機体も同じであり、それゆえにアンヘリタの生存を許す結果にもなっていた。
ダダダダダ……!!
複数機の射撃音を聞きつつ自身の機体を動かすアンヘリタ。
集中攻撃されている以上ダメージは避けられない。でも——、TRAにはある程度の損傷に耐えられる耐久性があった。
普通の戦闘車両は——、装輪、又はキャタピラあたりを破損するとそのまま動けなくなるし、砲塔を損傷すれば攻撃できなくなる。
しかし、TRAの駆動部は【一つの高精度の部品】——【換えの効かない部品の組み合わせ】でできているわけではない。
人口筋肉——、その繊維の束によって、損傷が【その部分の機能停止】ではなく【人口筋肉がもたらす出力の低下】へ変換される。
精密部品が主で、構造的に損傷すれば機能しなくなる部品と違い、人口筋肉は束のうちの一部の損傷だけで完全な機能停止には至らない。
そして、それらの人口筋肉はそれをカバーする装甲によって守られている。
それを利用すれば——、
最大限に利用すれば——、
——どんなに見た目がボロボロになろうがTRAならば生還できる。
それをアンヘリタは理解していた。
……いや——、そのための位置取り、姿勢の選択、——そして何処を諦めて損害を最小限にするのか?
——ダメージコントロール。
それこそがアンヘリタの最強の武器。
演習では大雑把な当たり判定ゆえに桃華に対し負けてばかりだったが、その桃華にすら届くかという卓越したダメージコントロール技術こそが彼女の武器だった。
だからたった一機で迫る四機を引きつけていた。
それで——、味方機が正しく退却する事を期待して。
(アルベルト……)
自分を撃墜しようと迫るTRA4Sをアンヘリタは睨む。
その心の奥底から憎しみが……怒りが込み上がる。
——しかし、その想いを……歯を食いしばって抑え込む。
桃華がデータベースに入れておいてくれた、今回の事件の首謀者アルベルトの情報も、あらかじめ覚悟しておく役に立っていた。
(あいつ……まさかコレを見越してか……?)
アンヘリタは、一瞬、そう考えてから後退したであろうジュリエットたちを想う。
ジュリエットの損傷具合では、このままでは速射式電磁砲の餌食になりかねない。
機体はある程度動けるだろうが——、彼女に向かってTRA4Sが向かえば……。
——大事な仲間が死ぬ……。
——そんな事はさせない……、絶対に……。
だからアンヘリタは心の奥底から湧き上がる憎悪をその歯で噛み砕く。
かつて——、演習後に桃華に言われた言葉。
『……アンヘリタはこのままで行くつもりなの?』
『……いつか弊害があるよ?』
そうだな——、そうアンヘリタは想う。敵のTRA4Sが厄介すぎる。
何とか固定砲を封じつつ立ち回っているが……、今回は自分は生き残れない可能性がある。
『……そうかも知れねえ。でも【皆が無事ならあたしの事は】どうでもいい……』
あの時桃華に言った言葉が心に響く。
それはある意味で比喩表現であったが……、結局、自分はそう動いてしまった。
アンヘリタは家族を失って、怒りのままに軍人となって、——そして戦場に出て。
復讐心も、テロリストへの怒りも正しくあったが……、止める指揮官に従わなかったのは……、
……死に場所を求めていたのかもしれない。
テロも戦争も——人類が人類である限り終わることはない。それは醜くとも人の想いの具現であるからだ。
それでも——分かっていながらも必死になっていたのは……、置いていかれた家族に追いつくため……なのか?
あの時、ジュリエットを見て、即座に自分の命を捨てるこの選択が出来たのは……、そういうことなのかもしれない。
(バカ野郎だな……)
——自分でも思う。でも……、かつての家族のように、大事に想い始めたみんなを守りたかった。
誰かの指揮下に入っていた頃は理解していなかった。——はじめて自分の部下というものを持った時に感じ始めた想い。
ただアンヘリタは——自分の部下を守りたかった。
口が悪くて、そもそも口下手で、感情表現も下手で……、いっつも喧嘩してしまうけど……。
『……一応皆には【信頼】はされなくとも【信用】はされている……』
『アタシの過去が過去だから……、悪い意味でも【信用】されてるし、だったらそのとおりに動くのが効率もいい……』
エマなら……、自分が暴走を始めれば、いつもの通りの判断を下すだろう。
きっと彼女なら仲間をこのまま正しく退却させてくれる。——そう確信があった。
ダダダダ……!!
敵のTRAの銃弾がアンヘリタ機体に降り注ぐ。——機体の動作出力が低下を始める。
それが一定値を超えれば、多分自分は速射式電磁砲の餌食になるのだろう。
(……すまん、みんな……。でも……撤退……出来たよな……)
TRAのコックピット内でアンヘリタは自嘲気味に笑った。
——と、その時……、
ドン!!
不意になった炸裂音と共に、森を少し光がちらつく煙が覆い始める。
「な? これって対PSI手榴弾?!」
それは——強い超能力者に対して効果を発揮する薬物散布手投げ弾。しかし、このときは敵の視界を遮る役割もこなした。
ダダダダダダ……!!
そして聞いたことのある射撃音がアンヘリタの耳に届く。
それはエマが所持していたサブマシンガン『Cal.50 SMG/MP1』の発砲音。
「エマ! なんで?!」
そう考えるアンヘリタ機にTRAらしき影が走り寄って肩に触れる。
「アンヘリタ!! 下がりますよ!!」
「……お前! なんで撤退しなかった?! ここは危険……」
「アナタに言われたくありません!」
「……く」
アンヘリタは即座に判断する。
エマが残ってしまった以上、自分が引き下がらないとエマも下がるまい。
それはエマをよく知るアンヘリタには理解が出来た。
その時、敵TRAの駆動音が聞こえ始める。
(このままじゃ……)
「この!!」
苦渋に顔を歪めるアンヘリタをよそに、用意した対PSI手榴弾を全部放り投げるエマ。
周囲の視界がさらに悪化して敵の駆動音が止まった。
「……お前」
「……隊長……」
エマが静かにアンヘリタに呼びかける。
そのエマの——心配そうな声音に……、
(……はあ……)
アンヘリタは自嘲気味に笑って共に撤退を初めたのである。
◆◇◆
さて——その時、アルベルトのTRA4Sには警告音が響いていた。——それが意味するのは。
「馬鹿な! 大統領近辺の『RCV-M8』が潰され始めている?! それに『86A式』までも?!」
——その言葉にある『RCV-M8』は監視用の高度偵察車両。『86A式』は昔から使っているRON製の主力戦車である。
そして——、
ジョゼから通信が届く。
【……TRA……、それも日本の機体である『90式戦術機装義体』が奇襲してきたらしい……。どうする?】
「……く……、仕方がない。アメリカのTRA部隊は……神獣に任せる。アレならあの程度の部隊、全滅させることも出来よう……」
【ならば……】
対PSI手榴弾の煙に巻かれたアルベルトは、憎々しげにその煙の果てを睨んだ。




